第27話 その名はピュエラマギカ・ブルーアース

「わ……わああぁぁーーいっっ!! ひーちゃーん!!」


 変身が終わったひーちゃんの背中に、わたしは自分でもびっくりするくらいの音量で叫んだ。万歳つきで。


 そこまでは予想してなかったのか、隣のはーちゃんとふーちゃんがびくっとして、さらにジト目を向けてくる。


「いや、だってだって! 魔法少女だよ、本物の! こんなの興奮するなってほうが無理でしょ!」

「イズ子、お前さぁ……」

「まあ気持ちはわかるけど……」

「あっ、始まるよ!」


 ひーちゃんが地面を蹴って、うねうねのバケモノに正面から突っ込んでいくのが見えた。だからわたしは二人に言って、ひーちゃんの応援に専念するのだ!


「はッ!」

「テケリ・リ!」


 一気にバケモノに近づいたひーちゃんが、黒い杖を思いっきり振り払った。その速さは前に見たときよりも速く見える。

 気のせい? でもなんとなく、そんな気がする。だって変身してるんだし! 能力が上がってても何もおかしくないよね!


 だけどバケモノはひーちゃんの攻撃を、五本あるうねうねのうち三本を使って受け止めた。当たった瞬間、受け止めたうねうねがものすごい勢いでぐねったから、相当な威力があったと思うんだけど。やっぱり人じゃないんだって素直に思ったよね。


 ひーちゃんもこれで終わるとは思ってなかったんだろう。すぐに杖を引いて、だけどこれまたすぐに攻撃を始める。目にもとまらぬ、っていうのはこういうことを言うんだなぁって感じる、猛スピードの連続攻撃だ。

 しかもさっきと違って、杖には青い光が宿っている。これが威力を上げているのか、バケモノは連続攻撃のすべては受け止めきれないみたいだった。


 ただ、どうも受け止めきれていないのはわざとみたいだ。だって、バケモノは受け止めるのに使ううねうねはずっと三本っぽいもの。他の二本は、攻撃用に使ってるように見える。


 たぶん、間違ってない。だってバケモノの身体に傷がついてくのとおんなじで、ひーちゃんの身体にも傷がついて、血が出てるんだもの! どっちもものすごい勢いで殴り合ってるんだ!


「いけー! ひーちゃんやっちゃえー!」


 今まで以上に応援に身が入っちゃう。思わず手をぎゅっと握って、振り上げて。

 くそう、ここにサイリウムがあったら振り回すんだけどなぁ!


「……ぐッ!」

「ひーちゃん!?」


 と思ってたら、ひーちゃんがうねうねに足を絡め取られて、派手に地面に叩きつけられた! しかも顔から!


「トー子!」

「光さん!」


 これには両隣からも声が上がる。あんなの、普通だったら絶対死んじゃうよ。

 でも魔法があるからか、すごい音がして石がたくさん飛び散ったのに、ひーちゃんが参った雰囲気はまったくない。


 それどころか、


「『逝冶薙ゆきやなぎ』」

「リ……リ!?」


 ひーちゃんを中心に真っ白な花がたくさんの列を作って咲いたかと思うと、それが裂け目になってバケモノを襲う。これがひーちゃんの足を取っていたうねうねを切り飛ばして、緑のような青のような、奇妙な色の液体が噴き出た。

 裂け目が切ったのはそれだけじゃない。バケモノの胴体とか、翼とか、頭? から出てる目玉つきのうねうねとか、そういうのも手当たり次第にいくつも切り裂いていた。


「肉を切らせて骨を断つ、じゃ」


 のけぞって少し後ろに下がるバケモノの前で、ぐんと跳ね起きるひーちゃん。

 顔からちらっと血が見えたのが気になるけど、それでも元気そうな声にわたしたちは声を上げた。


「ひーちゃん行っけぇー!」

「……おう! やっちまえ!」

「……光さん! ファイト!」


 まあ二人はちょっと気まずそうにしてたけど、わたしが叫ぶと、二人とも吹っ切れたのか続いてくれた。


「一気に行くぞ! 『陽廻ひまわり』!」


 ここからは見えないけど、ひーちゃんがそれに答えてくれたような気がした。こう、いつもの感じでにやっと。


 そして彼女がそう言うと、ずらっとたくさんの花が現れる。わたしでも見たことのある花。ヒマワリの花だった。

 それが一斉にバケモノのほうを向いたかと思ったら、花から青い魔法の弾が連射された。弾丸ってサイズじゃない。あれは砲弾だ!


