種明かし
あの後、タクヤに電話して電気街で落ち合う事になった。電気街には駅を降りてすぐに警察署がある。お互いの家からちょうどいい距離だった。
ゲーム内で表示されていた情報は、俺達のもっともプライベートなところだった。
こんなの他人が知ろうと思ったら、プロの探偵でも雇って本格的な情報収集を始めないとわからない。
いつから見張られていたのか? まるで覚えがない。
しかし気づいた以上、あの部屋に居ることは、とても出来なかった。
さっきからタクヤが到着するのを待っている。
だが、なかなか姿を現さなかった。
携帯は通じるのだが、応答がない。
「よかったら来てくださいね~」
この緊迫している状況でも、メイド服を着た女性からの差し出し物は、受け取ってしまう。
絶対いかねえと、聞こえないように悪態をついて、もらったチラシをポケットに押し込んだ。
片側三車線の道路を渡り切った所に、警察署が見えている。すぐにでも駆け込みたい気持ちを押さえて、タクヤが到着するのを待っていた。
握りしめていた携帯が震えているのに気が付く。
タクヤからだった。
『もしもし、今どこだ?』
『電車降りたとこ。もうちょい、待ってて』
よかった無事に合流できそうだ。
移動中で携帯に出れなかったというわけか。
さて、警察になんて話そう。
いきなりゲームの話をしても、少し難解だろう。
ネットで晒されている。晒されている内容が、盗聴やハッキングをせずには入手しようがない。そういう感じで、上手く伝えられれば警察はすぐに動いてくれるだろうか。
なんにせよ、今日中に俺達の部屋を調べてもらうまでは、引き下がれない。日曜だからとか後日対応を匂わせてきたら、一悶着してやるつもりだった。
「はあ~。ごめん! 待った?」
ホームから走って来たのだろう。タクヤは息も絶え絶えに喘いでいる。
「十五分くらいかな? よし行こう」
「その前にちょっと説明して」
両手を膝に当てて、息を整えている。イラっと来たのは間違いないが、タクヤは別に悪いことはしていない。
そもそも、焦りまくっている俺が落ち着かないといけないのだ。なので簡単に説明することにした。
「救世主に教えてもらって、職業を確認しただろ?」
「うん。したした」
「そしたら、タクヤのライフワークだっただろ?」
「ライフワーク? ああ! そうだった」
「それって、おかしいと思わない?」
「え~と。おかしいの?」
「はあ……。おかしいだろ。一度でも入力したか? 入力してないのに、なんで分かるんだよ」
「うーん。そういうもん?」
「うん。そういうもんです」
タクヤへの説明は、この辺りにしておこう。
長文で説明した後に、平気でそれで? とか聞いて来そうだ。
信号が青に変わるのを待っている。
大きな道路だから、たくさんの人が信号機を見詰めていた。
数分待って、ようやく青に変わる。
痺れを切らした人達が一斉に横断歩道に溢れた。
無言で歩きだした俺達だが、道路を半分まで渡りきったところで、タクヤが立ち止まった。何かを見つけて驚いた様子だ。視線の先を追ってみると、そこにタクヤの彼女が居た。
道路の向こう側から、こちらに向かって歩いてくる。間違いない。タクヤの彼女、静ちゃんだ。
会社以外で見かけるのは、俺は初めてである。
黒い縁の大きなメガネをかけていて、グレーのパーカーに膝上までの紺色のスカート。女の子らしくて可愛い彼女に、思わず俺はドキッとしてしまった。本当にタクヤが羨ましい。
「静ちゃん……。どうしてここに?」
タクヤが声をかけた時、すぐそこまで静ちゃんが来ていた。
「タクヤ君こそ、どうしてこんな所に? 今日はバーベキューパーティーを朝から晩まで、ぶっ通しでやるから会えないって、言ってなかった?」
「いや、あの、ちょっと予定変更で、コウタとこれから警察にいくんだ」
「警察? どうして?」
「なんか、盗聴されているんだっけ? だよねコウタ」
いやに慌てふためいて、タクヤが俺の方を見る。
こいつ……。静ちゃんに適当な事を言い過ぎだ。
きっと静ちゃんにしてみれば、彼氏を連れまわす悪友のように俺は思われているのだろう。逆だからな。
俺がタクヤに振り回されてんの!
