妄想炸裂ガール

なぎの みや

理想と現実

 年の瀬も年の瀬。


 テレビには有名な神社仏閣に二年参りで訪れた参拝客らが並んでいる様子が映し出され、僅かに空いたカーテンの隙間から見える外の景色は、いつもと違ってどの家にも明かりが灯っている。


 そんな少しだけ違う夜を、私はいつも通りに過ごしていた。炬燵こたつから首だけだして、思考停止状態でテレビから流される映像と音声を吸収する。


 もちろん、年明けの瞬間だって変わらない。今夜も無心でこの静かな時間を過ごす。――はずだった。


 スーツ姿のアナウンサーが新年の祝いの挨拶を始めた頃、玄関のチャイムが鳴った。こんな時間に誰? 私以外の家族は既に就寝している為、仕方なくインターホンで応答する。


「はい」


「あ、あの、鈴城すずしろと申します。ええと、米村よねむらさんのクラスメイトで……」


「え……鈴城君?」


「あ、やっぱり米村さんだ。よかった、家族の人だったらなんて説明したらいいか分からなくて」


「ちょ、ちょ、ちょっと待ってて」


 慌てて部屋に飛び込み、姿鏡を確認する。


 髪、良し。顔、良し。服、ピンクのワンピースパジャマ……まぁ良し! パーカーを羽織って玄関まで小走りで駆ける。


 暖かい居間とは打って変わって、玄関へと続く短い廊下は肌が張り詰めてしまう程冷え込んでいた。それでもそんな表面的な温度なんか感じない程、私の心臓は大きな鼓動を繰り返して体中の血流を目まぐるしく循環させていた。


 玄関灯を点けると、玄関ドアの装飾ガラスの向こう側に大きな人影が映る。私は小さく深呼吸し、スリッパのまま土間に下りて施錠を解き、ドアを開く。その先に見えたのは――


「こんばんは、米村さん。ごめんね、夜遅くに」


 扉の隙間から、身を切る様な冷たい空気が流れ込んでくる。その寒さを裏付けんとばかりに、昼光色の明りに照らされた鈴城君の鼻先は赤く色づいていた。


「こ、こんばんは、鈴城君。でも……どうしたの?」


「あのさ。えっと、明けましておめでとう。今年もよろしくお願いします。ごめんね、誰よりも早く米村さんに言いたかったんだ。――迷惑だった?」


「う、ううん、そんな事無い! …………すごく嬉しい。こちらこそ、宜しくお願いします。こっちこそごめんね、わざわざ来てもらっちゃって……大丈夫だった? 寒くない?」


「うん、ちょっと寒かったかな。だから――」


 鈴城君が一歩前に出る。私との距離は30㎝も無くなり、背の高い彼を完全に見上げる形になった。思わず見惚れてしまう程の端正な顔立ちは、突如私の視界で揺れ動く。


「え……?」


 気が付くと私は腰に手を回され、次の瞬間には鈴城君の胸に引き寄せられていた。ひんやりとした上着越しに、彼の逞しい身体を感じる。


「だから、米村さんに温めて欲しいな。このまま……」


「鈴城君……」


 鈴城君の想いに応える様に、私も彼の背中に手を回す。勿論恥ずかしさはあったが、今はそれよりも彼にぬくもりを分け与えてあげたかった。


「米村さん……米村さん…………米村さん」


 感極まったのか、私の名前を連呼する鈴城君。私も同様に、更に彼の体を強く抱きしめ――――……



「米村さん! ちょっと聞いているんですか!? あなたねぇ、誰の為の補習だと思ってるんです!?」


「へ……?」


 妄想から覚めた私の目に映ったのは、般若の如く怒りを露わにしこちらを見下ろす英語の先生だった。

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