第25話 そして幕が上がり

 もっとひーちゃんと一緒にいたい。そう思っても、時間は待ってくれない。

 大人がたまに、あっという間に時間が過ぎる、なんて言うのを適当に聞き流してたけど、今はそれが本当なんだなって実感できる。本当に時間が過ぎるのはあっという間で……誰に言っても仕方ないんだけど、それでも恨みたくもなるよ。


 そう、一月はあっという間に過ぎていった。もちろんみんなで一緒になって遊びまくってたのもあるんだけど、一番の原因は二月の中頃にある学芸会の練習のせいだ。おかげで平日はほとんど遊べなかった。


 学芸会は別に、嫌いじゃないんだよ。なんていうか、演じるのは好きなほうなんだ。

 オタクなら声優になりたいなって一回くらいは思うじゃない? それに近いやつだよ。

 おまけに今年の演目は、ふーちゃんが音頭を取ってみんなで作ったオリジナルのお話だ。魔法使いの転校生と仲良くなった女の子が、みんなで一緒に悪いバケモノを退治するお話で……うん、その、わたしたちの体験をほとんどそのまま劇にしたんだ。それでやる気が出ないなんてわけがない。


 ただ劇をやるってなると、どうしても練習とか道具作りで時間を取られちゃうわけでさ。練習してたら、遊ぶ時間がなくなっちゃうじゃん? それが残念なんだよ。

 なんていうか、複雑。素直に喜べないんだよね。


 でもそんなこと言っても時間は過ぎていくわけで。

 気づけば二月になって一週間が経ってて、本番も一週間後に迫ってきていた。


 そして今日は、リハーサルの日。


「おーっす皆の衆ー! 最後の小道具ができたぞー!」

「待ってましたー!」


 みんな本番と変わらない衣装を着て、舞台になる体育館が開くのを待っていたあるとき。最後の確認をみんなでしていたところに、少し声を弾ませてひーちゃんがやってきた。

 ひーちゃんは同じチームの子たちを従えていて、彼女も含めて全員が何かしらを持っている。それは劇で使う小道具だったり、背景用の置物だったり、色々だ。


 部屋の中で練習をしていたわたしたちは、それを見てわぁって声を上げる。同時に何人かが、彼女たちを取り囲んだ。

 それ自体はもういつもの光景だけど、何せ小道具のほうの制作遅れてたもんなぁ。リハーサル直前でやっとだから、いつもよりみんなのテンションが高いのもわかる。

 まあ、ひーちゃんが持ち込む道具を見てると、いまだに勝手に苦笑いが出ちゃうんだけど。


 ……ひーちゃんは演じる側じゃなくって、道具・衣装係だ。わたしとしては彼女に主役をやってもらいたかったんだけど、「何かあったら抜けないといけないから、裏方のほうが都合がいい」って言われちゃったら、仕方ない。


 だけど凝り性なのか、あるいはみんなでやる最後のイベントだから気合いが入ってるのか、ひーちゃんが作るものはどれもこれもびっくりするくらい出来がいい。プロが作った本物って言われても信じるレベル。おかげで彼女が新しくできた道具を持ち込むたびにみんなが集まるんだよね。


「おー! 今回もすげー!」

「ホントだー! どこからどう見ても魔法のステッキ!」

「どうやったらこんなふうにできるの?」

「はっはっは、魔法じゃよー」


 みんな「うそだー」なんて笑ってるけど、本当に魔法使ってるんだろうな……。


 だってどの道具もどう見ても本物なんだもん。はーちゃんがドラマで使うのと同じレベル、って言ってたから仕上がりは間違いなくガチだ。

 なのに道具の中はただの段ボールとかだし、衣装も作ってるところを見てると普通の布しか使ってないのに、出来上がったやつはすごいことになる。魔法を使ってるに決まってる。


