いちごのミルフィーユ





「白都様ですね。お姫様の支度が整いましたので、こちらへお迎えにいらしてください」



 ちょうどその時、女性店員さんがやってきて白都君に声をかけていく。

 それを聞いた途端、彼はぴしいっ! と背を伸ばしたので、高い身長がますます高く見えた。


「お姫様……はこのプリ姫のこと……だよね? 支度が整ったって一体」

「ま、夢のない言い方をすれば『お客様に販売する商品を見せる準備ができたから、どうぞこちらへ確認に来てください』ってことだよ」

 社長本人である伯父による『夢のない言い方』によって、祈莉のささやかな疑問はすぐに解決した。


 そして白都君は右手と右足を同時に出しながらぎくしゃくと、別のカウンターに向かって行進していた。あれはすごく歩きにくそうだな、と祈莉は思いながらなんとなく自身もそちらへ向かってみる。


 祈莉には、ほんの数歩のごくわずかな距離。

 それを、彼は緊張の面持ちで歩んでいた。



「あ、あのっ、お迎えに来ました!」

「はい。では……どうぞ、あなたのお姫様のお化粧を確認してあげてください」

「はい!」


 元気の良い彼の返事に、店員さんが微笑みながらプリ姫の箱を開けていく。祈莉もなんとなく、その箱の中を覗き込んだ。

 緩衝材やらクッションやらが取り除かれると、そこにはやはり、小さくて可愛らしいお姫様――プリティドール・プリンセスが横たわっていた。


「可愛い……これが俺のプリ姫……!」

「ふわぁ……これは、甘々系だ……!」


 白都君が見せてもらっていたのは、ふわふわくるくるの薄ピンクの髪に、緑色の瞳をしたプリティドール・プリンセス。

 服装こそ同じシンプルなワンピースだが、顔立ちは祈莉のシュゼットとはまったく違っていて、甘く優しくとろける砂糖菓子のような印象を与えるお人形だった。


「こちらでよろしいでしょうか? それとも、他の箱もご覧になりますか?」

「いえ――じゃなくて、は、はい。この子にします! この子が俺のお姫様です!」

 彼は、こくこくと勢いよく何度も頷く。



「かしこまりました。ありがとうございます。では、まずはお会計をしますので……こちらのレジへどうぞ」



 そういえば、プリティドール・プリンセスの値段って――と祈莉が心のなかでそろばんを弾く。さっきのカタログに載っていた数字や、今このスペースにある値札を見ても、とても高校生のお小遣いで買えるとは思えない。


 祈莉の心のそろばんをよそに、白都くんは自分の財布から高額紙幣を十枚近く取り出して何度も数えている。

「……お小遣い、そんなに貰ってるの?」

「まさか。これは、誕生日二回分と、あとはクリスマスと正月のお年玉と進学祝い。それに毎月の小遣いとか、あと家の手伝いとかもして貯めたんだ」

 さらっと言われた大変な言葉に、祈莉は思わず二回ゆっくりまばたきをして彼を見つめ、それから振り返ってシュゼットの入っている箱を見て、もう一度彼を見た。

「そんなに……前から……?」

「あぁ、ずーっと憧れてた『いちごのお姫様』をお迎えするために、な」


 そして彼は、とても晴れやかな笑顔で支払いを済ませる。



「可愛い……可愛いぜうちのお姫様……あぁ、溶ける……」



 彼はもしかすると――ちょっとだけ格好いいのかもしれないなんて思った祈莉だが、またもゆるゆるにゆるんだ彼の笑顔を見て「あぁ、うん、やっぱりないな」と考えを改めたのだった。



「では、プリティドール・プリンセスの命名をいたしますか?」

 とはいえ、店員さんはさすがはプロで、そんな彼と彼のドールのための手続きを、冷静に、にこやかに手早く行っているようだった。

「命名します!」

「はい。では、登録のお名前はどういたしますか?」


 問われて、彼はほんの少しだけ考え込む。

「……ん、この子の名前は……ミルフィーユで、お願いします」

「ミルフィーユちゃんですね。本日はお迎えおめでとうございます」

「ありがとうございます!」


 にこやかにお祝いしてくれる店員さんに、角度九十度の見事なお辞儀をしてみせる白都君。


 祈莉は再び、彼のドール――たった今ミルフィーユ、と命名されたお姫様の箱を覗き込む。

 相変わらずの甘くとろけそうな可愛らしさ。いちごのお菓子の名前なので、ピンク色のふんわりとした髪には、切なく甘酸っぱいイメージが加わった。

 ……ただ、白都君の圧が強すぎる熱苦しい愛情を受けていたら本当に炎天下の飴玉のようにとけるんじゃないだろうか……と、ちょっとだけ心配になる。


「あ」

 ふと思い立って、祈莉はさっきのカウンターテーブルの箱から自分のプリ姫であるシュゼットを抱き上げ、ミルフィーユの入った箱のところまで連れてくる。


「ほら見て、シュゼット。お友達さんだよ」


 祈莉とシュゼット、二人でたった今命名されたいちごのお姫様・ミルフィーユを見つめて、手を振る。

「可愛いお姫様ですね、シュゼット。……ふふ」




「……お客様、店内での撮影は基本禁止です」

「な……だ、ダメですか……こんなに可愛いのに……どうしてもダメですか……!」

「はい。特定の撮影用スペースなどを除いて禁止でございますので。あとは、許可なく人物を撮影することも禁止でございます」


 何故か背後では、白都君が店員さん達に叱られている気配があったが、祈莉はシュゼットの手を動かしていちごのお姫様・ミルフィーユに向かって振ることに熱中していたので、あえて振り返る気にはなれなかった。




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