第4話 秘密の魔法少女

「む……やはり怪我をしておるな」

「え? どこ?」


 立ち上がったわたしを見た光さんの言葉に、自分を見渡してみる。

 だけどそれっぽいのはどこにも見えない。どこにそんなのがあるんだろう?


 なんて思ってたら、光さんが鏡を出してきた。


「顔じゃ」

「おお、ホントだ」


 そこには確かに、キズがあった。ほっぺにうっすらと、細長いキズ。いつの間にできたんだろう?


「大方、あれが着地して地面にヒビを入れたときじゃろうよ。そこいらに細かい破片が転がっておるしな」

「あー、なるほど?」


 ちらりと視線をズラした光さんに続けば、そこにはさっきの化け物が作った地面のヒビがある。まるでアニメか何かみたいな展開だったけど、あれがあるってことはやっぱり本当にあったことなんだよね……。

 今さらになってまた怖くなって、わたしはぶるりと身体を震わせる。


 それを気にしたのか、光さんが笑いかけてきた。


「案ずるな、ひとまず周辺には何もおらんよ。いたとしても、わしがまとめて吹っ飛ばしてやるわい」


 わあ、頼もしい。よくはわからないけど、とにかく彼女にはそれだけの力があるんだろう。


「ともあれその傷は治しておこう。顔は女の命じゃしのう」

「えー、別にこれくらい……」


 いいよ、って言おうとしたけど。


 光さんは問答無用って感じでわたしのほっぺに手のひらを当てた。

 するとそこから、青い光がふんわりとあふれてきた。まるでホタルの群れみたいな、優しい光。

 すごくファンタジックで、思わずわたしはそれに見とれて何も言えなくなっちゃった。


「これでよし」

「……わ、ホントに治ってる!」


 そして少しして。

 光さんが手を離したところは、キレイに治っていた。びっくりだ!


「すごいすごい! 光さん、ホントに魔法少女なんだね!」

「魔法……少女? 確かに魔法は使うが……」


 思わずテンションが上がっちゃって、ぐいっと近づいたわたしに光さんが目を丸くする。

 まるで魔法少女って言葉を初めて聞いたみたいなリアクション。でも本物の魔法を見て興奮していたわたしには、それを気にするなんてできなかった。


「光さんは……」

「待て。まずはここから出るぞ」

「出る?」


 だからなのか、色々と聞こうと思って前のめりになったわたしを、光さんは制した。


「うむ。ここに居続けていたら何かと邪魔が入るじゃろうからな。ほれ、手を出せ」

「う、うん?」


 そして有無を言わさない態度で言うから、わたしはとりあえず手を出した。

 その手を、光さんの小さな手が上から包むようにつかんでくる。ひんやりとしていて、でも奥のほうに暖かさの感じる手だった。


「では出るぞ。離すなよ」

「う……ん!?」


 すると次の瞬間。手を離すどころかまばたきだってする暇もない一瞬で、景色が元に戻った。見える範囲に赤はなくて、どこからどう見ても普通の景色で……おまけに直前までそこにいなかったスズメとかがいきなり現れて……。


「え……えええ……?」


 わたしは混乱するしかなかった。

 だけど隣で光さんが小さく笑ったのが聞こえて、なんとかそっちに目を向ける。


「ああいや、すまんすまん。じゃがこれをやるとみな似たような反応をするのでな。つい、な」

「……そりゃ誰だってそーするでしょ!」


 あんな目に遭ったのももちろんだけど。目の前でいきなり景色が変わったら、驚かないわけないじゃない!