 ふーちゃんが怒ってたのは言うまでもない。だけど今回ばかりは彼女も思うところがあるのか、いつもみたいにガミガミは言ってなかった。


「やれやれ、なんとか間に合ったのう。あとは予行じゃな」


 そしてひーちゃんが気にしないのは、いつも通りだ。こう言ってる彼女にわたしたちが苦笑いを向けるのも、いつも通り。

 このいつも通りがずっと続けばなー、なんて思う。


 ……ま、今はそれよりリハーサルだ。ひーちゃんの言葉に応じる形でふーちゃんが声を上げて、そこに副委員長が乗っかって周りのみんなもやる気になっていく。


 と、ここでちょうど体育館が空いたって連絡が来た。そのまま先生たちに連れられて、体育館に入る。


 そして閉じたままの幕の中で、ひーちゃんが指示を出してどんどん舞台を整えていく。一センチ単位で配置にこだわる辺り、やっぱり彼女は凝り性なのかも。ゲームとかでも、ある程度極めるまでやり込むもんなぁ……。


「よし。これでわしの出番は終いじゃな」


 やり遂げた顔で袖に下がってきたひーちゃんに、いやいやといつもの三人でツッコんだ。


 まあそんなこともあったけど、リハーサルは普通に始まって、順調に進んでいく。

 内容がわたしたちの体験が元とは言っても、時間の枠とかもあるし人数の問題もあるから、メインは二人に減らしてある。この辺りはお父さんのアドバイスだ。おかげで三人が経験した事件が一人のキャラに集中してかわいそうなことになったけど、それはともかく。


 ただ、その主役ポジションにわたしたちは誰もいない。あくまでこの劇は学年みんなでやるものだから、普通に抽選で漏れたんだよね。

 うん、自分から降りたひーちゃんはともかく、みんな普通に落選したよね。くじだから仕方ないんだけど。


 で、わたしに回ってきたのは自分がモデルのキャラをいじめる役。なんていうか、ものすごくもんやりする。


 はーちゃんとふーちゃんはというと、敵のバケモノ役になった。なんだけど、二人とも実物を見てるからか、袖から見てても他のバケモノ役よりあからさまに出来がいいな……。

 同じことを考えたのか、ひーちゃんが笑うのをこらえて口元を押さえていた。笑いどころかどうかはわたしにはわからないけど、彼女たまにこういうところある。


 でもうっかりこらえきれなくなっても困るから、ツッコ……もうとしたタイミングでいきなり真顔になったひーちゃんを見て、思わず手が止まった。


 え、ちょっと。まさかとは思うけど、このタイミングで?


