目に見えない病
风-フェン-
第1話
好奇心と金があればなんでもしてしまう。
何もない私には知らない事は喉から手が出るくらい欲しいのだ。
私はその日浮かれていた。
今日は待ちに待った日だ。私は珍しく楽しみにしていた。三十を過ぎてここまでワクワクする事はない。この初体験は私を楽しませてくれるかもしれない。
さっき電話で確認してオートロックを解除したからもうすぐ来るのだが少し落ち着かない。
私がまだかまだかと思っていたら部屋のインターフォンが鳴った。玄関のドアを開けるとトレンチコートにレースの色っぽいトップスと短いスカートを履いた愛華ちゃんがいた。
「初めまして愛華です」
「うん。初めまして。待ってたよ。上がって?」
「はい」
私は愛華ちゃんを迎え入れた。久しく嗅いでいない女の子らしい香水の匂いがするこの子は写真通りとても若い。それに甘すぎる匂いは彼女のイメージそのものだった。セミロングのボブは暗めの茶髪だが、顔も体型も良い彼女が風俗をしているのが容易に頷ける。今時の赤系の発色の良いリップを塗っているからか髪色が落ち着いていても魅力的に見えた。
「先にお金払うね。二万一千円。ちょうどだけど確認して?」
私は財布からお金を取り出して手渡した。このお金の関係が風俗を使ってみたくなるきっかけだった。
「はい。ちょうどいただきました。上田さんはデリヘルの利用初めてですか?」
お金をしまう愛華ちゃんはコートを脱いで愛想良く尋ねてきた。風俗自体初めてなのだがその前に訂正しないとならない。私は予約の時に恥ずかしいからと偽名にしたのだ。
「初めてだけどその前に私の名前永井。上田なんちゃらは適当に考えた偽名だから永井って呼んで?」
「え?そうなんですか?分かりました」
「うん。それより、だいたい何でもしてくれるんだよね?」
今日は目的があって呼んだから一応確認しておく。愛華ちゃんは笑って頷いた。
「はい。しますよ。玩具使うならオプションになるのでお金かかりますけど」
「ふーん」
「なにかしたいプレイありますか?」
訊かれても全くないが折角の風俗だ、少し遊んでみようか。私は彼女をじっと見つめながら口を開いた。
「じゃあさ、スカート捲ってパンツ見せて?」
「そういうの好きなんですか?いいですよ」
恥ずかしがる素振りも見せないこの子は笑いながら短いスカートを捲った。白くて細い太ももに黒のショーツは魅惑的に見えるだろう。さすが風俗嬢だ。しかし、私にはこういうのは合わない。
「どうですか永井さん。このまま少し舐めるくらいならシャワー前でもいいですよ?」
誘うように笑って言う彼女は若くて羨ましくなる。
「そうだね」
だか若いこの子にそんな感情が沸く訳もなく私は普通に答えた。
「エロくていいんじゃない?満足した。それよりソファ座って?お茶出すから」
「え?」
意味が分かっていない愛華ちゃんをそのままに私はリビングからコップとお茶を持ってきた。今日は初の風俗利用だけどセックスなんてくだらない事はする気がない。
「ほら、鞄は適当に置いていいから早く座りな」
私が促すと愛華ちゃんはとりあえず座ってくれた。
「あの、……私はどうすればいいんですか?そういう特殊なプレイをしたいって事ですか?」
首を傾げる彼女に私はお茶を差し出した。プレイも何も私は何もする気がないので詳しく説明してあげる。
「違う違う。風俗使った事ないから好奇心に負けただけ。それに色々話してみたいと思ったの。あなた一番遊んでそうだし、お金の関係だから気兼ねないしさ。だから色々聞いても良い?答えたくなかったら答えなくて良いから」
セックスよりも私は今時の若い子が何を思っているのか知りたい。お金を持っていて、体に自信があって、悩みなんか無さそうな若いこの子を。私の変わった要望に彼女は頷いてくれた。
「まぁ、永井さんがいいならいいですけど…」
「ありがとう。早速だけどあなた本当に二十一歳?」
