vs シンイチロウ・ミブ(後)

「見つけた! シンイチロウ様!」


 黒の男は、散々投げ捨ててきた少女に出くわして眉をひそめた。彼の両側には見目麗しい少女が立っていて、ラブラブオーラが半端ない。ボアが叫んだ。


「俺様というものがありながら! 他の女を囲ってるのか!」

「いや、お前捨てられただろ……」


 血と泥で汚れたボアが、薄汚い犬のような扱いで足蹴にされる。そして、囲いの少女らが二人の間に立ちはだかった。


「私はハーレム=洋子! シンイチロウ様から離れなさい!」

「あたしはヒロイン=滑台! シンイチロウ様のお嫁さんになる女よ!」


 巨乳の洋子ちゃんと貧乳の滑台ちゃん。二人ともハーフのお嬢様らしい。


「シンイチロウお兄ちゃんどいて! そいつ殺せない!」

「どくのはお前だ……」


 シンイチロウの主人公補正が肉体を動かした。昨夜散々食らわせてやった蹴技。だが、その一撃は半歩引いたボアの鼻先で停止する。


(違う――――まさか、見切られた?)


 判断は早かった。反撃を恐れた転生者が後ろに下がる。が、その着地時には既にボアが真横にいた。


「シンイチロウ様は――――」


 囲いの女二人の腕を掴み、ぐるぐる回る。まるで、ジャイアントスイングのような。


「俺様のモノだあああああああ!!!!」


 風圧が冷や汗を吹き飛ばす。シンイチロウは、腰の後ろの無名二剣を抜いていた。構えた後に、自分が抜剣したことに気付く。


「おいおい、人をヤード単位で飛ばしてんじゃねえよ。人間ゴルフか、この化け物め」

「シンイチロウ様! あの世で結ばれよう!!」


 囲いのヒロイン二人はどこか遠くに飛んで行った。無事なのかどうかは二人とも興味がないみたいだ。会話も無意味だ。


「リロード!」


 跳ねあがる闘気。ボアの突進に、銀光が翻る。閾祁討閃いっきとうせん。問答無用だった。あまりの破壊力に、ボアの半身が消し飛ぶ。


「リロードリペア!」

「――――なんだ、お前」


 化け物少女が再生する。悪夢のような光景だった。


「さっすがあシンイチロウ様! 俺様が見込んだ通りの実力者だぜ!!」


 納刀。ホルスターから無名二梃を引き抜く。単純に近付きたくないから、遠距離攻撃。適当にぶっ放す銃弾が、その一つ一つが砲弾のような威力でボアに向かう。

 撃てば、当たる。

 当たれば、殺せる。

 だから、引き金を引くだけでいい。そのはずだった。


「リロードロード!」


 漆黒の道が空間を喰い破る。縦横無尽に飛び回るボアが、大砲のような銃弾の雨を掻い潜る。だが、弾は不可思議な軌道でボアを追う。そして追加の弾丸。


「塵も残さん」


 掠った左手が消し飛んだ。そんな弾丸があと四十九発。ボアのバックステップ。離れていく距離にシンイチロウは安堵の声を上げた。


「リロード! リロード!」


 だが。


デッドデッドデストラクト――――ッ!!」

「――――ッッ!!!!」


 反応は間に合った。無名二梃の連射。弾幕が圧倒的な風圧を喰い破る。ボアからしても会心の一撃だったのだろう。とっくに再生した身体で、驚愕の表情を浮かべている。だが、それも一瞬。凄まじい狂喜がソレを塗り替える。


「シン」


 性能過多に無名二梃が耐えられない。ボロボロに崩れ落ちていく愛銃に舌打ちする。


「イチ」


 掴むのは無名二剣の柄。

 閾祁討閃いっきとうせんであれば威力で圧し勝てる。封凛華斬ふうりんかざんであれば厄介な増幅能力を封殺できる。


「ロウ」


 勝ちの目は十分ある。

 ただし。


「様ああああああ――――!!!!」


 切り札を抜いた時には、既に悪魔は懐に潜り込んでいた。


「こっんのおッ!?」


 黒剣を振り下ろす。ボアのアッパーとかち合うが互角。威力を増幅する異能は使ってこない。振るう宝剣は受けずに避けられた。リンボーダンスのような体勢から、バネのように少女の拳が伸びる。


