第3話 誕生日のプレゼントやけど の巻

「おっしゃ、トキワの森クリア!」


「よーしよし、もうちょいでニビシティやぞ」


「いよいよ最初のジムやで、ヒロキくん。ちゃんと『きずぐすり』買ってから行きや」


 左右から健太たちの助言を受けつつ、ヒロキの放課後の冒険は続いていた。


 と、そこへ。


「おい、お前ら。早よ帰れよ」


 すりガラスの張られた扉の向こう、廊下の方から聞こえてきた見回り教師の野太い声で三人はふと我に返った。いつの間にか、教室の窓から入ってくる陽光が橙色に変わっていた。


「……見つかってゲーム取り上げられてもマズいし、今日はこの辺にしとこか」


 ヒロキの提案に健太と拓海は頷いた。そして別れ際に、


「ポケモンX・Yのこと、考えとけよ」


「どっち選んでもええで」


 と、肝心の新作の宣伝も忘れなかった。


※ ※ ※


「ごっつぉーさんでした!」


「ヒロキ! 食器! 流し!」


 二日目のカレーを最速で流し込んで席を立とうとするヒロキに、母が食事の後片付けを促した。


「はいはいっ!」


 調子よく返事をして雑に食器を片すと、その姿はあっという間に子供部屋へと消えた。


※ ※ ※


「……よし」


 ヒロキはカーペットの上にあぐらをかいて、ゲームボーイアドバンスの電源を入れた。再開地点はニビシティにあるジムの前。いよいよ、最初の決戦の地へと足を踏み入れる。


”おっす!

 ポケモン チャンピオンを

 めざしてみないか?

 おれは トレーナー じゃない

 しかし かつ ために ばっちり

 アドバイスできるぜ!

 …な! いっしょに

 ポケモン チャンピオン めざそうぜ!”


「こっちは最初からチャンピオンしか見えてへんちゅうの」


 ジムの入口に立つ男の質問に自分で答えて、最奥のジムリーダーを目指して歩みを進めていく。と、そこへ。


”まちなー!

 こどもがなんのようだ!

 タケシさんに ちょうせん なんて

 10000こうねん はやいんだよ!”


キャンプボーイの トシカズが

しょうぶを しかけてきた!


キャンプボーイの トシカズは

イシツブテを くりだした!


「まずは……えーと、あれや、ゼンショー戦いうやつやな」


 対するヒロキが繰り出したのはダイスケ……父の名の付けられたフシギダネ。相手のレベル10に対して、こちらは12。しかも、岩ポケモンであるイシツブテに対して、草ポケモンのフシギダネは相性抜群である。


「へへ、育てといてよかったわ」


 岩ポケモン使いが集まるニビジムに挑むにはフシギダネを育てておくとよい、という拓海のアドバイスのおかげである。


「つるのムチ! ……おっし」


 レベル9で覚えた草タイプの技「つるのムチ」によって相手のイシツブテは一撃で倒れた。さらに続けて繰り出してきたサンドも、同様に何もできず「つるのムチ」の前に沈む。これがポケモン界における「相性」の恐ろしさかと、ヒロキは逆の立場を想像して身震いした。


「よし……行くぞ」


 足を組み直し、ゲームボーイアドバンスを持った両手にぐっと力を込める。


”きたな!

 おれは ニビ ポケモン ジム

 リーダーの タケシ!

 おれの かたい いしは

 おれの ポケモンにも あらわれる!

 かたくて がまん づよい!

 そう! つかうのは

 いわ タイプ ばっかりだ!

 ふはは!

 まけると わかってて たたかうか!

 ポケモン トレーナーの さがだな

 いいだろう!

 かかってこい!”


ジムリーダーの タケシが

しょうぶを しかけてきた!


