第12話 三人での日常

 花房さんが退院したのは、それから二日後のことらしい。

 らしい、っていうのはその日が土曜日に重なったからで、改めて花房さんと顔を合わせたのは週が明けてからになった。


 でもって月曜日、教室に入ったわたしが見たのはファッション誌を机に広げて向かい合って、楽しそうに話す花房さんと光さんの姿だった。


「トー子もさぁ、あたしほどじゃないにしてもそこそこイケてんだから、やっぱオシャレしないともったいないって!」

「もったいない……うーむ、それは考えたことがなかったのう」

「コーデならあたし教えたげるからさ、とりま好きな感じのやつない? それベースにすっからさ」

「うむわかった。……しかしなんというか、今はこんなにも服飾の種類があるのか。一つの分類の中でもまた細かい分類があるとはなんとも……。これは選ぶだけでとてつもない時間がかかりそうじゃなぁ」

「はー、そんなことそんな言い方で言ってると、マジでおばーちゃんになっちゃうっての! ただでさえアンタ喋り方で損してんだから、それ以外んトコでバシッとキメとかないと」


 どうやら花房さん、光さんへの対応の仕方を理解したみたいだ。アドバイスしたかいがあったよ。

 光さんはノリがいい。ああやって好きなことを語って誘ったら、大体やってくれるんだよね。ファッションもそうみたいだ。


 でも、一つ訂正したいことがあるね!


「ちょーっと待ったぁ! 花房さん、光さんの喋り方はむしろ長所だよ! のじゃロリキャラがリアルにいる、この価値は国宝級だからね!」

「えー、どこがだよ? オタクの考えてることってぜんぜんわかんない……」


 わたしの参戦に、花房さんは呆れた様子でずるりと椅子に沈んだ。マンガとかなら、頭の上にもじゃもじゃが浮かんでると思う。


 でもそれだけで、こないだみたいにけなしにきたりはしない。それがイヤなことだって、彼女はわかってくれたから。


 だからこの話はこれでおしまい。すぐに復帰した花房さんはそう言うみたいに、話題を強引に切り替えてきた。


「ていうか、イズ子もこういうの興味ない感じなのか?」

「ないわけじゃないんだけど、わたしが好きな服選んでくと勝手にコスプレになるから……」

「出た、コスプレ! すごいな、ホントにそういうのやる人いるんだ」

「いるよ、もちろん。でもああいうのは基本的にイベントで着るものだから、普段はお父さんが買ってきたやつそのまま使ってるよ」

「ふむ? よくわからんが、晴れ着みたいなものか」

「たぶん?」

「うーわー、信じらんない。それちゃんと外に着ていけるやつ?」

「や、うちのお父さん結構センスいいほうだと思うよ? よくファッション誌とか読んでるもん」

「えぇ……? そんでも普通におじさんじゃん? おじさんがそういうの読むかぁ?」

「資料用だよ資料用。うちのお父さんマンガ家だからさ。色んなキャラを描くためには、最新のファッションも知ってないとダメなんだって」

「……あぁー、なるほどなぁ」


 妙に感心した感じの花房さん。光さんもなるほどって言いたげに頷いてた。


「まあ、そういう雑誌に載ってる服をわたしが着たら、まず資料用にって写真撮られまくるんだけどね……」


 だけどそう続けたら、ドン引かれた。

 気持ちはとてもわかる。お父さん、季節ごとにわたしでファッションショーするから……。


「……イズ子、それ一回通報したほうがいいんじゃないか?」

「お、警察と似たようなことならわしもできるぞ」

「光さんのは似てるとは違う気がする……お父さん退治されちゃうじゃん」

「ぷぷっ、それウケる! いいじゃん、イズ子一回頼んでみなよ!」


 そんな風にオチがついたところで、わたしたちは笑い合う。


 とそこに、委員長が驚いた様子でやってきた。


「あ、あなたたち……何がどうなってるの……?」

「お、委員長ちーっす」

「おはよー委員長」

「おはようじゃ、奏」

「いやいやいや、おかしいでしょ!? あなたたち先週まで仲悪かった……っていうか、花房さんなんてこの二人のこといじめてたじゃない!」

「うん、わたしもそう思う」

「平良さん、あなたのことよ!?」


 委員長、すごいいいリアクションするなぁ。さては委員長、もしかしなくてもツッコミキャラだな?


 いや彼女の気持ちはわかるよ。というか、クラスのみんなが思ってることだと思う。周りにいるクラスメイト、男子も女子も関係なく不思議そうにこっち見てたし。今も見てるし。


 それにしても、どう答えようか……と思ってたわたしの肩に、花房さんの腕がぐるっと回ってきた。そっちに目を向けると彼女は光さんにも同じことをしてて、そのままわたしと光さんは中心にいる形になった花房さんに引き寄せられる。


「見ての通り、あたしら仲直りしたから!」

「えええええ!?」

「うむ、そういうことじゃな」

「えっと……気持ちはわかるけど、そういうことなんだよね……」

「何がどうしてそうなったのよ……! いやいいことなのはわかってるけど! わかってるけど、釈然としないわ……!」

「委員長は相変わらずマジメだよな。そんな深く考えなくたっていいのに」

「うむ、それには同感じゃ」

「誰のせいだと思ってるのよー!?」


 委員長の渾身のツッコミが教室に響く。それに合わせて、彼女のメガネがかくんとズレた。


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 そんなこんなで、先週までちょっとギスギスしてたうちのクラスも元に戻った。最初は驚かれたけど、やっぱり人間慣れるんだね。その週のうちには前みたいに普通にみんなと話せるようになったよ。


