第10話 雨降って地固まる

 その日の放課後。光さんと一緒にあの大きな車(中はすごい豪華だった!)に乗って連れてこられたのは、柊市の南端のほうにある総合病院だった。確か、どこかのお金持ちが作った病院だったっけ?

 うろ覚えだったけど、建物は外も中も新品みたいだし、受付とかも最新っぽい機械が置いてあったりで、お金がかかってるのは間違いない気がする。


 光さんはそんな病院を迷うことなくまっすぐ歩く。完全にお上りさんのわたしはそれに少し遅れて続くだけだ。

 そのまま二人でエレベーターに乗ると、光さんは一番上……じゃなくて、その一つ下の階のボタンを押した。


「普通の病院なんだね。どこに入院してるか発表されてないって聞いたから、わたしてっきり魔法使い専用の病院とかにいるのかと」

「そういうのもあるが、今回は事件がかなり一般にも知られたからな。人目を避けてどこかに入れるのが難しかったんじゃよ」

「あー、今あっちこっちに監視カメラあるもんねぇ」


 そんなことを話してるうちに、エレベーターがとまって扉が開いた。

 ここでも光さんは迷わずまっすぐ歩き続けるから、わたしは黙ってその後ろについていく。そうしてたどり着いたのは、その階でも日当たりのいい南側の個室だった。

 光さんはその部屋のドアをノックする。返事はすぐに来た。


「はぁーい」

「わしじゃ、藤子じゃ。入るぞ」

「ぅえっ!? ちょっ、ま……ちょい待ち!」


 だけどそれがなんだか元気そうで、わたしは首を傾げる。なんだかばたばた音もするし、案外大丈夫だったのかな?


 そういう音を聞きながらあてもなく何度か首を傾げ続けてると、見かねたのか光さんが解説してきた。


「魔法はな、肉体だけではなく心の怪我も治せるんじゃよ」

「あ、なるほど……ってそれ、かなりすごいことなんじゃ」

「うむ、専門の魔法医でなければできん。しかし不可能ではない。そういう手合いが昨日から来て手を施しておるんじゃよ」

「じゃあ、花房さんも……」

「昨夜の段階で既に調子は取り戻しておったよ。今はもう、ほとんど回復したようじゃな」

「そっか、それはよか……」


 った、って言おうとしたところで、ドアが勢いよく開いてわたしは言葉を中断することになった。


「よ、よおトー子……ってぇ、は? な、なんでコイツまでいるんだ!?」


 そこでは、いつもと違って地味な病院の服を来た花房さんが、わたしを指さして固まってた。


「こやつが見舞いに行きたいと言ったから、連れてきた。それにある意味こやつも当事者ゆえ……それより入るぞ。ほれ、泉美も遠慮するな」

「え、う、うん……?」

「いや、そこは遠慮しろよな……」


 まあ光さんはそんなことはおかまいなしで中に入っちゃって、わたしも誘われるままに入っちゃったわけだけど。


 意見を無視された花房さんは、いつもと違ってため息をつくだけでおとなしい。うわぁ、なんだか違和感がすごい。こうしてると本当にプロのモデルさんみたいだ。

 いやプロなんだけどさ。いつも見た目と喋り方が一致しないんだよね……。


「えっと……」

「……あー、うー、その、なんてゆーか。と、とりあえず座れば? そりゃあたしだって、お見舞いに来た人追い返すなんてしないし」

「う、うん、お邪魔するね」


 とりあえず、仕方なさそうではあるけど本人から許可ももらったし、わたしは光さんがどこからともなく取り出して置いた椅子に座る。

 あんまりにも普通に魔法を目の前で使われたから、一瞬固まったけど。考えないことにした。


「調子はどうじゃな」

「まーまーってトコ? とりあえず動くのは全然イケるし、怖いのも今はもうほとんどない……と思う」

「そうか、経過は良好のようじゃな。それはよかった」


 同じくどこからともなく出した椅子に座った光さんが、心底安心したように息をはいた。


「……すぐ退院できる感じ?」

「わしも医療方面は専門ではないが……そうじゃな、遅くとも今週中には、と言ったところか」

「えー、マジで? あたし的には、なんなら明日でも行ける感じなんだけど?」

「専門ではないと言うたじゃろ。医者の言うことには素直に従っておけ」

「うぇー、だってヒマなんだよ。初めて入院したけど、こんなにヒマとかありえないって!」

「元気になったからこそ言えることじゃな。健康と平和に感謝せいよ」

「……はいはい、すればいーんだろ、すれば」


 ふてくされたようにため息をつく花房さんに、光さんがくすくすと笑う。だけどその笑い方は嫌味なものじゃなくって、なんだろう、微笑ましいものを見てるような……田舎のおばあちゃんみたいな、そんな感じの笑い方だった。

