RF ーRemember⇋Forgetー

都稀乃 泪

第1話 一華

「そうだ! この子の名前は『いちか』にしよう!」

「ええ? 昨日まで『ひろえ』にするって仰ってたじゃありませんか」

「いや『いちか』にする! これは決定だ!!」

「ふふ、もう貴方ったら」


 彼らは至って普通の夫婦である。

 夫である裕一は少しばかりバイクが好きで、祐一の妻である華英はお菓子作りが好きな典型的な夫婦だ。


 2人はつい2週間前に“親”になった。

 授かった子供は女の子で、名前は『一華』。祐一が直前まで悩みたいと言って、期限ギリギリまで悩んだ結果である。


 一華はすくすくと成長し、普通の女の子・・・・・・ではなかったかもしれないが、立派に育っていった。


 彼女は父の影響でバイクが好きに育った。少し男勝りでサバサバとした性格は、少々男からの好意を得づらく、むしろ女子生徒からの絶大な支持を誇っていた。



 そんな彼女の18歳の誕生日。


「はい。俺からの誕生日プレゼント。これ、欲しがってたろ?」


 と、父が何かを投げて寄こした。それを左手でキャッチする。本当は右利きなのだが、ソフトボール部に所属していた彼女には朝飯前だった。それを左手に乗せまじまじと見つめる。それは、何かの鍵であった。


「なに、これ?」

「ん? 何。外に出ればわかる」


 その一言で彼女は家の外へ出た。家の前の小さな庭のような空間には、見たことのないバイクが止めてあった。いや、正確に言えば“現実で”見たことがないだけで、写真では飽きるほど見覚えのある車種である。


 彼女の大好きなRFシリーズの中でも最も愛してやまないRF-02がそこに止めてあったのである。少し古い型ではあるが、彼女は一目見た時から心奪われていた。


 裕一の言っていたことはこれだったのかと、期待を抱きつつ恐る恐る手に持っている鍵を近づけた。

 だが、一華は知っている。期待をしても報われないことを。期待すればするほど結果がそぐわないことを。


 だが、その恐怖に打ち勝たなければ真実には到底たどり着けない。彼女はその恐怖心を飲み込み、持っていた鍵をバイクの鍵穴に差し込む。


 カチリ


 鈍い音と共にRF-02の動作音が鳴り響く。きっとこの日の感動を、父への感謝を、忘れないと一華は心に刻んだ。



 一華はそれから、春休みの間にバイクの運転免許を取り大学への通学にRF-02を使っていた。


 ここまで一華が喜ぶとは思っていなかった裕一は、こんなに喜んでくれるならまた何か買ってやろうかと考えながら自分の通勤に使っているバイクにまたがった。


 そういえば一華は、小さい頃からみかんゼリーが大好きだったな。・・・・・・買ってってやるか。


 ふとした思いつきで裕一はコンビニへ寄った。ゼリーをリュックに入れようとしていた時だった。彼の携帯が鳴った。今日はいつもより遅くなってしまったから、華英が早く帰ってこいと言う電話だろうか。


「はい、もしもし」

「あなた! 大変・・・・・・!」


 思った以上に華英の声は緊迫しており、彼女はひどく混乱していた。


「一旦落ち着け。一体何があったんだ?」

「一華が! 一華が!!」

「わかった。すぐ帰るから待っていろ。良いな?」

「・・・・・・ええ」


 電話を切り、裕一はすぐさま家までの帰路に着いた。

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