魔刀師匠 ――私の見つけた宝物――

八重垣ケイシ

魔刀邂逅編

第1話◇セキとの出会い


 転移罠テレポーター付きの宝箱を蹴っ飛ばしたら、そこは宝物庫だった。


「あ……? 生きてる?」


 手で自分の身体を触って確かめてみよう。左手よーし、右手よーし、両足よろし。ちゃんとついてる。少し頭が痛いけど、触って見ても血はついてない。ケガは無し。でも、


「ホントに、生きてる?」


 右手で自分の頬をビンタする。


「いったーい!」


 痛い、痛い。じんじんする。痛いということは、私、生きてますか? たぶん生きてる。生きてるはず。生きてるんじゃないかな? 生きてると思うよ? ま、ちょっとは覚悟をしておけ?


「賭けに、勝ったかー」


 ほへー、と肺の息を全部出すくらいに息を吐く。助かった。死なずにすんだ。

 運が良かったら助かるかも、なんていう博打は、もー2度としたくない。生きてるのが奇跡。あぁ、この奇跡に感謝を。


 光の女神、ティセルナ様、感謝します。無事に街に帰れたら神殿にお布施します。ちょびっとだけど。いつもなら銅貨1枚のところを、感謝記念で銅貨3枚に。無事に街まで戻れたらね。


「だけど、ここ、何処よ?」


 キョロリと周りを見回すとあちこちに青い水晶の柱が立ってる。薄暗いけど水晶がボンヤリ光ってるおかげで見える。天井高い広い部屋。

 私の背よりも高い水晶の柱は、綺麗に列になって並べられてる。で、その水晶の中には銀色に輝くハルバードとか、ドラゴンの彫り込まれた黄金の盾とか、キラキラした真っ赤なマントとか、なんか凄そうなお宝だらけ。

 ひとつひとつを水晶に封じ込めて飾ってるよーな。


「迷宮の宝物庫、かいな?」


 これはシーフとしては、ほおっておけませんな。立って周りを見回す。敵は無し、どころか、私以外には動いてるのもいなさそう。それなら安全か? 持ってる荷物を探って、と。


「リュックは落としたけど、ベルトポーチは無事。水筒ありーの、ショートソードは抜けなくなって置いてきたから、武器はナイフが3本だけかー」


 ナイフを片手に水晶に近づく。水晶の中には黒い杖、黒曜石かな? キラキラしてる。


「……て、このキラキラ、杖に宝石埋め込んでんの? いくつ入ってんの? ルビー? サファイア? これ売ったらいくらになるんだ? しかも宝石の中に魔術印?」


 見たことも無いお宝。噂に聞いた古代魔法の代物だったら、この杖1本で村とか小さな町とかまるっと買えるぐらいのお宝、なのかも。

 こんなのこれまで見つけたことも売ったこともない。価値が解らない。でもこの杖についてる宝石だけでも売れば、探索者引退して家買って死ぬまで楽に暮らしていけそうだ。

 そんなとんでもねーお宝がゴロゴロしてる。なんだここ? 何処の宝物庫だ?


 命が危ない窮地に追い込まれ、それをヤケクソ気味になんとか逃げたら伝説級のお宝の山。

 これが運、不運の反動ってもの? よし、貰って帰ろう。これが売れたら一攫千金、自分の家を買った上に孤児院に仕送りもできる。


 青い水晶の柱にペタペタ触る。調べてみても開け方がぜんぜん解んない。と、いうかコレ、カギも扉も無いじゃないか。どーやって入れたんだ? 昔の魔術とかなのか?

 ナイフの柄で青い水晶柱を叩いてみても、ナイフで引っ掻いてもキズもつかない。それどころかナイフの刃先が欠けた。ぅお、私のナイフが。


「ぬぐぐ、目の前にお宝があるのに取れないってのは、悔しいなー」


 次の水晶の柱、また次の水晶の柱と調べてみても、開け方解らないから取り出すこともできやしない。壊せないし、柱ごと持ってくのもピクリとも動かなくて無理だし。

 それなのにやたらと豪華に見える武器や鎧、派手なローブにマントがズラリと並んでる。取れないのが残念。その何れもが私では売り値も解らないけど、めっちゃ高そうで珍しい代物だってことだけは解る。

 

「……て、目の前のお宝に釣られたけど、ここはいったい何処なんだ? ここから出るにはどうすりゃいいんだ?」


 宝物庫の罠に捕まって、宝の山の中でひとりさみしく飢え死にとか、いやだぁ。水晶の柱の間を出口探して、てくてく歩く。

 通路の左右に規則正しく並ぶ、お宝入りの水晶の柱。中にはプレートがついててなんか書いてあるのもある。


「えーと、『死影のマント、魔王様が愛用されたマントであり、式典において魔王様の威光に彩りを添えた、名創者コロボルガノフの手による一品。両肩の肩当てには狂乱獅子の頭蓋骨を大胆に使い、この頭蓋骨の目に嵌められているのは大粒の炎天紅玉。主な効果として、即死無効、石化無効、麻痺無効、弱体無効』……まじですかー?」


