17話 巡回



「休日になっても対して人が増えないんだね」


「残念ながら、休みだからってはしゃげるような国勢では無いんです」


 生徒会室で話をしてから数日が経ち、始業式を過ぎてから初の休日に城下の巡回の為に四人は街に集まっていた。学園長からの要望によりお昼を大きく過ぎた時間、日が沈むしばらく前に巡回を始めることになった。


 校外とは言え生徒会としての活動なので、休日でありながら全員が制服を着用している。制服の腰に学園長に許可された各々の剣を差しており、シルヴィアだけは普段着けていないつばの広い帽子で目元を完全に隠している。


「………………」


「……なんですか?」


「いや、その帽子。初めて会った時も着けてたなって」


「あぁ」


 そういうことかと声を漏らすシルヴィア。帽子のつばの先をつまみ左右へ小さく揺らして被っている位置を整える。


「学園外に出る際は基本的にこの帽子を被っているので」


「うん。落ち着いた色合いで似合ってる。素敵だね」


「私を口説いてないで周囲に注意を向けてください、色情魔」


「返す刃が鋭すぎないかな?」


 自分の顔を隠す理由を既に知っているアキホは、それ以上特に追求する様子はない。憮然と鼻を鳴らすシルヴィアと苦笑するアキホの横では、フィオが落ち着かない様子で腰に着けた剣をペタペタ触っている。


「フィオライナさんは何しているのかしら?」


「あ、えっとですね………!」


 苦笑いしながらアリアが話しかけると、小さく跳ね上がって顔を上げる。その手は尚も所在なさげに剣の柄を持ったり離したりしていた。


「街の中で剣を持っている、というのが、その、少し落ち着かないというか……」


「あー少し分かるかも。学校外で剣を持つことってほとんど無いものね。フィオライナさんみたいにまだ二年生ならなおさらか」


「そうなんです!それで言うと、あの二人はどうして当たり前のような顔をしているのか分からないんですよ…………!」


 オロオロしながら二人を指差すフィオ。差された二人は同時に振り向いて、何を変なことをと言わんばかりに当たり前のような顔をする。


「ずっと持ってた相棒だから、もう気にならないだけだよ」


「似たようなものです」


「………まぁ、フィオライナさんはおかしくないわ。あの二人が少し異常なだけ」


「ですよね!!」


 叫び泣きついてきたフィオをアリアは優しく受け止めた。持ち前の人懐っこさと対する包容力で即座に仲良くなった二人。目の前で繰り広げられる茶番に小さく息を吐いたシルヴィアが、顔を見せないように周りをゆっくりを見回す。


「今のところ、それらしき影は見当たりませんね」


「それらしき影?学生の粗相を未然に防ぐんじゃなくて?」


「それもありますが、資料に書いてありましたよね。……『反乱軍』って」


 言いにくそうに呟かれたその単語にアキホは眉をひそめた。そしてゆっくりとシルヴィアの耳元に顔を近づける。


「………なんですか」


「反乱軍って、初めて会った時にシルヴィアさんが襲われてた3人も?」


「ええ、そうですね」


「……あの人達を止めるのは、学生には荷が重いんじゃないかな」


「あなたは軽々とあしらってましたけど。……まあ、その心配はありません」


 そっぽを向きながらそう答えるシルヴィアにアキホは僅かに首を傾げる。横目でそれを見たシルヴィアは、仕方がなさそうに補足をした。 


「あの日は第三王女が城下に来ているという噂があったので、危険を承知で視察に来ていたんでしょう。本来は騎士団も巡回している城下に来ることはまずありません」


「でも反乱軍に注意って書いてあったんじゃない?」


「小競り合いは数え切れないほどありますが、私達や市民に危害が及ぶことはまずありません。いるという記載はあっても、おそらく活動ではなく視察でしょうね」


「視察………」


「ええ。何を見て、何をするつもりなのかは全くわかりませんが。ともかく、私達が行うのはあくまで念の為の巡回です。危険なことはおそらく無いはず」


 その答えにアキホは小さく考え込んだ。ふと目に入ったフィオとアリアが不思議そうな顔でこちらを見ていたので、何でもないと微笑んで二人の方へと合流する。


「それじゃ、そろそろ巡回を始めましょうか。といっても、大通りといくつかの小道を覗きながら市内を回るだけなんだけどね」


「はい。よろしくお願いします」


「宜しくお願いするのはこっちの方なんだけど」


 そのやり取りをきっかけに、四人は歩き出した。

休日にもかかわらず閑散としている城下を、四人で見回りながら歩いていく。


「お客さん、少ないね」


「そうだよね。ここまで人が少ないと、国として大丈夫なのかって今更ながらに思っちゃうかも」


「騎士団が見回っているから。そんなに活発に商業も散財も出来ないんでしょうね」


「騎士団がいると、どうしてできないの?」


「騎士団の巡回は監視を兼ねていますので」


 アキホの質問に僅かに凍りついた二人に対して、シルヴィアは全く逡巡すること無く答える。この国の現状をあくまで俯瞰的に見た推論を、機械的にアキホに伝えている。


「監視?」


「見張っているんですよ。繁盛している店、身なりの整った人、豪遊している集団。身の丈に合わないお金の使い方をしている人を見張って、見つけ次第搾り取るんです、文字通りに」