 そう言ったら、「そりゃそうじゃ」とだけ言われて、またくすりと笑われた。

 でもそこに嫌味な感じはなくて。ボケに対してツッコミが正確に入ったときによくある、楽しそうな雰囲気だった。


 どこがツボだったんだろう……? ちょっとよくわかんない。


 でもとりあえず、ここで話し込むわけにもいかないし、ってことで。光さんの提案で、わたしはこのまま彼女と一緒に家に向かうことになった。

 その道中で、わたしは早速光さんに思ってることを聞いてみる。


「光さんはさ、もしかしなくても魔法少女なんだよね? 悪いやつらをやっつける!」

「……まあ。魔法使いじゃのう」

「すっごい……魔法ってホントにあったんだね! お話の中だけじゃなかったんだ!」

「うむ、実在する。一応、この星に仇なす輩と戦っておるよ」

「じゃあ光さんは正義の魔法少女なんだね! かわいいのにかっこいいなぁ……!」


 自分でもはっきりわかるくらいうきうきしながらそう言ったら、光さんに首を傾げられた。


「その……先程からお主の言っておる魔法少女とはなんじゃ? 魔法使いとは違うのか?」

「え? わかんないかな、ニチアサにやってるマジピュアみたいなのだよ」

「……うむ、すまんがさっぱりわからん」

「あれぇ!? 国民的アニメだよ!? わかんない!?」


 シリーズが始まってから、もう十年は経ってる作品なのに。わたしたちの年齢なら普通履修してるでしょ!?


 と思ってたら、ふるふると首を横に振られた。うそぉ。


「……えっと、まさかとは思うんだけど、光さんってテレビを見たりは」

「存在は知っておるが、使ったことはないのう」

「えええ!? そのレベル!?」


 テレビを見ない、って人がいるのは知ってる。うちのクラスでも、真面目な委員長は普段滅多に見ないって言ってたのを横で聞いた覚えがある。

 最近はネットのおかげでニュースとかもなくたってなんとでもなるし、動画サイトの投稿のほうが面白かったりするから、そういう意味でも見ないって人がいるのも知ってる。


 でも、さすがに「一応存在は知ってる」レベルの人はまだいないと思うんだけど!


「ち、ちなみにマンガとかは……」

「同じく、存在は知っておるが見たことはないな」

「マンガも!? じゃ……じゃあ……そ、そうだスマホ、スマホは……!?」

「それは見たことはあるぞ。あるだけじゃが。特に必要がないからのう」

「いやいやいやいや!!」


 現代っ子として言わせてもらえば、そのりくつはおかしい!

 ネットがない世の中なんてわたしには考えられないし、そもそも携帯電話のほとんどがスマホになってる今、それを持ってないのにどうやって連絡を取るんですか!


「そりゃあ、わしは魔法使いじゃからな」

『こんな感じで』

「うひゃあっ!?」

『頭の中に直接話しかける』

「て、てれぱしー……」


 頭の中に話しかけられるなんていう未知の体験に、わたしはつぶやくことしかできなかった。なんだか背中のほうがぞわぞわする感じ……。イヤってまではいかないけど、ちょっと落ち着かないぞ。


 そんなわたしに、光さんはうんと言いたげに頷く。細かいことはまったく気にしてなさそうな、まったく普通そのものなイエスだった。

 その態度に、思わず何を言えばいいのかわからなくなったわたしは、少しの間黙ってしまう。


 だけどそのとき、ふと思った。

 光さんは、アニメどころかテレビも使ったことがない。マンガも知らない。それならたぶん、ゲームとかもやったことないと思うけど……それなら、普段は何をしてるんだろう……って……。


「……あ、あのさ光さん……」

「うん?」

「ひ、光さんって、普段はどうやって過ごしてるの……?」

「空いた時間は敵の監視か、魔法の修行かのう」

「……他には?」

「ない」

「ひええっ!?」


 思わず悲鳴を上げちゃったけど、これはわたしだけじゃないと思う!

 だ、だってそれって、遊ぶ時間がちっともないってことでしょ!?


「ず……ずっと?」

「うむ」

「い、いつから?」

「生まれたときからじゃな」

「今まで!?」

「うむ」


 何気なく……本当になんてこともないように答え続ける光さんに、わたしは完全に言葉を失った。

 だって、だってそんなのって……それじゃまるで、


「戦うための機械みたい……」


 思わずそう言ってしまったわたしに、光さんが笑う。


「ははは、確かにそうじゃな。実際、そうあれと望まれ、そうあるように生まれ育ったのじゃから、お主の言い方は何も間違っておらんな」


 ……本当に、なんでもないことみたいに、笑うけど。

 わたしにはそれがいいことだなんてちっとも思えなかった。


 確かに光さんは気にしてなさそうだし、だからきっと今まで本当に必要じゃなかったんだと思うけど、でも。

 オタクのお父さんに育てられた、オタク二世のわたしに言わせればそれは!


「ダメだよ光さん! そんなの人生損してる、ぜぇったい人生損してるよ! 半分どころかもっともっとたくさん損してるよ!」


 そう、損してる。もったいない!