 光さん、喋り方がそれっぽいからそうしてるとなんだか本当におばあちゃんみたいだ。そりゃ見た目は違うけど。


 だけどそれはいつも通り。わたしとしては、花房さんが光さんと普通に会話してることにびっくりだよ。光さんはともかく、花房さんのほうはだいぶ思うところありそうなのに。


 そう思ってたのが顔に出てたのか、花房さんは急にわたしからそっぽを向いた。それを見て、光さんがまたくすりと笑う。


「案ずるな、樹里愛とは既に和解しておるよ」

「え、いつの間に……って、こないだの事件のとき?」

「うむ。こやつが気絶する前にのう」

「……そりゃ、さぁ」


 へぇー、って声を出したわたしの間に入り込むようにして、花房さんが声を上げた。

 だけど彼女はまだそっぽを向いたまま。わたしは彼女の顔を見ようと思ってそっちに目を向けたんだけど。


「あんな……ホントに殺されかけたときに助けに来てくれたら、誰だってそーなるだろ。あたし、トー子のことあんなにいじめてたのに……それとこれとは別の話だー、って言ってさ……」

「……光さん、それって」


 どっかの主人公みたいだ。本当に言ったの?

 そう思って光さんに目を向けたら、彼女はなんでもないことみたいにあっさりと頷いた。


「嘘はないな。事実、別の話であろう? 命を狙われていた樹里愛は何も悪くないしな」

「かわいい顔してかっこいいこと言うね……」


 絶体絶命のピンチのときにそんなこと言われたら、キュンってしちゃうよ。今も花房さんがそっぽ向いてるのって、絶対その辺もあるでしょ。


 でもそっかぁ、だから花房さんも光さんと和解したんだね。きっとそのときに、自分が悪いことしてたってわかってくれたんだ。


「もーっ、そのことはもういいだろ! そんなことより、平良……だよな。アンタ、もしかしてトー子の秘密知ってんの?」

「ん? うん、そうだね。実はわたしも光さんに助けてもらった口なんだ。光さんが転校してきた日にバケモノに襲われてさ……」

「あー? もしかして、最初っからなんか仲よさげだったのも?」

「うん、それがきっかけだよ」

「というわけで、泉美はある程度事情を知っておる。わしが見舞いに連れてきたのも、知っておるからこそじゃ」


 えへへと笑ったわたしに、光さんが補足する。

 だけどそれを聞いた花房さんは、どこか困った感じで光さんを見た。


「で……でもさぁ。だとしてもありえなくない? だってあたし、トー子だけじゃなくってコイツも……」


 そしてだんだん声を小さくしていって、最後はうつむいちゃった。

 あんまりにもいつもの花房さんらしくないその態度に、わたしは本当にこの子が花房さんなのかって思っちゃったよ。


「泉美はそこまで気にしておらんよ。今回にしても、嫌なこともされたがお主が死にかける必要はなかっただろう、と言っておったしな」


 そこに光さんがまた補足した。


 でも言われたことが信じられなかったのか、花房さんは光さんを見て、それから本当かって言いたげにわたしに目を向けてきた。ここで今日初めて、わたしは彼女と目が合った気がする。


