第8話 柊市連続失踪事件 下

 結局その日は、花房さんは見つからなかった。わかったのは、彼女は本当に突然どこかに消えちゃったらしい、ってことだけだった。


 先生は花房さんの家にも連絡を取ったみたいだけど、そっちにも帰ってないって聞いた。これはいよいよ、普通じゃない。

 昔と違って今の学校には色んな不審者対策があるのに、前触れも何にもなくいきなり起こったのはどう考えてもおかしいもの。


 ただ、おかげで学校は午前中で終わりになった。それに喜んでる子もいたけど、中には怖がってる子もいたかな。わかる、わからないって怖いよね。

 中には何かオカルト的なことが起きてるんじゃないかって言いだす子もいたけど、大体の子は……特に委員長はそんなのありえないって言ってた。


 普段ならそう考えるのが正しいと思うけど、今回に関してはオカルトが正しいと思う。わたしだけはそう確信してた。

 ともあれそんなわけで、もやもやした気分を抱えながら下校することになったんだけど……。


「ただいまー」


 玄関を開けたのに、返事がない。


 え、まさか。


 そう思ってわたしは急いでお父さんの仕事部屋に駆け込んだ。


「お父さん!」

「おー泉美、おかえり。ごめんよ出迎えできなくって」

「……お父さん!? ……あ、ご、ごめんなさい、お仕事中に……」


 そこにはお父さんが普通にいた。

 お父さんだけじゃない。アシスタントのおばさんが一人いて、本棚から資料用の本を出したりそれを機械で取り込んだりしてた。


 その人は気にしてないよー、って笑ってくれたからわたしはほっと息をついたけど……でもそうか。いつもだったらわたしが家に帰ってくる前にこの人は帰っちゃうけど、今日は急に午後休みになったからまだお仕事中なんだ。

 お父さんが出てこないのも当たり前だよ。うわあ恥ずかしい。


「おかえり泉美ちゃん。なんだか大変なことが起きたんですって?」

「え? あ、うん……じゃなくって、はい。なんか、クラスメイトが急にいなくなっちゃって……それで、お父さんのただいまがなかったから、もしかして、って」


 一人で恥ずかしがってたところに、おばさんが声をかけてきた。

 それがどうにも追い打ちっぽく感じちゃって、わたしは思わず早口で言い訳する。

 ありがたいことにおばさんもお父さんもヘンには思わなかったみたいで、なるほどって言いながら何度も首を縦に振ってたけど。


 よかった、通じた……と思ってほっと息をついたわたしだったけど、そのあとのおばさんのセリフにびっくりすることになる。


「でも気持ちはわかるわ、怖いわよね。どうもね、あちこちでそんなようなことが起きてるらしいし……」

「……えっ!?」


 あちこちで!?


「ほらこれ、速報よ。さっき一斉に出たの」


 わたしの反応を予想してたのか、おばさんはスムーズな動きでスマホを見せてきた。

 画面に映ってたのは何の変哲もないポータルサイトだったけど、その一番上に速報、って文字がある。その二文字に続くのは、この街の異常事態を告げる文章だった。


「……柊市で二十人以上が突然の行方不明、って……」


 わたしは思わずごくりとつばを飲み込む。


 そういえば、光さんは言ってた。今はこの街全体で事件が起こる可能性がある、みたいなことを。それが今日起っちゃったんだ!


 光さんが急いで出ていくわけだよ。こんなあっちこっちで同時に事件が起きたんだったら、緊急出動しかないでしょ。授業なんて受けてる場合じゃないよ。


「そういうわけだから泉美、今日は外出しないようにね。念のため、お父さんと同じ部屋にいなさい」

「う、うん、わかった」


 というわけで、お父さんの仕事を近くで見ることになった。と言っても、お父さんのマンガは雑誌の献本が届くまで見ないようにしてるから、画面は見てないけど。


 そうこうしてるうちに、おばさんも子供さんを帰宅させる連絡が学校から来たみたいで帰っていって。そのままこの日はお父さんとお互いが見えるところにいる場所ですごした。

 夜も久しぶりにお父さんと一緒に寝ることになったけど、まあ、たまにはこういうのもいいよね。


 ……お風呂はさすがに拒否したけど。


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 次の日は、特になんてこともなく普通に始まった。お父さんの腕の中で目が覚めたのは、複雑な気分だったけど。


 だけど一緒に起きて、朝ごはんの準備をしながらテレビをつけたら……行方不明になった人はさらに増えてて、だけど一部の人はこれまた突然戻ってきた、ってニュースがやってた。

 焼いたトーストをほおばりながらお父さんと二人でそれを眺めてたけど、魔法のことなんにも知らなかったらこれぞ現代の怪談って感じだ。誰が考えてもおかしい話だもんねぇ。

 でもどこのテレビ局もこの話ばっかりだったから、これは相当話が広がってるんだと思う。これ、なんとか収まるのかな……。ていうか、どうやって収めるんだろう?