 ただ、委員長は何か裏があるんじゃないかって疑ってて、光さんに色々聞いてた。まあ光さんは全部はぐらかしてたんだけど。さすがというかなんと言うか。

 ときたま忘れたころにわたしや花房さんにも聞いてくるから、ちょっと困る。そこまで疑わなくたっていいのにね。そこに気を取られてるからテストで光さんに負けるんだよ。


 とはいえ本当に裏はあるわけで、それについては何も言えない。一応、花房さんが謝ってくれたから仲直りしたんだ、ってことは説明したけど……花房さんがそうしようと思うまでの過程が想像できないらしくて、委員長はずっと首を傾げてる。

 これに関しては何回聞かれても答えは変えられないから、なんとかして納得してほしいな。


 とまあそんな感じで過ごしていたある日、光さんがいきなり制服を改造してきたものだから、クラス中がどよめいた。


「うっははははは! やるじゃんトー子!」

「うむ、なかなかの仕上がりだと自負しておるぞ。どうじゃ!」

「いいよいいよ、超似合ってる! 和風な感じがなんかトー子っぽい!」


 普通にリアクションできたのは、先に改造制服を着てる花房さんだけだった。


 花房さんのがドレスっぽくなってて、全体的に洋風なのに対して光さんのは和風だ。前の部分がyの字みたいになってたり、成人式のときに女の人が着てるやつみたいに袖にところが余ってる感じになってたり。

 それがまたポニーテールの光さんと妙にぴったりで、確かに光さんっぽい。花房さん、うまいこと言う。


 にしても元からかわいかったのに、これ以上かわいくなってどうするんだこの子は。クラス中の男子が二人に見とれちゃって大変なことになってるぞ。


 そして大変なことになってるのはもう一人。


「ひ、光さんが……完全にグレちゃった……」


 委員長だ。光さんの改造制服を見て、雷を浴びた人みたいになってた。


 なんていうか、彼女にとっては光さんは自分の側だと思ってたのかもしれない。勉強もスポーツもできて、たまに知らないこともあるけど基本的には常識人だし。

 そんな光さんが率先して校則を破りに来たわけだから、まあ、ねぇ。


 でも、正直時間の問題だった気もする。だって光さん、基本的に誘われたらなんでもする人だぞ。こないだなんて、花房さんとネイルサロンに行くんだって盛り上がってたくらいだし。


「光さんっ!」


 だけどそこでめげないのは委員長のいいところだ。悪く言えば諦めが悪いとも言えるかもだけど。


「お、奏。どうじゃこの服、なかなかのもんじゃろ?」

「確かに似合ってるけど、そういう問題じゃないわ!」


 そこで一旦言葉を切って、委員長はビシッと光さんを指さす。


「制服の改造は! 校則違反ですっ!!」

「うん? そうなのか?」

「そうですっ!」

「違うぞ」

「花房さんっ! あなたが光さんをそそのかしたのね!」

「確かにトー子誘ったのはあたしだけどさ。制服の改造は別に、違反でもなんでもないんだなコレが」

「う……た、確かに、ルールとして明記はされてないけど……!」


 花房さんの言葉に、委員長が少し下がった。


 ああ、そういえば今年の四月に花房さんが改造制服をおんなじようにとがめられたとき、そう言ってたっけ。


「前にも言っただろ? うちの校則に、制服を改造しちゃいけないなんて一言も書かれてないってさ。それを先生とか委員長とかが、しちゃいけないってことにしてるだけなんだよ」

「なるほど、暗黙の了解か。確かにそれは、規則の側の不備じゃな。明記されていないのではあれば、禁止する根拠としては弱いのう」

「そーいうこと! だからみんなも、こんなダサい服で我慢してないで好きなふうにしちゃえばいいんだよ!」

「つまりわしは何も悪くないと」

「そう! でもって、あたしも悪くない!」

「はっはっは、それはよかったよかった」

「う、ううううう……! よくない……全然よくない……先生はダメって言ってるのよ……!」


 勝利を確信して、肩を組んだ二人に委員長が恨めしそうに目を向ける。

 普段ならここから口ゲンカが始まるんだけど、今回は委員長の分が悪い。花房さん一人でも苦戦してるのに、そこに光さんがいるからねぇ……。


 というか、あの二人の組み合わせってなかなかに最強なんじゃ。取り締まる側からしたら、これほど厄介なコンビもないかもだけど。


「禁止だと言うのであれば、そのようにしっかり規則を策定せねばのう」

「そうそう! っていうか、あたしがこれ作ってからもう半年以上経ってんのにまだ書き換えてないんだからウケるー」

「仕事が遅いのは役所の悪いところじゃのう」

「あ、それうちのパパも言ってたやつー」

「ぐむむむむ……!」


 ああ、あそこまで行ったらもうどうしようもないやつだ。委員長はなんとかしようと色々考えてるんだろうけど……残念、時間切れ。チャイムが鳴った。

 なおうちの先生は、光さんの改造制服には一言も触れなかった。普段とまったく変わらないペースで授業始めたから、ある意味で先生が一番強いかもしれない。

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