「そっか、それは人もいなくなるね」


「はい」


 チラホラと開いている店はあるが、客は殆ど入っていない。呼び込む声も活気がないが無理もない。そもそも呼び込む人がこの通りに殆ど見当たらないのだから。


 時折すれ違う人達も必要最低限の身なりで、華美な装飾を施している人は何処にもいない。

 それどころか、装飾品すら着けている人は皆無だ。監視の目を避けられるように、自らから漂う金の匂いをこれでもかと消している。


「………僕は少し余裕があるから、何処かで使ってあげたいけど」


「やめておいたほうが懸命です。目を付けられてもいいのであれば止めませんが」


「いえ、そうでもないかもしれないわ」


 シルヴィアの忠告に隣からアリアが否を唱える。どういうことだと目線で問う二人とオロオロしているフィオに対して、周りを見渡しながら小さな声でひっそりと答えた。


「騎士団が異様に少なすぎるわね。何が会ったのか知らないけど、いま騎士団の眼は此処じゃない何かに向いているみたい」


「それって、街の北の方かな?」


「え、アキホくん知ってるの?」


「ううん。ただ、なんとなく嫌な感じが向こうから」


「…………なんですか、それ」


 呆れたようにため息を零すシルヴィア。北の方をじっと見ているアキホを困ったように笑いながら他の二人が見ていると、アキホの視線がゆっくりと下へと降りてきた。


「…………」


「アキホさん、何処を見ているのですか?」


「嫌な感じがする方」


「食事処をみているようにしか見えませんが」


 目を輝かせてアキホが見ていたのは照山亭と書かれた看板の店だった。例に漏れず入客が少なく、質素な景観の飲食店をアキホはじっと見つめている。不思議そうにアリアはアキホの袖を掴んだ。


「アキホ、あのレストランがどうかした?」


「「………………え」」


 何気なく呼ばれた呼び捨てられた名前にフィオとシルヴィアが微かに驚く。


 その様子を見てアリアは自分の発言に気づき、微かに顔を赤くして目を逸らした。三人の反応に気付くこと無く、アキホは穴が開くほどに店先をじっと見つめ続けている。


「あのお店の『ラグズスティーヤの煮込み』っていうのは?」


 看板に書いてある文字を見ているアキホ。硬直しているアリアと寮暮らしのフィオがは答えられず、最初に反応したのはシルヴィアだった。


「この国の特産を使った料理です。南で養殖している牛を6種の香草と二つのソースを使い調理した料理で、簡単に調理できるわりに誰にでも美味しく作ることが可能なため、家庭でも親しまれています」


「ほー………」


「また工程を工夫することでえぐみと辛みを抑え、口当たりの良い舌触りに……聞いてます?」


「……あ、聞いてる。なんか美味しそうだよね」


「全く聞いてない、と。人に説明させておきながら……」


「まあまあ不貞腐れないの、シル。それで、アキホはあのお店が気になるのかしら」


 アリアが聞いた瞬間に、アキホのお腹が小さく鳴った。本人からの返事は無かったが、ここに居る三人はその音とよだれを小さく垂らした口元で察して三者三様の反応を浮かべる。


「アキホさん、お腹が空いたんですか?」


「午前中はずっと寝てて、食べそびれた」


「まったく……」


「それじゃ、軽く食べていきましょう」


「いいの?」


 目を輝かせたまま振り向くアキホ。自分の顎をトントンと指さしたアリアの仕草で自分に垂れてるよだれに気付いて、アキホはポケットからハンカチを取り出して口元をぬぐった。


「失礼」


「……私たち、巡回中なんですが」


「ちょっとだけいいでしょ?お腹空かせたまま巡回させるのも締まらないでしょうし」


「そうだよシルヴィアさん」


「我が意を得たりといった顔をやめてください、もとは貴方が原因なんですから。……あの、顔が近いです」


「…………」


「無言で近寄ってこないで……」


「ご飯食べたい」


「せめてもう少し本音を隠せ……!」


 有無を言わせないようにぐいぐい迫るアキホに、思わず言葉尻が強くなり素が漏れ出るシルヴィア。


 顔面を掴まれ押し返されながらも迫るアキホに、シルヴィアはしばらくしてようやく苦虫をつぶしたような顔で頷いた。


「それじゃシルが折れたところで、あのお店に入りましょうか」


「私が我儘を言っていた、みたいな流れほんと気に食わない……」


 文句を言うシルヴィアの手をアリアはぐいぐい引いていく。

 先にいつの間にか店に入って手続きを済ませている二人を横目にちらりと見て、シルヴィアは引きずられながら再び小さく溜息をついた。




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