「これはまた……一体全体何がなにやら」


 お父さんがコーヒーを片手にうなる。わたしも同じ姿勢で、オレンジジュースを片手に声を上げる。


「ホラーだよね……」

「そうだな……こんなことが現代でも起こるんだねぇ」

「……話のネタにするとかはやめてよ?」

「しないよ。そこまでするほど落ちぶれちゃいないさ」


 どこか悲し気に、ふっとほほ笑むお父さん。そうやってると、どこかのドラマにいてもおかしくなさそうだけど、普段が普段だけにわたしにとっては今更感しかない。

 まあお父さんのことだから、これもわたしがあんまり気にしすぎないように、ってわざと真面目ぶってるんだろうけどね。妙なところで気をつかうんだもんな。嫌いじゃないよ、お父さんのそういうところ。


 だからわたしも、それに乗っかる形でいつもと変わらないことを話すことにした。


「ならいいんだけど……そういえばお父さん、学校ってどうなるんだろ?」

「ん? そういえばまだ連絡がないねぇ。何かあったらあるはずだけど……と、噂をすればかな?」


 机の上にあったお父さんのスマホが鳴った。姿勢を正してそれを取ったお父さんは、やっぱりなって言いながら電話に出る。学校から来たみたいだ。

 そのまましばらく、珍しいお父さんの大人な対応を見て……。


「泉美、今日の学校一日休みにするんだってさ」

「あ、やっぱり?」


 そりゃそうだろうな。何せ謎の怪事件だもんね。


 でもだとすると、今日一日何しようかな……と、思ったところで、いきなりわたしの頭の中にもう最近は聞き慣れた声が響いてきた。


『泉美……すまんが今からお主の家に行く、対応してくれんか』

「うひゃっ!?」


 まったく考えてもみなかった突然のテレパシーに、わたしは思わずびくんとして食べかけのトーストを床に落っことしてしまった。


「なんだ泉美、どうした?」

「う、ううん、なんでも……なんか、急にびくんって来ただけ」

「お、ジャーキングかな? まだ眠いんなら、今日はいっそ二度寝しちゃうのもいいんじゃないかい?」

「あ、うん。そうだね、たまにはそれもよさそう……」


 なんて話して、落としちゃったトーストをお父さんが片付け始めたそのタイミングで、チャイムが鳴った。


 たぶん光さんだ。そう思ったわたしは、トーストの処理を一旦とめようとしたお父さんに声をかけて椅子から下りる。


「お父さん、わたしが出るよ」

「あ、泉美? あー、まあなんだ、ヘンな人なら出ちゃダメだからね!」

「わかってるー!」


 なんて返事したけど、光さんならわたしノールックで開けると思う。


『泉美、着いた』

「あ、やっぱり光さんだ」


 そこで改めてテレパシーも来たし、間違いないよね。


 ってことで、お父さんには悪いけど外を確認しないままわたしは玄関を開けた。

 でもって、開けたまま固まってぎょっとする。


「ひ、光さん……?」

「おう……すまんな朝っぱらから突然」


 そこで、光さんは疲れたように笑いながら立ってたんだ。


 だけど問題はそこじゃなくって。光さんの全身あちこちから、血がたくさん出てたんだよ。服も半分くらいなくなってるし、残ってる部分も大半が血で汚れてる。そりゃあぎょっとするでしょ。

 おまけに背負ってるのって……!


「花房さん!?」

「うむ、助けてきた。薄氷の上を行くがごとき戦いであったが」


 そう、光さんはボロボロになりながらも花房さんを背負ってた。

 その花房さんにケガはなさそうだけど、気絶してるみたいでぐったりしてて、光さんの首筋に頭が当たってる。


「じゃがまだ終わっておらん。本当に急な話でお主や幸一殿には申し訳ないんじゃが、こやつを任せたい。既に借りられる手はすべて借り切っておるんじゃ」

「え!? そ、それはいいけど……でも光さん、まだってことはもしかして」

「ああ、すぐに戻らねばならん」

「そんな!? 光さん、そのケガでまだ戦うなんて無茶だよ!」

「無茶でもやらねばならん。それがわしの生まれた理由じゃからな」

「光さん……」


 うう、そんなロボ系のキャラみたいなこと言って!

 そのセリフ、わたしが知ってる限り半分くらいの確率で死亡フラグになるし、何より光さんの今までの人生が想像できて悲しくなるから言わないでほしい!


 だから、わたしは思わず言っていた。


「ちゃ、ちゃんと帰ってきてよ! じゃないとわたし……」

「ん……うむ、もちろんじゃ。約束する」


 そのわたしの言葉に、光さんは一瞬驚いた顔をした。だけどすぐににっと笑って見せた。いつもよりもなんだか嬉しそうに。


 その顔に、わたしは一回頷いて見せて……。


「泉美ー? お客さんかいー?」

「おっと……幸一殿にこの姿は見られとうない。わしは行く。すまんが任せたぞ!」

「あ……う、うん、わかった! 気をつけてね! 約束だよ!」

「うむ!」


 だけどお父さんの気配に、光さんは大急ぎで花房さんをわたしに預けて身体の向きを変えた。そのまま、机の上のスマホがバイブしたときみたいな音と一緒に魔法陣が現れて、彼女の姿がその中に消える。


 と、ここでお父さんが玄関に到着した。危ない、ギリギリセーフだ。


「泉美……って、え!? その子どうしたんだい!?」

「え、えーっと、えと、そうだ、わかんないけど、開けたら倒れてたの! いなくなってたクラスメイト!」

「なんだってぇ!? わわ、わかった、まずは警察だね!?」

「う、うん! お願いお父さん!」

「任せとけー!」


 そのままお父さんは回れ右して、スマホを取りに行った。


 どうも今日は、騒がしい一日になりそうだ。なんとなく、そう思った。

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