私は今日わざわざこの子を指名した。二十一歳という年に惹かれたから。
「はい。二十一です」
素直な彼女は私の質問に答えてくれた。これは楽しい事が聞けそうだ。
「へぇ、今は学校とか行ってるの?」
「はい。専門に行ってます」
「ふーん。じゃあ彼氏は?あ、彼女かな?いるの?」
一番気になる話だ。今の若い子の恋愛はどんなものか非常に気になる。しかしこの子は苦笑いをして首を横に振った。
「いません。振られちゃいました」
「なんで?浮気したの?」
この子の年じゃ盛んな時期だから浮気したりされたりなんてよくある話だろう。でも、この子は違うみたいだった。
「浮気されたんです。私いつも浮気されちゃうんです。遊ばれちゃうみたいで…」
「可愛いのにね。今は好きな人いないの?」
不幸体質なのか見る目がないのか分からないが今の時期には色々経験しといた方がいい。可哀想だけど更にした質問に彼女はまた否定してきた。
「いません。絶賛募集中です。永井さんはいますか?ていうか、永井さんはどっちですか?ノンケにしか見えませんけど」
逆に質問されたが自分に関しては答える気はない。時間の無駄だ。
「忘れちゃった」
よく使う私のお決まりのフレーズに彼女は訝しげた。
「え?なんでですか?私も永井さんの事知りたいです」
「だからそんなの忘れちゃった。それに客にそんなに興味ないでしょ。それよりもっと質問させて」
私はソファに凭れながら適当に思い付いた事を訊いた。ここは強引にでも進めさせてもらう。
「あなたが楽しいって思う事ってなに?」
「え?えっと……友達と美味しいもの食べに行ったりお酒飲んだり遊んだり、……する事です」
戸惑いながら答えてくれた返答は二十一歳でも私と一緒だった。これは残念だ。なら次だ。私は次の質問をした。
「じゃあ、幸せだなとか嬉しいなって思う事は?」
「それは……好きな人と一緒にいれたり、その人のために何かしたり、喜んでもらった時……とかですかね?」
「ふーん」
私はありきたりな答えにガッカリしてしまった。風俗嬢だから何かにお金を沢山使ったりするのが好きかと思ったのにこの子は良い意味で幼いというか真面目というか…。
「あの、永井さんはどんな時に感じますか?嬉しいとか楽しいとか」
遠慮気味に尋ねる彼女の質問を私はまたはぐらかした。
「んー、分かんない」
次は何を質問しよう。適当に考えていたら突然手を握られる。
「私の質問にも答えてください。私も気になります」
ちょっと意地になった様子の彼女に内心めんどくさいとしか思わない私は風俗嬢にも冷めているようだった。さっきまでワクワクしていたのが嘘みたいだ。態度には出さないが私はもっともな事を訊いてやった。
「そんなに客を繋ぎ止めるのに必死なの?あなた可愛いから人気じゃないの?」
この容姿ならいい線をいっていると思う。愛想も良いし話しやすい。だけどこの子にとってはそういう話じゃなさそうだ。
「違います。私も話したのにフェアじゃないから……」
「お金払ってるから良いじゃん。それに最初に答えたくなかったら答えなくて良いって私言ったじゃん」
私としては二万一千円でこのサービスに変えてもらっただけなのだが自分だけは嫌みたいだ。若い子はよく分からない。
「でも、……なにか知りたいです」
目を逸らさない彼女は本気なのかなんなのか。こうやって客を落としているのだろう。風俗をやっているだけある。
「んー…私客だよ?さっき会った知らない人だよ?そんな興味ないでしょ」
間違ってはいない。金の関係なのに、しかも質問に答えるだけで二万も貰えるのに、それでも彼女は頑なに引き下がらなかった。
「興味あります。こういうお客さん初めてなので気になります。私をわざわざ指名してくれたのも、質問するだけなのもなんでですか?」
「……はぁ」
思わずため息が出てしまった。六十分ただ訊かれる事を答えた方が楽なのに若い子の興味心は謎だ。
