Yukari's Diary and so on.

まんごーぷりん(旧:まご)

Yukari's Diary April

Yukari's Diary 1

 入学式の日は、一日中雨だった。姉の形見のスーツを身に付けた私は、黒の鞄に原稿をたたんで仕舞う。湿った香りの空気を吸い込みながら、重い風景とは裏腹に、はしゃぎ、友人や両親と写真を撮り合う学生の姿を遠目に眺めていた。――母や姉が相次いで亡くなっていたりしなければ、もしかしたら私もそっち側の人間だったかもしれない、とは思う。首席で合格した大学の入学式に、父は来ない。仕事の都合とのことだが、普段は早く帰ってくるし、休暇も取りやすいという彼が今日という日に来ないのは、単純に交通費をケチっただけだと思われる。そもそも父は私の成績や進学に全く興味がない。今時珍しい、「男は学問を、女は家事を」という考え方を持つ彼は、私の大学合格を知ったときも、「久信ひさのぶがこのような成績を出せばなあ」と弟のことばかりを気にかけていた。贅沢ばかりは言っていられない。奨学金をもらっているとはいえ、曲がりなりにも学費を出しているのは、父だ。私立大学の学費とは比較にはならないものの、国立大学の学費だってそう安い金額ではないことはよく分かっている。


 首席のスピーチも含め、式を無事に終え、帰路につく頃だった。


「ねえ、バイト、何にするの?」

「大学の向かいのパン屋!」

「いいなぁ。あそこ、制服かわいいじゃん」


 名前も知らない女子学生二人が、うきうきした様子で話しているのを聞き、私はこっそりため息をついた。――バイト、早く決めなきゃ。月に一度、父からわずかばかりの仕送りがあると聞いてはいるものの、その額は物価の高い東京で足りるとは思えない。仮に、サークル活動や飲み会に参加しないとしたって、教科書代だけでもバカにならないのは入学オリエンテーションでよく分かった。勉強や就職活動に影響が出るのは、なんとしてでも避けたい。だから、生活の足しにしようと思いアルバイト先を探していたところ、先日受けたデパ地下のバイトの不採用通知が届いたのが昨日の夜。面接というものがどうも向いていないのか、夜は勉強の時間に充てたいがために遅番NGとしたのが悪かったのか、その理由は定かではない。いずれにしても、早く仕事を探し直さなければならないのだ。

 



 翌週の土曜日、私は某予備校の会議室で、筆記試験を受けていた。――まさか、大学受験を終えてもなお、中高レベルの問題を解くことになるとは。私は時間をもて余しながら、五回目の見直しを終えていた。

 家庭教師になるための試験を受けることになった。結局、私にはお勉強がお似合いなのだ。華やかな制服も、アクティブな働き方も憧れなくはないけれど、結局は仕事だ、世の中に必要とされる自らのスキルをフルに生かし、活躍すべきなのだ――

 端的に言うと、某カフェチェーンも、人気アトラクションパークのスタッフのバイトも、全部落ちた。

 いくら大学首席とはいえ、田舎出身で、東京で活躍する親戚も友人も持たない私には家庭教師先の斡旋なんてありゃしない。手っ取り早くその職を手に入れるには、ぼうっと口を開けて待っているわけにはいかない。そういったわけで、私は大手予備校傘下の家庭教師仲介業者の採用試験を受けているのだ。


「それでは、試験終了です。回答用紙を回収されるまで、そのまま少々お待ちください」


 国語、数学、英語の三教科の試験は、なんなく終えた気がする。問題は、この後に待ち受ける、模擬授業である。もちろん、人前で授業なんてしたことはない。高校時代、友人と一緒にテスト勉強をした際に、たまに教えてあげたりはしたものの、仕事として体系立てた教え方をするのとは訳が違う。

 受験番号順に、隣の部屋へと呼び出され、模擬授業を行う。


「次、受験番号六番、藤本ふじもと 紫莉ゆかりさん、お願いいたします」

「はい」


 私は荷物をまとめて、立ち上がった。





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