決戦 其の二

 バトルスタート。

 タクヤのターン!!



 ひえ――!

 四本のホームからなる電気街駅。

 そのホームの先、改札の方で爆発が起こりました。

 大きな破片が飛び散り、停車中の電車に当たってガラスの割れる音がします。ホームの中央付近にも、熱風が押し寄せて来ました。

 九時になって、まだ五分も経っていません。

 だけど、もう戦闘は始まっているようです。

 急がなくては!


「大丈夫! 全然おかしくないよ!」


 とは言ってみたものの……。

 まさか、こんなにゴツイなんて……。


「本当ですか? おかしくないですか?」


 白い甲冑を着込んだコハルちゃん。

 何度も同じ質問をしてくる。

 実は言うと、華奢きゃしゃな面影は消え失せて、百戦錬磨のバイキングみたい。

 博物館に飾られているような置物から、可愛い声が聞こえて来る度に違和感を感じます。


「だ、大丈夫だよ。さあ、もう行こ?」


「うう……。わ、わかりました~」


 身動きしなかったコハルちゃんが、ようやく歩き出してくれた。金属が擦れて軋むような音が鳴ると、羽織っている外套マントが寂しげに揺れた。

 全身甲冑が現実世界に現れると、こんなにも浮いてしまうとは……。

 白は膨張色なんだと改めて思いました。

 ゴツすぎる。


 ごめんね。コハルちゃん。

 それに比べて、僕の装備はかっこいい。

 黒い外套コート

 とてもスタイリッシュ。

 先週は、短パンにハイヒールだったけど、随分とましになったよね。

 コハルちゃんも貰えば良かったのに……。



 爆発の余韻が残るなか、改札付近で暴れているのは三人のようです。

 構図的には二対一。

 黄色いティーシャツを着た人が、男二人を投げ飛ばした所です。もの凄い怪力です。

 

 ん? あ!


 あの人を僕は知っています。

 竜二さんに殴られていたラリアットおじさんです。

 自分の視力が凄く良くなっているので驚きました。

 レベルアップの効果かと思われます。

 

 ラリアットおじさんは、倒れたスーツの男達に、駄目押しとばかりに白い液体を投げつけ、その後で、こちらに向かって走って来ます。 

 あの液体は何でしょうか? 遠目に見てもネバネバとして、かなりの量でしたけど。

 びしょ濡れになった男達は、もがき苦しんでいます。

 何かの毒なんでしょうか?


「ハァハァ! ねえ君! 美少女戦士のコハルちゃんはどこかな? 早くしないと美少女がトイレなんていう矛盾が発生して、宇宙が崩壊してしまうんだけど? ねえ君ねえ君、アンダースタン?」


 僕よりベテランの方とお会いするのは初めてです。

 僕が黒帯だとすると、この方は免許皆伝。

 変態道場の師匠と弟子といった臭いがします。

 何をしても敵わない。

 次元が違いすぎる。

 秒で抗う事を諦めました。


「こ、コハルちゃんなら、ほら、そこに……」


「ん?」


 僕の後方に立っているコハルちゃんを紹介します。小さな金属音が聞こえました。


「ふざけないでよ君~!! コハルちゃんがこんなにゴツい訳ないんだしぃ! 何だし~!? この宇宙で戦うようなロボットは? 君、分かってる? 宇宙規模なの! こやつが戦う宇宙が無くなっちゃうの!」


「…………ひ――ん。しくしく……」


 ラリアットおじさんが、いちいち指差ししながら全身甲冑をののしると、ヘルムの中から泣き声がしました。

 いけません。

 変態が女子高生を泣かしています。

 倫理的にアウト。

 裁判員が全員敵にまわるやつです。


「え! この声は! まさか、本当にコハルちゃんなのぅ!?」


 ビックリする程のけ反ったおじさんは、ワナワナと震えています。唐突に両膝を着いた後、頭を抱えて丸くなってしまいました。


「うあああああ! やっちゃったよぉぉぉぉ! 美少女にゴツいなんて、言っちゃったしぃぃぃい! コハルちゃん記憶を消しておくれよぉぉぉおぉ!」


「ひ――ん。しくしく」


 混沌カオス……。

 あっちでは、まだ爆発の炎がくすぶっており、破壊された改札機の近くで白濁の男達が、のたうち回っています。

 こっちはこっちで、ゴツイ女子高生が泣いているし、名前も知らないおじさんが、地面に這いつくばって懺悔ざんげを続けている。

 収拾がつかなくなって来ました。

 これを混沌カオスと呼ばずに、なんと呼べばいいのでしょう!


「あ、あのぅ~」


 事態を収めるべく声をかけると、地面に頭を打ち付けていたおじさんは顔を上げました。ムッとした表情です。でも気にしていられません。だって今は戦闘中。早く体制を整えなくてはいけません。


「天狼の人ですよね? お名前は?」


「む? 僕は虎夫だしぃ。君はタクヤくん? 男前の方だと聞いているけど」


 この人の美的センスは確かなものだと思いました。さすが免許皆伝。洞察力がずば抜けている。


「はい。僕がタクヤです。で、後のゴツいのが……」


「ひ――ん。しくしく」


 も、もう止めておきましょう。

 振り出しに戻ってしまいます。

 コハルちゃんも、わざと泣き声出してるでしょ?


