第11話


 コーヒーとサンドウィッチの準備が終わると僕は時計を見た。

 丁度10分過ぎていた。

 コーヒーとサンドウィッチを持ったまま走る方法はホテルでは教えてくれなかった。

 諦めて丁寧にレストラン『芽衣』まで運んだ。

 彼女は4人掛けのテーブルに腰掛けていた。

 遠目から一瞬彼女に見入ってしまったが、すぐに彼女の元に運んだ。

「ありがとう。でも時間過ぎているわ。女性は待たすものじゃない、でしょ?」理不尽な時間設定にも関わらず彼女は笑顔でそう言い放った。

 抵抗はあったが、僕は頭を下げた。

「素直ね。ありがたくいただくわ」彼女は微笑んでコーヒーカップに口をつけた。

「座って」テーブルの横に立っていた僕に彼女はそう言った。

 一応職務中なのだが、いや職務中だから座らなければいけないのか。

 と少し迷ったが、座った。

「コーヒーを炒れたのはあなた?」

「そうです」

「おいしいわ」

「ありがとうございます」

「心がこもっていておいしいの。伝わってくるわ。けど技術はまだまだね」

「ありがとうございます」褒められているのか批判されているのか分からなかったが、ウェイターには御礼を言うしか選択肢はない。

「短い時間でも心をこめることを忘れなかったのね」

「決められた時間の中で精一杯できることをする、そう学生時代に学びました」

「素敵ね。ねぇ、今夜お話を聞いてくださらない?」

 僕は驚いた。返事に詰まっていると彼女は、

「あなたが選んだレストランがいいわ。素敵じゃなくたってかまわないの」と言った。

「星沙さんお待たせしてしまい大変失礼致しました」僕の返事とは別に会話が交わる。

 声の先を見るとそこには肩幅がとても広く、短髪でスーツを着た男が立っていた。

「今が丁度約束の18時ですわ」星沙と呼ばれたこの女性は答えた。

 このスーツの男をどこかで見たことがあると考えていたらホテルの社長だった。

 気がつくと僕は席を立って頭を下げていた。

「ご苦労。君はもう行っていい」社長と会話するのは初めてだった。

「こちらのウェイターさんがこの場所まで案内してくださったの」僕がなぜここにいるか説明してくれた。

 急な緊張のあまり何も言えずにいた。

「そこでこのウェイターさんを『芽衣』で使ってくださらない?」彼女は無謀とも思える要求をしている。

 この星沙さんは20代後半に見え、社長は60才前後に見えた。

「かまいませんよ。どうぞ使ってください」社長は微笑んだ。

「ふふ。ご好意に感謝致します。ありがたく使わせてもらいますわ」彼女も合わせるように笑った。

 僕は何もできないが苦笑した。

「このお話の後に、このウェイターさんを連れ出してもいいかしら」彼女は話を続けた。

「お好きなようにしてください」社長は笑った。

 この女性は一体何者なんだろう。

「というワケでディナーの準備をお願い」彼女は優しい目で笑う。

「打ち合わせのお時間は1時間ほどかしら? 『芽衣』の内装はすでにチェックしました」彼女は僕の返事を待たずに社長と話し始めた。

「そうですね。料理長などの紹介は後日になりますし、今回は星沙さんのご要望をお聞きするのと確認を数点するだけです」

「レストランの予約をして19時にまた迎えに来て」彼女は目を細めてそう言った。

「君、どこのレストランにするつもりかね?」社長は僕に問う。

 なぜレストランの場所まで確認されないといけないのだろう。

「『美紀』にしようと考えております。近いですし雰囲気もよいです」緊張と困惑でうまく話せているかわからない。

 そう答えると二人とも笑った。

「いいじゃないか。星沙さんも日本の『美紀』でゆっくりするといい」バカにされているのではないが、レストランの名を口にしただけでここまで笑われるのは何かといい気がしなかった。

「もう下がっていいわ。よろしくね」彼女は満足そうにそう言った。

「くれぐれもレストラン『芽衣』の社長に失礼のないように」社長は笑いながらそう言った。

 僕は頭を下げてその場から離れた。

 あの美人で若い女性は新しくオープンするレストランの社長だったのか。

 飲み込むまでに少し時間がかかった。

 それに僕の人事も簡単に異動させられていたような……。 

 この星沙との出会いが、僕の平凡な生活を非凡に変えていく。

 これが彼女との出会いで、僕はすぐにレストラン『美紀』の予約をした。




 「お客さん、到着しましたよ」タクシーの運転手の声で気がつく。

 星沙の笑顔にドキドキさせられて、それで昔を思い出していたのか。

 すぐに右を見て星沙に視線を送るが、窓の外を見ていた。

 僕は笑顔を落として支払いを済ませた。

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