「テケリ・リ!」


 けどバケモノが何か言うと、半透明の尻尾がぶわっと大きくなって、それから黒いモヤみたいなものが一気にあふれ出る。

 魔法の砲弾はそこにぶつかると、急に勢いを失ってしぼんじゃった。そのまますぐに消えてしまう。消えても消えても発射され続けてるから、無駄ってことはないんだろうけど……でもこれじゃ当たらないよ。


「リェァ!」


 しかもついでとばかりに、バケモノがビームを発射した。アスファルトも魔法陣も、なんでもかんでも消しちゃったあのビームだ。それをまるで振り回すみたいに、あっちこっちにぶっ放しまくる。これに当たった弾は、思った通りすぐ消えちゃったのだ。


 ビームは当然、ひーちゃんも追いかけてる。こっちはすごい速さで跳び回ってるからかすりもしてないけど……神社の建物なんかはばっちり当たってて、一部が消し飛んでるのは大丈夫なのかな……。


「『水践すいせん』!」


 ひーちゃんがもう一度声を張り上げた。さっきもそうだけど、花の名前。ひーちゃんの魔法は、どうも花の名前が使われてるっぽい。ますます魔法少女みたいだ。


 だけど魔法のほうは、魔法少女って言うにはちょっと物騒だ。だってひーちゃんが言うのと同時に、空から大量の水の塊が降ってきたんだもの!


「お、おおう……なんだあれ……」

「水仙……かしらね……」

「大きな水仙の花っぽい形の、水の塊だね……」


 何個も何個も、バケモノめがけて落ちてくる花の形の水。バケモノは、これは一発も食らうわけにはいかないとでも言いたげに回避を選んだ。


 で、当たらなかった水は当然地面に落ちるんだけど、その瞬間軽く地面が揺れる。一体どれだけの量なんだろう、これ……。あっという間に辺り一面水浸しだよ。

 おまけにさっき出したヒマワリの花は、今も残っててバケモノに砲弾を発射し続けてる。横と上から狙われ続けるバケモノは、ビームや青白い炎とか、黒いモヤとかで迎え撃っているけど、すべてには対応できないみたいで一部を食らってる。


「まだ行くぞ。『霜破白しもばしら』!」


 ひーちゃんも目まぐるしく駆け回り、跳び回りながら、攻撃を避け続けている。そんな中、彼女はまた一つ魔法を追加した。


 バケモノの足元から、青い茎のようなものが一気に、しかも大量に生える。バケモノを串刺しにしようと、勢いよく。

 下からも攻撃を追加されたバケモノは、これをよけきれず遂に動きを止めた。ぐさぐさ、って刺さる音がたくさん響いて、青い茎がバケモノを串刺しにしたんだ。


 これ見たことある! クモのバケモノに襲われたときに使ったやつだ!

 ってことは……。


「凍るやつだ!」


 茎の根元のほうから、一気に凍りついていく。その速さはクモのときとは段違いで、超早い。


「おお、すげー!」

「そっか……周りが水浸しになってるから」


 そうこうしてるうちに、バケモノは完全に凍りついて動かなくなった。

 ひーちゃんはそんなバケモノ相手に、杖の先をぐっと向ける。その先に、大量の青い光が集まっていく。


「トドメじゃ」


 断言する彼女に、わたしたちは歓声を上げる。

 そして……。


「破ァ!」


 ひーちゃんの気合いの入った声と一緒に、極太の青い光線が発射された。

 凍りついてるバケモノはこれに対応できなくて、青い光に飲み込まれる。


 やった! そう思った瞬間だった。


「……むっ!?」


 キィン、とか、パキン、とか、そんな感じの音が聞こえた。

 聞こえたかと思ったら、バケモノを襲っていた青い光がぐるんと逆流して、ひーちゃんに襲い掛かったのだ!


