The Pillow Book of Nagi 3
こうして出会った私たちは、最初から良い関係を築くことができている、と思う。
「だって
「たしかに、生徒が緊張しているならまだしも、先生がかちこちなのは、みっともないよね。……って、まさか定華さん、私のことを見てから中学校まで行ったの」
「まあね」
「いつの間に抜け出したんだ……」
時は四月。中学三年生になった定華さんと、大学二年生になった私は、出会った日のことを話していた。授業が終わったあとの、コーヒーブレイクタイムだ。
それまでに接客業の経験もあるはずなのに、不必要に緊張していた理由。――それは、新規採用者研修にあった。周りは基本的に大学一年生、どこか初々しさと希望を滲ませ、初めてのアルバイトにドキドキした様子。私は皆よりひとつ上。新人だからって甘えてなんていられない、きちんとしなきゃ。そんなことを考えていたら、何故か皆より自分が歳だけ食った役立たずのような気がして、気後れしてしまった。皆のビシッと整えた黒髪を眺めているうちに、自身の茶髪の癖毛(生まれつきだ)すら、なんだか恥ずかしいような気持ちになってきたのをよく覚えている。――そのテンションをそのまんま、定華さんの玄関先にまで持ち込んでしまい、彼女の突飛な行動を招いてしまったのだ。
「グッズを見せるだけなら、別に家にあるぶんだけで良かったの。……先生にあげやすい絵葉書を、たまたま学校に置いてきてしまったんだよね」
「ふうん。……じゃあ、『既に持ってるからあげる』ってのは嘘ね」
「あ、ばれちゃった? そうだよね、持ってるんならそれを渡すもんね」
てへっ、と笑う定華さん。
「……ありがとね」
四月の終わり。
「清瀬先生。……五月のこの日とこの日に、毎年やってる研修会が開かれるんだけど、どっちか参加できない?」
授業後、家庭教師Do itの受付に寄ると、向井さんに声をかけられた。
「研修ですか? 両日とも空いてますけど……どういうものですか」
「基本的に、グループディスカッションだよ。最初に短いお知らせと講義がありますけど、そのあとこちらからお題を提示するので、お題に沿った話し合いをしてもらいたいんだよねぇ」
「そのお題って、事前にいただくことは」
「うーん、まだ決まってないし……例年、前日とか当日とかにシャシャっと決めるからなぁ」
要するに、家庭教師Do it的には「開催したという事実が大事」な研修なのかも。しかし、定華さんの学習に役立てるためなら、そんな軽いノリの研修だって、大切にしたい。
「正直、定華さんのような生徒に当てはまる内容のお題になるかというと、まずならないんだよなぁ……ほんと、清瀬先生には悪いけれど」
「ここの生徒さん、そんなに問題のある子ばかりなんですか?」
私が声を潜めて向井さんに訊いたその瞬間だった。
「おいこら、逃げないで!」
隣にある指導ブース(家庭教師Do itは、家庭教師のみならず、指導ブースを借りて行う個人指導も可能なのだ)から、大きな声と共に小学生くらいの男の子と、スーツを身に付けた男子大学生が飛び出してきた。向井さんが、小さくため息をつく。
「……まあ、こういうこと」
苦笑いを浮かべる他なかった。
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