 とりあえず、そうだよって言って頷いておく。実際、本当のことだし。それくらい、わたしは気にしてなかった。


 それを聞いた花房さんはそれからうつむいて、しばらくもじもじしてたけど……そのうちゆっくり顔を上げて、謝ってきた。


「その……ごめんなさい……」

「え。え?」


 だけどわたしにとってそれは突然のことで、意味がよくわからなくて、目をぱちぱちさせることしかできなかった。

 助けを求めて光さんに目を向けて……だけど光さんは、事情を知ってるのに何も言わないキャラよろしく、腕を組んでほほ笑んでるだけ。


 仕方なくもう一度花房さんを見て。そのタイミングで花房さんが頭を下げながら謝ってきて、ようやくわたしはその意味を理解した。


「いじめたりなんかして、ごめんなさぁい!」

「え、えっと……う、うん、大丈夫だよ。わたし一人だったら耐えられなかったかもだけど、光さんと委員長がいてくれたし……」


 答えながら、自分でも本当に大丈夫だって改めて思う。そもそも一番目をつけられてたのは光さんで、わたしはおまけみたいな感じだったし。

 今自分で言った通り、わたしだけだったらダメだったかもだけど……そんなわけで、わたしは花房さんがやってたことはそこまで気にしてないんだよね。気にしてなかったからこそ、お見舞いに来れる心の余裕があるんだよ。


 むしろわたしが気にしてるのは、その前のことで……。


「樹里愛、それだけではないじゃろう?」

「え?」

「う、うん……わかってるよ……」


 光さんが謎の指摘をして、花房さんがもう一度姿勢を正す。

 それから彼女は、もう一度頭を下げてきた。


「アンタの好きなこと……悪く言って……ごめんなさい。ほんと……ほんっとごめんなさい!」

「あ……」


 ちゃんと、そこに気づいてくれたんだ。

 ううん、たぶん光さんが気づかせてあげたんだと思うけど。


 でも、あのときの悪口を花房さんから直接謝ってもらえたことは、わたしにとって大事なことで。


「……うん、わかった。花房さんを許すよ」


 だからわたしは、素直にそう言えた。

 それを聞いた花房さんは顔を上げて……そのまましばらく、お互い何も言えないまま顔を見合わせてた。


「さて、これにて一件落着じゃな」


 そんな空気を入れ替えるみたいに、光さんが声を上げた。ご丁寧に、手を鳴らしながらだ。

 わたしと花房さんは、ここでようやく一息ついて、ぎこちないけど笑い合う。


 それから、やっぱり光さんが話題を提供して、わたしたちは少しずつ話を始めた。

 そうなったら、元々コミュ力の高い花房さんのことだ。自然と話ができるようになっていって……病院から帰るころには、わたしはすっかり花房さんと打ち解けていた。


「いやー……なんだか今でも信じられないや」

「うん? 何がじゃ?」


 帰り道。行きと同じく光さんの車に乗せてもらっての道中、わたしは思わずつぶやいた。

 耳ざとくそれを聞きつけた光さんが、首を傾げながらわたしを見る。


「だってさ、光さんたちのおかげでそんな深刻じゃなかったけど、一応わたしって花房さんと敵対してたわけじゃない。なのにあだ名でフレンドリーに呼ばれることになるなんて、昨日まで思ってもみなかったよ!」

「そのことか。別に不思議でもないじゃろう。極限の経験は人の心を素直にする。 樹里愛自身、元々思うところがあったということじゃよ」

「そうかなぁ。お話の中だと、追い詰められてもぜんぜん改心しない悪役って結構いるもんだけど」

「そこは単に、あやつの根が善良だったんじゃろ。それか、まだ若いゆえに改心する余地があったとか」


 そうかなぁ。光さんを目の敵にしてた花房さんの姿を思い返しても、それだけじゃない気がするんだけど。


 思ったことをそのまま口にしたら、光さんは楽しそうにこっちを見た。相変わらず、青い目がきれいだなぁ。


「そうかもしれん。そうかもしれんが……うまく行ったならそれで、別に気にせずとも良いのではないか? 終わりよければすべて良し、と言うじゃろ?」


 そして、ものすごく楽天的なことを口にした。

 そのあっけらかんとした言い方に、思わず吹き出しちゃったよ。そのまま少しの間笑って、


「……そりゃそーだ。ケンカとかイジメとか、そんなのないほうがいいに決まってるもんね」


 わたしも光さんを見習って、気にしないことにする。


 うん、そうだそうだ。平和が一番だよね。

 自分の家に着いたのは、ちょうどそう思ったタイミングだった。

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