 これだよ! これに尽きるよ!


 マンガを読んだことがない?

 ゲームをやったことがない?

 特撮も? アニメも知らない?


 そんなの……! そんなの絶対損してる!

 世界にはこんなにもたくさん、面白くて楽しいものがいっぱいあるのに!!


「お、おおう? な、なんじゃ急に、一体どうした?」

「うちに着いたら色々貸したげるから! ね!」

「お、おう、そうか……」

「よーし! そうと決まったらすぐ帰ろう! わたしんちそろそろだから!」

「わ、わかったわかった。そう引っ張るでない」


 そして妙な使命感に目覚めたわたしは、光さんの手を取ると全力で走り出した。

 もちろん運動オンチなわたしの全力なんてたかがしれてるから、すぐに光さんには並ばれたんだけど。


 それもなんだか楽しくて、わたしはちょっと引くくらいの笑顔を見せてたと思う。我ながら自分勝手だけど、光さんのほうをこのとき見てなかったからよくわかんない。

 だけどそんなおかしなテンションのまま、家に光さんを連れてきたわたしはそこで冷静になった。


「おっほほおおぉぉう! まさか君が噂ののじゃロリ転校生ちゃんかい!? ぜひ! ぜひぼくに君のスケッチを描かせてくれないかな!?」


 なんでって、光さんを紹介するより早く、彼女の喋り方を聞いたお父さんがぶっ壊れたからだよ。元々頭のねじが数本緩んでる人だけど、いくらなんでも初対面の子相手にこれはひどい。そういうとこだぞ、お父さん。


 これには当然、光さんドン引き。クラスメイトから何を質問されてもうろたえなかった光さんが引くとか、よっぽどだよね。

 おかげでわたしは落ち着けたんだけど、いやー、暴走してる人を見ると、なんでか冷静になれるよね……。


 わりと本気でお父さんをたたいて、なんとか落ち着かせたけど……よく考えなくてもこれ、初めて会ったばかりの子にしていいことじゃないよね……。

 わたしもさっきまで似たようなことしてたから、親子でかなり失礼なことしてたことになる。光さんは気にした感じじゃないけど、これはちゃんと謝っておかないと……。


「ごめんね光さん……親子揃ってこんなので……気持ち悪かったでしょ」

「いや、驚いたが別に思うところはないよ。むしろそのままで良いのではないか。わしには仲の良さそうな似た者親子に見えるぞ」

「これで心まで広いとかどうしたんだ現実さん……今まで散々寝てたくせに二次元に大勝利じゃないか……」

「お父さんは黙ってて。ホント、振りじゃなくて本気で」

「あっ、はい」


 ……かといって、大きく距離を取って部屋の隅っこで正座するのもなんかやめてほしいな……。


 そんな気持ちが顔に出てたのか、わたしたちを見てた光さんが吹き出した。

 それがまた恥ずかしくて、わたしは顔が熱くなるのをおさえられなかった。


「うー……、もう、ホントごめんね……。これ、うちのお父さん……」

「ふふふ、気にしておらぬから、そう気に病むな。うむ。父君にはお初にお目にかかる、光藤子じゃ。貴殿の娘御とは本日より同じ教室に通うこととなったゆえ、今後も少々お世話になるやもしれぬ」

「あいや、父の幸一です。こちらこそ娘のわがままに付き合っていただきありがとうねぇ。転校生が来たって、帰ってきてすぐに言ってきたからそんなにすごい子が来たのかってぼくもつい気になっちゃって」


 そのまま流れるようにお父さんと頭を下げ合う光さん。

 なんか……なんだろう、なんだかかなりもやもやする……。お父さんにだけは言われたくないのに……。


「こちらに越してきたばかりなのでな。今日は周辺を見て回っておったら娘御とばったり出会うたんじゃ。それで声をかけてもらったゆえ、お言葉に甘えた次第にて」

「え」


 なにその話、わたし初めて聞いた。

 いやでも、間違いってわけでもないのか。化け物退治をしてるならそりゃあ周りを見て回ってただろうし、うちに呼ぶ流れはわたしからだし……。


 肝心の魔法とかのことは何も言わないのは、この世界の魔法が普通の人は教えちゃいけないことになってるパターンだからかな? お話だと、結構な確率でそんな設定になってるよね。案外あれも間違ってないんだねぇ。


