『地獄次元』緑月下

  ゴミと死体が折り重なる悪魔の地。異臭と悪意が漂う世界の一角、何も無い虚空が砕けて爆ぜた。虚数空間からぬっと顔を出したのは、ベリーショートの黒髪少女。猛禽類のような目つきで次元の穴の外を見回している。その両眼には、封印の六芒星が刻まれていた。

 少女――――ボアが新世界への第一歩に跳び上がる。


「俺様復活ッ!(一カメ)」


 無駄に超跳躍して、大地を響かせながら着地する。視線は右に。


「俺様復活ッ!!(ニカメ)」


 最後に遥か後方に向き直って一言。


「俺様復活ッ!!!(三カメ)」


 無駄に大地が爆発した。凄まじい脚力を披露したボアが肩を回す。


「αー、撮れたー?」

『バッチリだよ、あやか』


 拳大のモニターに、きょろきょろと瞳が踊っていた。遠く離れたモニターが合流して、合計6つ。封印されしボアに付き従うネガαの総員。


「よし! いかにもインヌタ映えする撮りざまだな!」

『90億年以上前に流行った文化を、君はどうして知っているんだい?』


 にかー、と笑顔でVサイン。その太陽のような笑みを、αの16連写×6が電磁記録に遺す。惑星マギアの歴史を考えると、貴重な記録である。


「しっかしまあ⋯⋯適当に飛び出したけど、ここどこなの?」

『待って。ちょっと照合するね』


 離脱したαの端末にも、そのデータバンクへのアクセス権は残されていた。100億年以上の文明が築いた叡智の結晶体が、未知の次元の組成情報を分析・照合する。長い長い間対抗組織がいなかったためか、アクセス権についてはザルだった。外敵からのサイバー攻撃については異次元クラスの鉄壁ぶりだが、身内にはペラペラである。


『廃棄物や生物の死骸を押しつけられるゴミ捨て場のようなところだね。今は得体の知れないならず者たちが幅を利かせているみたいだ。地獄次元、と呼ばれている』

「地獄⋯⋯⋯⋯?」


 最後の言葉に、ボアが反応した。


「俺様、死んでた⋯⋯⋯⋯!」

『うん。もうそれでいいよ』







「⋯⋯飯がマズいのは頂けないぜ」


 得体の知れない骨を削った串に刺さる、得体の知れない緑色の肉を頬張る。地獄の業火とやらで焼き尽くしたはずの食用肉とやらは、何がどうしてかこんな色になってしまった。


『地獄だからね。ロクでもないとこに出てきてしまった』


 大気が嫌に淀む。太陽なのか月なのか、緑色の光が降ってくる。時間帯がよく分からないが、α曰く夜間らしい。

 そして。


「ヒャッハー! 次元パズルの匂いがするぜ!」

「寄越せ寄越せ全部寄越せ!」

「俺たちのシマで勝手に呼吸してんじゃねえ!」

「悪、即、ぶん殴る」


 なにより、治安が最悪だ。

 悪そうなモヒカンたちが雑にぶちのめされる。理由は、『悪そう』だからだろう。ボアも故郷の惑星では神話上の怪物、路傍のモブに遅れを取る訳が無い。


『あやか、今の奴らから情報収集出来たんじゃない?』

「あーやべ、その手があったか」


 無造作に襲ってくるゾンビのような雑魚を作業感満載でぶっ飛ばしていたボアが、とぼけた顔で反省する。残った肉をもぐもぐ咀嚼しながら。


「食べる?」

『それ、僕に言ってる?』


 ボアは緑肉とαを交互に見比べる。お肉を見て嫌そうに顔を歪め、次に物欲しそうな顔でαを見つめる。


『⋯⋯⋯⋯分かった分かった。残りは僕がもらうよ』

「じゃあ、あーん!」

『あーん』


 6つのモニターが組み換わり、虚空に口が浮かぶ。唇は眼球モニターだ。謎のオーバーテクノロジーで緑肉を咀嚼する。


『筋張っているね。味が薄くてパサついているのが、きっと君の味覚に合わないのだろう。これは触感を楽しむものだよ。調味料で味を調えれば、軟骨や腸肉のように食べられると思うよ』

「マジか! マヨはどこだ! マヨを探せ!」

『50憶年前に流行ったドレッシングソースを、君はどうして知っているんだい?』


 雑に振り回した骨で、雑に突っ込んできたチンピラを串刺しにする。うるさい断末魔を拳で掻き消した。


『で、あやか。当面の目標はどうするつもりなんだい?』

「とりあえず悪そうな奴らを全滅させて、俺様がヒーローになれればいいや。どっかに攫われたお姫様とかいない?」


 主人公ヒーローになる。

 ボアのそんな野望は、100億年封印されただけでは揺るがなかった。三日月のようにぱっくり割れた口から、どす黒い欲望の吐息が漏れる。


『待ってくれ、検索しよう』

「頼りにしてるぜ、相棒」


 ボアがαのモニターを撫でる。撫でられたαは、くすぐったそうに身を揺らした。自分も自分も、と他のモニターもボアにすり寄ってくる。彼らの働く間、ボアは苦笑いしながら6つのモニターを甘やかしてやった。


『あやか、出たよ。ここから北西の帝国に――――』


 と、αの声が急激に遠くなった。ボアのオーダーに応えて、生体探知にαのメモリを割いた隙。そのほんの数秒で、傍らの少女がメカハンドに吊るされていた。すんごい勢いで通過していったワンボックスカーに連れ去られる。


『姫は――――君だったのか……てうわああああああああやかああああああ!!!?』

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