「やはり主役はやらんで正解じゃな。……泉美、行ってくる。後は頼んだぞ」


 そのまさかだった。ああもう……バケモノって本当に空気読まないなぁ。

 ……本番当日じゃなかっただけマシ、って思っておくのが正解なんだろうな。それでも納得はできないけど……。


「……気をつけてね」

「うむ、ありがとうな」


 舞台袖は暗い。だけどそれでもひーちゃんの青い瞳はよく見えた。彼女はそんな青い瞳を煌めかせて、わたしの声かけににぃっと笑って答える。

 いつもの自信満々な、にやりとした笑顔だ。かっこよくてかわいい、いつもの笑顔に思わず見とれる。


 だけどそれは一瞬。彼女はその間にひらりと後ろを向いて一気に走り去っていき、わたしはそれを黙って見送った。

 開け閉めしたらまず間違いなく音が鳴るここの扉の音がしなかった辺り、他の子たちから見えなくなったところで魔法を使ったんだろうなぁ。


 と、思ったとき。ぐらり、と建物が揺れた。

 立ってられないような揺れ方じゃなかったけど、それでも間違いなく揺れたってことがわかるくらいには揺れた。おかげでリハーサルのほうは少しだけ止まっちゃったみたい。


「……今の、もしかして」


 ひーちゃんが消えたほうを見て、わたしは小さくうなる。

 きっと、ひーちゃんが言ってた最後の大物とか言うのが出てきたんだろう。それか、もう暴れてるか。


 どっちでもいい。それはわたしには関係ない。

 ただ今は、ひーちゃんが勝ってくれること……それと、無事に帰ってきてくれることを祈っておこう。そうしよう。


 って言っても今はリハーサルの真っ最中なわけで、出番が来たら舞台に出なくちゃいけない。

 実際出番はすぐに来て、わたしは慌てて舞台に上がる。ひーちゃんのほうが気になってセリフがちょっとあやふやだけど、なんとかがんばってこなしていく。

 そしてどうにかやり切って袖に戻ったわたしは、先に出番を終えていたはーちゃんとふーちゃんに迎えられた。


「お疲れー」

「お疲れ様。……なんだかセリフがあやしかったみたいだけど」

「ただいまー。うん……さっきひーちゃんが出てっちゃったからさぁ」


 緊張の汗を手で拭いながらの答えに、二人は顔を見合わせた。


「……トー子のやついないなって思ってたけど、やっぱりか」

「じゃあ、今戦ってるのね」

「うん。大丈夫だとは思うけど、前に大物って言ってたし心配は心配でさ」

「そりゃそうだ」

「……でも、私たちに何かできるわけでもないわ。光さんの無事を祈りましょ」

「だね。わたしもそのつもり」

「それしかできねーのもなんだかつらいけどな……」


 そして三人揃ってため息をついた――瞬間のことだった。


 なんの前触れもなく、いきなり周りの景色が赤くなった。

 ものすごくびっくりして、思わず三人できょろきょろする。これってまさか!


「……嘘でしょ」

「マジかよ。おいマジか!? なんでまたこっちに!?」

「赤い……! これ、もしかして二人が言ってた赤い世界!?」


 そう言うわたしたちの声以外、何の音も聞こえない。見えてるものが全部赤い、気味の悪い世界。


 間違いない。あの日、わたしがバケモノに襲われた世界だ。またここに来ちゃったんだ!


「ど、どうする?」

「と、とりあえずみんな指輪は持ってるだろ?」

「ええ、ちゃんとあるわ」


 はーちゃんに言葉にはっとなって、わたしは胸元に手を伸ばす。紐をつけて首飾りみたいにしてある、青い指輪を服の上からぎゅっと握った。

 指輪の感触が、しっかり返ってきた。うん、大丈夫。ちゃんとある。


「……わたしもある。大丈夫」

「なら、とりあえずすぐにどうにかなるってことはないんじゃねーか?」

「でも本当に大丈夫? この指輪が機能してるところ、私見たことないわよ……」

「それは大丈夫……だと思う。わたし、一回これ動いたの見たもん。青い花が出てきて、わたしの周りを守ってくれたよ」

「マジ? いつの間に……」

「本当? それなら、きっと大丈夫なのよね……? いえその、光さんや平良さんを疑うわけじゃな――」


 ふーちゃんの言葉の途中で、ものすごい音が聞こえてきた。爆発のような音と、何かが崩れるような音。

 思わず、三人揃って音のしたほうに顔を向ける。


「……今の、何?」

「トー子が戦ってるんだろ? たぶん……」

「だよね……って、わっ!?」


 また音がした。今度もまた爆発みたいな音だったけど、一緒に地面がものすごい勢いで揺れた。

 さっき感じたのとはけた違いだ。立ってられないくらいの揺れだったぞ。慌ててわたしたちはしゃがみ込む。


 しばらくして揺れは収まったけど、今度は色んな音が連続し始めた。燃えるような音とか、竜巻みたいな音とか、あとは……なんだろう、怪獣の鳴き声みたいなのも聞こえるような?


「……ね、ねえ、どうするのよ? このままここにいても大丈夫なの?」

「それは……わからないとしか……」

「だよな……でも指輪もあるし……」


 わざわざ危ないところに行く必要はないだろ。

 そう言ったはーちゃんに、わたしもうんうんと首を縦に振る。だってとりあえず今ここで何かが起こるような感じはしないし……。


 なんて思えたのは、そこまでだった。


「……っ!?」


 視界の端に見えたものに、わたしは心底びっくりして尻餅をつく。


「どうした?」

「平良さん?」


 二人は首を傾げるだけだ。


 でも仕方ない。だって、わたしのところからしか見えないところにいるんだもん……!