 タケシが手持ちの二体のうち、最初に繰り出してきたのはまたしてもイシツブテ。しかし、今回の相手はレベル12である。


「つるのムチ!」


 再びダイスケ(フシギダネ)の大技が炸裂する。もちろん「こうかはばつぐん」……だが、同レベルの相手だけに、前回のように一撃で倒せるとまではいかない。相手の「たいあたり」による反撃を受け、フシギダネは五分の一ほどの体力を奪われた。


「……けど、いける! もう一度『つるのムチ!』」


 2ターン目、わずかに残ったイシツブテの体力をこそぎ取り、一体目の撃破に成功……そして得た経験値でレベルアップ。いけそうな予感を覚えるヒロキ。だが、タケシが最後に繰り出してきたポケモン、イワークは。


「レベル14……!?」


 イワークも岩タイプなのでフシギダネとの相性は良いが、レベルは相手の方が上。決して油断はできない。


「っ!」


 先手を取ったのはタケシのイワーク。必殺の「がんせきふうじ」が命中し、ダイスケの体力が一気に半分まで失われる。続けて、今度はダイスケの「つるのムチ」がイワークに炸裂。タイプ相性が良いこともあり、こちらも相手の体力を半分以下まで削り取った。


「これは……」


 思考を巡らせる。お互いHPは少なく、どちらも一撃圏内。つまり、先に攻撃を当てた方が勝つ。だが、先ほどのターンを見る限り素早さで上回っているのは相手のイワークである。


「アカンか……?」


 ポケモンはデジタルのゲームである。1より2が大きい数字であるという事実は決して覆ることはない。このまま次のターンに「つるのムチ」を選べば、間違いなく先にイワークの「がんせきふうじ」が炸裂し、100%の敗北が待っている。……だが、本当に敗北は避けられないのか? ヒロキはさらに思考を巡らせる。「つるのムチ」以外の選択肢に活路があるとすれば。


「……せや!」


 ヒロキはカーソルを「つるのムチ」から外した。そして選んだのは……拓海からの助言で事前に購入していた「きずぐすり」。みるみるうちにダイスケの体力が回復し、その数値は先程のイシツブテ戦で負ったダメージをも帳消しにした。これにより、対するイワークが予定通り繰り出してきた「がんせきふうじ」のダメージは、ダイスケのHPを四割削るまでに踏みとどまった。ということは……。


「いける!」


 今度こそ迷わず「つるのムチ」を選ぶ。3ターン目、やはりイワークの先制攻撃を食らうも、ダイスケの体力は計算通りわずかに残る。そして……。


”ダイスケの つるのムチ!”


 度重なる草タイプの攻撃により、ついに……イワークは倒れた。そして、第一のジム、ニビジムは陥落した。


「おっしゃあ!」


 思わず右手を突き上げる。思いついた作戦が計算通りに決まったロジカルな快感は、ヒロキがこれまで遊んできたアクションゲームにはないものだった。


「よおし、この調子で……」


「ヒロキー! お風呂沸いたでー!」


 扉の向こうから聞こえてきたのは無情な言葉。このままの勢いでゲームを進めたいところだったが、母の声には逆らえない。というか、まだ今日の宿題も片付けていない。ああ、小学生は忙しいな……と、ヒロキは渋々セーブしてアドバンスの電源を落とした。


※ ※ ※


「おやすみなさーい」


「はい、おやすみなさい」


 入浴に宿題にと、やるべきことをやったらもう就寝の時間である。パリパリの青いパジャマに着替えたヒロキは部屋の電気を落として布団に潜った。しっかりと頭まで被り……母の足音が寝室へと消えたところで……こっそりと布団の中に持ち込んだ懐中電灯の電源を入れた。ぼんやりとしたその光は、布団の外へはほとんど漏れていない。そして、音量をゼロにしたゲームボーイアドバンスを起動した。


 さあ、冒険の再開だ。


※ ※ ※


 翌朝。


「いただきます……」


「……どしたん? 調子悪いん?」


 温め直した昨日の白飯が盛られた茶碗をけだるそうに持ち上げるヒロキを見て、母が心配そうに尋ねた。


「えっ? ううん、全然。大丈夫やで」


 まさか、夜中までこっそりゲームに興じていて寝不足だなどとは言えないヒロキは、慌てて首を振ってごまかし、ご飯をかきこんだ。


「ナあ、おハあハん」


「食べてから喋り」


「……んっ。……あのな、誕生日のプレゼントやけど」


 口の中を空っぽにしてから、ヒロキはその決意を告げた。


「ポケモンにするわ」


-つづく-

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