 炎の近くで、男二人が立ち上がりました。

 上着を脱ぎ捨てて地団駄を踏んでいます。

 あ、こっちを睨んでいますね。相当お怒りのご様子です。


「虎夫さん! 奴ら来ますよ! 怒ってます!」


「ああ……。そう……」


「ああ、そう。じゃなくて! やる気出して下さい!」


 僕が喚き散らして、ようやく立ってくれます。でも何でしょうか。まったく覇気がありません。


「…………た……んだ」


「はい?」


 ボソボソとうつむきながら虎夫さんが話すので、内容が聞き取れません。早くしないと男達がやって来ます。


「……バンビちゃんの番組に、一弦いちげんコハルがゲスト出演してたんだしぃ……。僕、初めて観た時から、なんて素敵な人なんだろうと思って……。絶対、この人をそうって……絶対応援しようって……。今日会えるって聞いて、凄く楽しみにしてたんだし……。なのに……、なのに……! ゴツいだなんて、言ってはいけない事を、僕は平気で言ってしまったんだしぃぃぃい!」


 虎夫さんが起こす慟哭に混じって、微かに金属音がした。

 僕の横を白い影が通り過ぎる。

 コハルちゃんは、金属で包まれた両手で不器用に虎夫さんの手を取った。


「虎夫さん。いつもありがとう。私、コハルです。今日は、虎夫さんに会えて、とっても嬉しいです。これからも応援よろしくお願いします」


 僕が見ている光景は、神々が弱者に救いの手を差しのべたシーンを切り抜いた絵画のよう。

 白い甲冑が淡く輝き、すがる弱者の表情は穏やかになる。


 あれ?

 さっきまで泣いていたのは誰でしたっけ?


 あっけに取られているいると、忘れかけていた敵の男達が、走って向かって来ます。

 嗚呼! 逃げないと非常に不味いです!

 もの凄く強そう!

 怒声を撒き散らしながら迫って来ます!

 でも、コハルちゃんを残して、一人だけ逃げるなんて出来ません。


「ヤバイよ! コハルちゃん! 逃げないと!」


 コハルちゃんは、虎夫さんの手を握ったまま、微動だにしません。

 片手だけ虎夫さんの手から外すと、ヘルムのバイザーを上げました。綺麗な目が露出します。

 何でしょうか……。

 心なしか瞳がうるうるしているような……。

 流した涙が、まだ乾いてなかったんでしょうか。


「虎夫さん。一緒に頑張ろ?」


 見つめ合う変態と女子高生。

 そこに、殺気だった男達が肉薄してきます。


「……オーケィコハルちゃん。僕を暗闇から救ってくれて、ありがとうなんだし! 君と出会えて良かった! この広い世界で君を見付ける事が出来て良かった! 君と同じ時間を生きる事が出来て本当に良かった! 君は僕が守るんだしぃい!」


 絶叫して虎夫さんは、くるりと背を向けると中腰になって気合いを入れ始めました。

 はぁぁぁ……といった感じで力を溜めています。

 すると両手の拳から、ビタビタと白い液体が大量に流れ落ちてきました。

 信じられません。

 あの液体は、両手から出してたんですね。

 握手していたコハルちゃん。お手手大丈夫でしょうか! 確実に何か付いてますね!


 僕達の間合いに入ろうとした男達が、虎夫さんの様子を見て、急に立ち止まります。

 明らかに狼狽うろたえている様子。

 すぐに、やめろ! とか、卑怯だ! とか汚い言葉を投げつけて来ます。一体何が卑怯なんでしょうか?

 何はともあれ、男達の突進を止めることに成功しました。隣でコハルちゃんが、大きな鉄槌てっついを取り出したのが見えます。

 ギリギリで間に合いました。

 戦闘態勢完了。

 後は迎え撃つのみ。


「……僕の脂肪を身体中に浴びて、まだ動けるとはね……。なかなかにタフガイじゃないか。だけど次は本気汁だし。濃度七十パーセント以上の脂肪分。君達は地獄を見たことがあるのかなぁ~?」


 ん? シボウ?

 虎夫さんには似合わない、地の底が震えるような低い声。

 絶対の自信を持つ、必殺技のようですが、シボウって何でしょうか? 虎夫さんの耳元に近付いて小声で確認します。


「タクヤちん、僕はね。体内の脂肪を自由に取り出す事が出来るんだし。それを奴らにぶつけてやったのさ」


 振り返る事すらせず、虎夫さんは明解な答えをくれました。

 足元を見ると、僕の靴や外套の裾が、白い液体で汚れています。


「え? まさかシボウって、脂肪!!」


 猛烈な立ち眩みが襲ってきます。

 胃の中から、夜ご飯が全部出てきてしまいそう!


「タクヤちん! 離れるんだし! 僕の本気汁に巻き込まれるよ!」


 意識が飛びそうになって、後ろに倒れた僕をコハルちゃんが慌てて支えてくれます。


「相手の精神を破壊する、必殺の虎馬トラウマ。吸血鬼どもよ、本当の恐怖が何なのか、身をもって知るがいい!」


 男達が泣き叫び始めました。

 ぼ、僕も泣きそう!

 てぃ! ティッシュを!

 駅の中にあるティッシュを全部持って来て――――!!

 

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