「若いから」
めんどくさくなった私は答えてやった。理由は単純だ。
「若いから今時の子は何を考えてるのかなって気になったの。それで普通の人にいきなり根掘り葉掘り訊けないから家に来てくれるデリヘルってだけ」
「……でも、永井さんだって若いんじゃないんですか?いくつなんですか?」
私は握られていた手を離した。自分の話はしたくない。教えたところで何になる。
「忘れた。それよりさ、あなたの好きなタイプは?」
「それは……永井さんも答えてくれたら話します」
「……」
離された手を膝に戻した彼女はただでは答えてくれなさそうだった。さっきから少し言いずらそうにするのにはっきり主張するあたり自己がしっかりした子なのか。しかしこれは困った。話したくないが折角お金を払ったのに訊けないのは勿体ない。不本意ながら私は適当に答えた。
「普通な人。あなたは?」
「普通ってどんな人ですか?」
「仲良くなったら教えてあげる。それであなたは?答えたんだから答えて」
適当に言いくるめて再度尋ねると彼女はちょっと照れくさそうに話した。
「私は、……優しい人です。私はレズだから男の人は無理ですけど……優しくて思いやりがある人が好きです」
なるほど、そうか。これも定番な気がするが優しくて思いやりがあるのは確かに重要だ。それには納得しつつもレズなのには驚いた。この子はビジネスでレズとして風俗をしているのではなく、本当にレズだったみたいだ。私が見た風俗サイトはレズ専用だからレズがいてもあり得なくはないがこの容姿でレズとは少し驚いた。これだけ整っていれば男で遊べないはずがないし男が放っとかない。
「男は嫌なの?」
気になる話を訊かずにはいられなかった。彼女はすぐに答えてくれた。
「はい。苦手なんです。デリヘルの他にもキャバクラで働いてるんですけど、ヤる事しか考えてないような人ばっかりで苦手です」
「……それは確かに。若いのによく見抜いてるね」
私は笑ってしまった。年が離れているのに同じ事を男に対して思っている。まともなやつもいるが、性欲のために必死なのに引いてるんだろう。自分の欲しか考えてないんじゃそう思われてもおかしくない。
「永井さんは男の人はいけますか?」
またされた質問は同じ事を思っていたから答えてみた。この子にやっと関心が沸いてきた。
「ろくなやつがいないからもう無理かな。男も女も」
今までの経験から述べる。かと言って女が違う訳でもなかったが。
「じゃあ一応バイなんですね」
「まぁね。どっちでも大して変わんないからねやる事は…」
喋りながら時計を見る。早くしないと時間が刻々と過ぎていってしまう。あとは何を訊いてみようか。私が彼女に目線を戻したら彼女は不安そうな顔をしていた。
「あの、本当に今日はしないんですか?しなかった人なんていないから自分でもどうしたらいいのか分からなくて。……それとも私イメージと違いました?まだチェンジでも大丈夫ですけど……」
どうやら何もしない事を気にしているようだ。特に何かしたい訳じゃないしこの子に不満はないけど少し触るくらいはしないと嬢としてのプライドがあるのかもしれない。めんどくさいが要望を聞いてもらっているし形的にしてみよう。私は距離を詰めて座ると腰に腕を回した。
「このくらい密着して話してもいい?」
「は、はい…。大丈夫です」
風俗嬢なのに少し緊張してるような顔をされた。慣れていると思うのにどうしたんだろう。私はそのまま彼女の手を握った。
「手も握ってていい?」
「はい。大丈夫です」
「ありがとう。私不満がある訳じゃないからね」
「はい」
こんな若い子に触れるのは初めてだ。この感じは悪くはないが年齢差がありすぎて後ろめたくなる。しかしもうすぐ終わる。私はこのまま話しかけた。
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