 いくらなんでも、ハッタリ利かせ過ぎでしょーが。魔王なんて120年前に亡くなってるし。


【――、】


 ん? なんか聞こえたような? 誰かいるのか? 片手にナイフを持って音のした方へと忍び足で。何がいるのか。手に負えないような魔物とかやめて。ここじゃ何処に逃げたらいいかも解んないし。

 耳を澄ませて、抜き足、差し足。


【――ほう? そうくるか?】


 聞こえた。人の声だ。


【――右に左の返しの連撃。ならば、弾いて下から切り上げる。まぁ、これはかわすよな――】


 人の声なんだけど、何か変だ。耳で聞こえるという感じがしない。じゃあ何処で聞いてんのか、というのがハッキリしない。変な声が響いてくる。


【――次はこちらから、おぉ、これを受けたか。だが、体勢が崩れているぞ?】


 何を言ってるんだろう? 誰かと話しているような。でも聞こえてくるのは涼しげな女の人の声。ひとりだけ。

 声のするところに近づくと、青い水晶の柱の中に剣が1本ある。


【――突くぞ、薙ぐぞ、ほ、飛びすさるか。仕切り直して、さぁ、次はどうする?】


 赤い鞘に入った剣。細身の長剣。少し反りがあるからサーベル? に、しては細いような。赤い鞘には銀で蝶と花が描かれて、こういうの優雅っていうのか。細工が細かくて金持ちが好きそうだよね、こういうの。

 その剣の入った水晶柱の周りをグルリと一周しても、誰もいない。


【――横凪ぎから振り下ろしての十文字。おっと、距離を詰めたのは左手で掴む気か? 体術に持ち込むつもりか?】


 やっぱりこの水晶から聞こえてくる気がする。


「ねぇ、さっきからブツブツ言ってんのは誰?」


【――ならば、体術にて返そう。逆に投げてくれよう。そら、受け身をとって斬り返してこい――】


 なんだろ? 迷宮のお宝の中には音楽箱オルゴールなんていう勝手に演奏する楽器があるってことだけど、そういうのかな。それとも何処かに誰か隠れている?


「聞こえてる? 誰かいるの? いたら返事してー」


【――ん? 何やら声が聞こえたような?】


「あ、聞こえた? 誰? 何処にいるの?」


 周りを見回しても動くものは何も無い。だけど声は聞こえる。


【人間? ここに入ってくるとは、守護を倒してきたか?】

「ちょっとー、何処に隠れてるの?」

【いや、こんな貧相な小娘があやつを倒せるハズも無し。ならばこれはどういうことか?】

「誰か解んないけど、いきなり貧相な小娘呼ばわりは無いんじゃない?」


 そりゃ、色気も無いし美人でも無いよ。胸だって無いけど、そのおかげで女扱いされないからもめ事に巻き込まれることも無いんだ。

 迷宮の探索者のシーフにはその方が都合がいいんだい。色恋沙汰でパーティ解散の危機とか、縁の無い話だからねー。ふんだ。


【おや?】


 ちょっと驚いた感じの、女の声が聞こえる。声だけ聞くと呑気な姉御って感じかな。


「何よ?」

【そこの茶色の髪の、チビのペッタンよ】


 かっちーん!


「チビじゃ無いし! 胸も成長途中だからペッタン娘じゃ無いし! ケンカ売ってんの!?」

【我の声が聞こえるのか? 人間の、胸が湯呑みのフタのような小娘よ?】

「私を食器でたとえるなぁ! ちょっと出てこい! 1発蹴らせろ!」

【聞こえとるようだの。思念話でも無い我の独り言が聞こえる者など、魔王しかおらなんだが。これはどういうことか?】

「なんか偉そうだけど、隠れてこそこそ悪口言うなんて、性格悪いんじゃない? 顔くらい見せたらどうなのさ」

【ずっと目の前におるのだが?】

「え?」


 目の前にあるのは青い水晶の柱、中には赤い鞘の剣。


【なんだ? 刀が喋る声を聞くは、初めてか?】

「嘘ぉ……」


 知恵持つ魔法の遺産インテリジェント・アーティファクト。古代の魔法や術理を伝えるために残されたという、意思を持つアイテム。

 今では失われた古代魔法なんてものを知っている生きた辞書。だけど意思があってプライドが高くて、そのアイテムに気に入られた人にしか使いこなせない。資格が無い者が話しかけても応えてくれない。

 そんな話を聞いたことがある。魔術研究学院とかが喉から手が出る程に欲しがる、迷宮の宝物の中ではとんでもなく珍しい品。


【小娘、お前は何者か?】

「探索者、職能はシーフ、名前はミルライズラ。あんたは?」

【魅刀赤姫。かつては魔王に刀術を指南していた、魔王シュトの愛刀よ。セキと呼ぶがいい】


 これが、そのあと長い付き合いになる、私と師匠の出会いだった。



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