「そっかそっか。いやぁ、うちの子の誘いに応じてくれてありがとうね。時間が許す限りゆっくりしていっておくれよ」

「うむ、お気遣いかたじけなく」


 そんな感じで、出だしとは反対にかなりあっさり部屋まで案内することになったんだけど……。


「……光さん、さっきのお父さんに言ったやつ……すごいぼやかしてたけど、もしかして魔法のこととかって内緒?」

「うむ……基本的には人に言ってはいかんことになっておる」


 階段を上りながら後ろに問いかければ、すぐにそう返ってきた。


「『クラスのみんなには、ナイショだよ』ってやつだね。なるほどなー、やっぱりそっちなんだねぇ」

「いや、基本誰に対しても秘密なのじゃが……予想しておったのか?」

「してたっていうか、色んなお話に色んな魔法が出てくるけど、秘密になってる展開のほうが多いから」

「はははそういうことか、なるほどのう」

「……あれ? でもわたし、普通にそういうこと答えてもらってるけど……」

「巻き込まれたものは例外じゃよ。いきなり見知らぬものに殴りかかられたら、普通は原因や事情が気になるじゃろう? それと似たようなものじゃよ」

「あー、それは確かに……」


 魔法を見て、気にならない人なんてほとんどいないだろうしねぇ。


 と、納得したところでわたしの部屋に到着……って、あ。


「……ちょ、ちょっと待って。す、すこーし部屋散らかってるから、片付けさせて!」

「ははは、いいぞ。好きなだけするといい」


 背中に朗らかな笑い声を聞きながら、わたしは部屋に先に入る。

 うう、最近あんまり友達を家に上げてなかったから油断してた……。こういうことがあり得るならもう少し掃除の回数増やそう。


 とりあえず、今は大急ぎで目につくところだけ片づける。本当なら整理してジャンルごとに並べたり、お父さんの書斎とかに移したりするんだけど。今は時間がないから、見えないところに隠すことに専念。

 そうやって数分してから、わたしはできるだけ笑顔を作って部屋のドアを開けた。


「は、はーい、もういいよ~」

「ふふふ、思ったより短かったな。がんばったのう」

「ま、まーね!」


 にんまりと目を向けてきた光さんに、あえて胸を張って見せる。


 と、そこにいきなりおでこに指を当てられてわたしは固まった。

 ん? と思ってよく見ると、光さんの小さな手から人差し指がぴんと伸びてて、それがわたしのおでこに当てられてる。


 何をされてるんだろう……って思ってたら、彼女の指先からまた青い光があふれた。それがまるで生き物みたいにわたしの身体にまとわりついて……それで消えた。


「光さん?」

「すまんな、少々呪いをかけさせてもらった」

「のろい!?」


 なにそれこわい!


「ああ、案ずるな。害はない。ただ魔法に関わることを言えなくなるだけのものじゃ。いくら秘密にすると口では言っても、人間うっかりはあるからのう」

「あー……確かにわたしあんまり口が固いほうじゃないし、助かるかも……」


 光さんの指が離れたから、直前まで触られてた自分のおでこを触ってみる。そこには特に何もなかったし、姿見を覗き込んでみてもやっぱり何もなかった。


 そんなわたしを映す鏡の中には、角度の関係で光さんも映ってる。彼女にとりあえず座るよう促しながら、わたしもカーペットに座る。

 光さんは素直にわたしに続いたけど、その顔は真剣なものだった。


「まずは真面目な話を終わらせたいが、よいな?」

「うん」

「では最初に忠告を一つ。学校にはあまり近づくな」

「……学校に何かあるの?」

「この辺りで起こりつつある異変の原因……の、一つがある。どこにどのようにしてあるかはまだ調査中じゃが……少なくともあることは間違いない。わしが近くにおればすぐ駆けつけられるが……」

「……そゆことね。うん、わかった。気をつけるよ」


 真顔の光さんにこくりと頷く。


「うむ。では何か質問はあるか? 可能な限り答えよう」

「んー……えーっと……」


 聞きたいことはいっぱいある。でもありすぎて、何から聞けばいいかわかんなくてすごく迷っちゃうな。

 あと、聞いてちゃんと理解できるかなって不安もある。難しい話は苦手なんだよね。

 となると……。

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