 だからわたしは、そっちを指さした。指先がぶるぶる震えてるのが自分でもわかったけど、だってしょうがないじゃない。


「? ……うひゃあっ!?」

「? ……ひぇっ!?」


 だって、そこにいたのは苔みたいな色をした、どろどろの液体で。

 でもただの液体じゃない。目みたいなものや、牙みたいなもの、そして口みたいなものがあって……それが、窓の隙間からずるりと入ってきて、少しずつ近づいてきてたんだから!


「てけり・り!」

「わああぁぁーっ!!」

「出たーーッ!!」

「きゃああぁぁーー!!」


 おまけに、その物体は、そんな感じの……よくわからない鳴き声まであげたものだから、わたしたちは思わず……本当に思わず、その場から逃げ出した。


 よくよく考えれば、ひーちゃんの指輪がきっと守ってくれるって思えたはずなんだけど……なんだろうな、あの物体、見てるだけですごく怖かったんだ。

 こう、ゴキブリとかクモとかムカデとかって、見てるだけですごく嫌な気分になる感じがするじゃない? あれの強化版みたいな……とにかくものすごく嫌な感じがして、逃げなきゃって思っちゃったんだよね。


 だから全力で逃げた。前のめりに倒れるんじゃないかって勢いで赤い体育館から飛び出したわたしたちは、やっぱり赤い学校の中を走る。


「どーすんだよあれ! なんなんだよあれ!!」

「わかんないよそんなの! とりあえずじっとしてるのは無理! あんなの無理!」

「同感! 全面的に同意だわ!!」

「でもどうする!? 階段すぐそこだけど、上行くか!?」

「や、やめといたほうがいいと思う!」

「そうね、私もそう思う! 万が一のとき逃げられなくなるわ!」

「じゃあ行くなら外か……っげぇ!?」

「うえっ!?」

「さ、先回りされた……!?」


 赤い廊下を走りながら相談していたわたしたちの前に、さっき見た緑色のバケモノが現れた。廊下の曲がり角からのっそりと。

 びっくりして三人ともとまっちゃったけど、すぐに元来た道を戻……ろうとして、またとまる。


「後ろにも!?」

「ウッソだろオイ!」


 そう、そこにはやっぱり緑色のバケモノがいた。妙な鳴き声を上げながらゆっくり、だけど確実にこっちに近づいてきてる。挟まれた!


「……窓よ! そこの教室の窓から外に出るわよ!」

「あっ、う、うん、わかった!」

「しかねぇよなぁ!」


 ふーちゃんがとっさに叫び、すぐ近くの教室の中に飛び込んでいく。

 ラッキーなことに鍵は開いていたから、手間取ることはなかった。その部屋の窓も同じく。

 おかげでなんとか外には出られたけど……。


「……うわっ、なんだあれ!?」


 柊神社の方角が、何やら派手に光りまくっていた。青と黒が、不定期だけどほとんど交互にだ。


「ものすごく光ってるね……」

「ひ、光ってるって言うのかしら? 黒い光なんて聞いたことないわよ!?」

「でも黒く光ってんだから仕方なくね!?」

「確かにそんな感じだけど……!」

「わーっ、二人ともアレまた来てるよ!」

「だーもう! しぶとい!」


 バケモノから逃げきれたわけじゃない。うぞうぞと緑色のバケモノが近づいてくる。

 だからわたしたちは、また走り出した。走り出したのはいいんだけど……。


「おいなんか増えてねーか!?」

「増えてる!! 間違いない!!」

「何なのよ本当にもうーっ!」


 どこから出てくるのか、緑色のバケモノはどんどん増えていった。そいつらが集団になって後ろから追いかけてくる光景は、はっきり言って気持ち悪い以外のなにものでもなかった。ぞわぞわと鳥肌が立って、とにかく逃げなきゃって気分になる。


 その間にも、何かが壊れる音とか、不思議な光とかは続いていた。たまに地面が激しく揺れるし、そのときは立ってられなくなるからバケモノに追いつかれそうになるしで、散々だ!

 こんな鬼ごっこは経験したくなかったよ!


 お願いひーちゃん、早く助けに来てーっ!

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