「んなっ!?」

「光さん!!」

「トー子ぉ!?」


 三人とも悲鳴に近い声を上げる。何をされたのかは、わからなかった。だけど、必殺技を跳ね返されて、大ダメージを受けたことはわかった。

 実際、光が消えたあとに現れたのはなぜか服は無傷で、なのに全身がやけどのような跡で覆われて膝をつくひーちゃんの姿。


 だけど彼女の無事に安心するよりも早く、上から五本のうねうねが鞭みたいにひーちゃんを襲う。彼女は慌てずそれに対応したけど、食らった反撃が相当響いたのか、杖を動かすスピードが今までに比べてかなり遅い。

 力もこもってなかったみたいで、五本同時に叩きつけれらたうねうねを抑えきれずに杖を弾かれて、顔面を思いっきりぶん殴られた。


「うわ痛ぁ!?」

「トー子!?」

「大丈夫!?」

「……ぐ、うぬぅ……!」


 そしてうねうねは、殴った流れでひーちゃんの首に巻きついた。みしみしっていう、絶対に聞こえちゃいけない音が聞こえ始める。


 ピンチだ。そう思ったら、つい悲鳴を上げちゃったけど……。


「っ、ひーちゃん! 負けるなひーちゃん!」

「そ、そうだぜ! そんなキショいやつなんか、返り討ちだろ!」

「がんばって光さん! まだ終わってないわ!」


 ただ見てるだけなんて、そんなの嫌すぎる。

 だからわたしたちは、自然とひーちゃんに声をかけていた。応援だ。


 現実で、これが力になるかはわかんないけど……でも! それでも、そういう奇跡をわたしは信じたい。信じるんだ!

 両手をメガホンみたいにして、口元に当てて声を張り上げる。がんばれ、負けるな。そう声をかける!


「……ッ、ふ、ふふ……」


 すると、ひーちゃんが急に笑い始めた。今も首を絞め続けられてるはずなのに。

 だけどわたしたちは、それについては心配しなかった。だって、ひーちゃんの顔は、苦しそうではあったけど……にやり、って。いつもの、あの笑いがしっかりあったから。


「やっと、この距離まで来てくれたな?」


 そして、彼女がそう言った瞬間だった。


 彼女とバケモノの間に、突然花が咲いた。花はあっという間に実(青かったけど、どこからどう見ても桃だった)を作って、今度はその実が花びらと共に弾け飛ぶ。

 同時に爆発のような音が鳴った。きっと衝撃もあったんだろう。お互いに近いところにいたひーちゃんとバケモノが、同時に離れるようにして吹き飛んだ。


 二人はほとんど同時に着地したけど……魔法の効果は、わたしたちにもすぐわかった。


「……尻尾がなくなってる!」

「おいあれ、あれ見ろよ。上!」

「上?」

「黒い……キツネみたいな形の塊があるわ……」

「うわっ、本当だ! もしかしてあれが九尾の狐の力?」


 そう、バケモノから半透明の尻尾が一本も残らず消えていた。代わりに神社の空の上で、黒い塊がキツネの形になってあっちこっちに飛び回っている。

 バケモノは、その様子をなんだかぽかーんって感じで眺めてるみたいだった。


 そして、それを見逃すひーちゃんじゃない。


「むんッ!」

「テケリ・リ!?」


 また一気に距離を詰めて、杖を上から下に思いっきり振り下ろした。

 すると、あれほど頑丈だったはずのバケモノの身体が真っ二つに!


 彼女はさらに、ダメ押しとして振り下ろした杖の先から青い光を放った。

 ……ううん、あれはほとんど爆発みたいなものかな。強烈な光が一気に、しかも短時間で放たれたんだ。とっくに真っ二つになっていたバケモノの身体はこれに耐え切れず、じゅっ、ていう音がしたかと思うと一瞬で灰になった。

 あれほど強かったはずなのに、なんだかものすごくあっけない終わり方だった。


「九尾の力を抜きさえすれば、単体の古のもの程度こんなものじゃ」


 そういえば、あのバケモノは九尾の狐の力を取り込んでたんだっけ? なるほど、全身にかかってた強化を全部引っぺがしたってことかな。


 ふん、と鼻で笑ったひーちゃんが杖を持ち上げる。そのまま杖を肩に置いて……だけど、彼女はいつものように笑うことなく、空で適当に飛んでいるみたいに暴れているキツネ型の黒いものを睨んだ。


 彼女の様子を見て、喜びかけていたわたしたちもそっちに目を向ける。


「残るはあれのみじゃな……」


 ふう、と小さく息をついて、ひーちゃんが空中に浮かんだ。そのまま空を踏みしめて、杖を構える。


 と、次の瞬間。


 怪獣みたいな鳴き声を出しながら、キツネ型の黒いものが一気に巨大化したのだ……!

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