「ん~。そうだね~。ちょっと心配だから、警察に調べて貰おうと思って……」
何故俺が逃げ腰にならなきゃいけない。
タクヤと一緒に警察に行くつもりだったが、もう置いていこうかと思い始めた。
予定通りバーベキューパーティーとやらを、今から始めるがいい。
「そうなんだ。あの、コウタ君。それにタクヤ君。言い忘れてたけど、一つだけ付け足ししてもいい?」
そう言いながら、静ちゃんが眼鏡をはずす。
突風が吹いたかと思った瞬間、周りの景色が赤色に染まっていった。
「えっ……」
空も地面も周りの人々も、赤を基調とした色彩に変わる。目の錯覚かと疑っていたが、その後に酷い頭痛を覚えて、俺達は思わず頭を抱えた。
「⑤ 第三者にゲームの内容を漏らしてはいけない。漏らした場合ペナルティとして、家族や友人、近しい者を十人殺す」
「う、嘘だ!」
地面に崩れ落ちて、タクヤが喚いている。
一体何が起こった?
頭が割れそうに痛いから、俺の目や耳がおかしくなってしまったのか?
だけど、この赤の世界でも目の前の女性だけは、多彩だ。作られたような景色の中で、唯一本物のように見える。
ゆっくりとだが、ある結論に達すると、タクヤがうつ向いて仕舞わないように、ヘドロックをかける。
なあ、タクヤ。
この赤い空を見てみろよ。動かなくなった通行人を見てみろよ。そして最後に、お前の彼女をよく見るんだ。
髪が銀色に変わっている。
黄昏の陽のように瞳が燃えている。
さっき見ただろ? あれを。
あれは吸血鬼。
―――吸血鬼アストラ。
ゲームをしてたんだ。
なぜこんな所にお前がいるの?
お前はさっきまで、パソコンの四角い画面の中で、俺達に悪態をついていたじゃないか。
また突風が吹いた。
景色が色を取り戻す。赤しか存在しなかった世界から、ようやく解放されたようだ。頭痛も治まり、街の喧騒がやかましいぐらいに聞こえ始める。
手を伸ばせば届きそうな距離に静ちゃんが立っていた。眼鏡をつけて、髪の毛は黒色で。会社で見かける、総務課の静ちゃんだ。
タクヤの彼女の……。
崩れ落ちたままのタクヤを、無理やり起こして肩を貸す。目から涙が溢れていた。誰だってそうだろう。
横に立っているだけの俺だって、何だか泣きそうになってきた。
そんな俺達を見ながら、静ちゃんは優しく微笑む。
「なんてね。びっくりした?」
「……静ちゃん?」
くしゃくしゃになった顔で、タクヤが絞り出すように声を出す。
「ごめんね。泣かせちゃって。お茶でもどう? タクヤ君。もちろん私がおごるよ」
目の前で、静ちゃんがタクヤの事を気にかけている。雰囲気も口調も、俺の知っている静ちゃんだ。
タクヤの表情にも生気が戻っている。今のは目の錯覚だと、信じたい気持ちなんだろう。
「お前は、本当はここに住んでいるのか?」
的が外れているようで、外れていない質問を静ちゃんに投げ掛ける。容姿がアストラのままだったら、俺はまだ、口をきくことも出来なかったろう。
「ききたい?」
「ああ、是非聞かせてもらいたいね」
「じゃあ、お茶にしましょうよ。そろそろ時間切れよ」
静ちゃんが指差した先には、青の点滅を始めた信号機があった。それを合図に警察署とは逆の方向へ、静ちゃんを先頭に歩き始める。
「大丈夫か?」
貸してた肩を返してもらって、タクヤは一人で歩いている。一回り縮んだようなタクヤから、大丈夫。と言う声が聞こえた。
「よう! コウタにタクヤ! なんか買い物か?」
静ちゃんの背中だけを見ていたせいか、まるで気が付かなかった。すれ違いに竜二さんが居たのだ。
しかも、隣にはマリアさんまで。
「えっ! あ!」
予想外の事には対応が難しい。
信号が変わる間際の、小走りな人の群れの中で、またこいよ! という声を残して、竜二さん達は遠退いていった。
短い時間の中で、どうするかを決めかねた。
もし、あとで痛い目にあうのだとしたら、この時助けを求めなかった事を、死ぬほど後悔するのだろう。
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