「らッ! らッ! おらあ!!」


 ジャブと二剣の応酬。全身を総動員して攻めるボアと対照的に、シンイチロウは二剣をただ振るうだけ。

 それでも、拮抗している。シンイチロウが危うい場面はいくつかあったが、致命傷が不自然なうねりで逸れていった。


「強え……!」

「お前、わざと威力を抑えているな」


 肯定とばかりに、ボアがにんまりと笑った。閾祁討閃いっきとうせんに一度押し負けて、その脅威は身に刻まれていた。その性質を見抜いたのは、類まれなる戦術眼と、獣としての勘。

 シンイチロウは宝剣に力を込める。この化け物を仕留めるためには、これしかない。


「リロード!」

(使った……!)


 黒剣を振り上げる。が、ボアの動きが奇妙だ。


鉄山靠てつざんこう!?)


 間合いに入られたとか、そんなレベルではない。一足でゼロレンジまで入られた。攻撃の応酬は、ガードを緩めるためのもの。気付いたときにはもう遅い。


「シンイチロウ様の腕の中♪」


 さすがに正中を打ち抜かれて無かったことには出来ない。派手に弾かれるが、大きく後ろに跳んで衝撃を殺す。

 距離が開けた。そして、無名二梃は砕けたあとだ。


「リロード! リロード!」


 強く踏み込む。黒剣を、相手の強さに呼応して威力を上げる剣を前に。


デッドデッドデストラクト――――ッ!!」

「ぬぅぅううん!!」


 互角。ボアが放った力の圧が、真一文字に斬り裂かれた。

 D・D・D。地形を変えるほどの凄まじい威力を誇る一撃。その一撃の原理は単純明快。ただただ思いっきり拳をぶっ放す。それを、増幅の魔法で膨らませているだけである。

 つまり。

 ゲージが消耗される必殺技でもなんでもなく、普通に連発できる。


デッドデッドデストラクト!!」


 斬り裂く。


デッドデッドデストラクト!!」


 弾く。


デッドデッドデストラクト!!」


 逸らす。


デッドデッドデストラクト!!」


 ついに黒剣が砕け散った。破壊の余波が背後の大地を焼いた。


(マジか……コイツッ!?)


 黒剣の感触が消えたとき、シンイチロウは走り出していた。脳裏に、転生したばかりの記憶が浮かんだ。


(そういや……俺にも、こんなに真っ直ぐな時期があったか――――)


 正義に目覚めて悪を滅ぼした。無邪気に無名武器の名前を考えていた。欲したものに限りはなく、全てが歪んでいった。

 これは、走馬灯だ。そう実感した。

 振り上げた宝剣を、どこまでも真っ直ぐな少女に振り下ろす。



「――――――――――――見事」



 真剣白刃取り。

 宝剣の刃が通れば、ボアは増殖の魔法を封じられて終わりだった。その土壇場を、少女はこんなにも自信満々に踏破する。


「シンイチロウ様――――愛してるぜ」


 宝剣をへし折っての頭突き。最後まで柄を離さなかった転生者は、必殺をまともに喰らった。破裂した頭部があちこちに飛び散る。

 そして、想い人の最期を看取ったボアは宝剣の刃を自分の喉に向けた。







『あやか』


 声に、振り返る。αのモニターが少女を囲っていた。ボアは自身の天敵たる刃を投げ捨てた。


『目は醒めたかい?』

「よく考えりゃ、こんなひょろいの全然タイプじゃなかったぜ」


 シンイチロウ・ミブが死亡し、ハーレムメーカー(真)の効果も解けてしまったようだ。


「あーあ! どっかに俺様より強くてガンガン引っ張ってくれるようなお兄様お姉様はいねえもんかねー?」


 惚けたように笑うボア。顔面にびっしり付着した血液を拭う。


『君より強くはないけど、僕ならば君を導いてあげられるよ。ガンガン引っ張ってあげられるよ』

「あっそ」


 素っ気なく返されてαの浮力が落ちる。


『ごほごほ。ツムギが待ってる。早く戻ろうよ』

「あーそだなー。この世界ももっと色んなところを回ってみたいしな!」


 にしし、と血濡れの少女が笑った。切り替えが早い。化け物少女の恋物語は、死体一つと不明者二つ、そして拳撃で焼き尽くされた大地だけを残して締め括られた。


「よっしゃあ、行くか!」

『おー』


 そして、元気よく飛びあがった少女は、着地することなく姿を消した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る