勇者の童貞力が高すぎる!

桐生彩音

001 元孤児の娼婦

 夕焼けは好きだ。

 というかむしろ、日が暮れてからが私にとっての『朝』かもしれない。などと取り留めのないことを考えながら、普段とは違う仕事着に袖を通した。

「……うわぁ」

 一応は実戦用らしいが、こんなものを着て戦う女戦士が本当にいるのか、以前見たことがあるとはいえ、未だに疑わしく思ってしまう。

 下着のベースは黒のワンピースタイプ、つまりはレオタードに限りなく近い何かだ。その上に鎧をつけるらしいが、それだって水着のセパレート上下、いわゆるビキニアーマー。

「こんなもの……戦士の方々はよく着れるわね」

 正直見たことがなければ、信じること自体できなかっただろう。しかし今、私はこの鎧を身にまとっている。

 別に戦士に転職するからではない。というかこんな格好が義務づけられているなら、即別の職種を選ぶわ。

 くいこみのきわどいアーマーを下着代わりのレオタードもどきごと直し、私は姿見の前に自らの身体を投影させた。

「ふむ……」

 りと様になっていた。

 働きだしてからあか抜けた赤髪に合わせたカラーリングの鎧は、我ながらよく似合っている。

 鎧自体はハリボテだが、元々のコンセプトである防具としての役割である要所ごとの防御はしっかりと果たされているらしく、要所部分はしっかりと隠してくれていた。

「……よし、こんなもんか」

 自己点検も済み、私は気合いを入れるために一度、自分の口ではっきりと宣言する。若干じゃっかん心配性なところがあるので、こうしないと区切りをつけられないのだ。

 もっとも、どうせ脱ぐ・・・・・から関係なかったりするのだが。

「さて、行きますか」

 そして私は、今日も娼婦として春を売りに向かった。





 私ことミーシャ・ロッカがこの娼館『パサク』で娼婦なんてやっているのは、婚約者が死んだからだ。

 親無しの孤児院出で伝手なんて御大層なものがないから未来の旦那(同じ孤児院育ち)に期待していたのに、帰ってきたのは形見と化したお古の短槍だけ。墓の中身は持ち手に付いていた髪の毛一本。あれは実に酷かった。旦那を想って泣いたし、短槍使って(別の意味で)いたし。

 まあ、それでも生きていかなければと、孤児特有の図太さと未亡人の身体でやれることを探した結果、現状に落ち着いたわけである。

 とは言うけれど、私が人生でベッドを共にしたのは未だに三人だけ。死んだ旦那と娼館の教育係、いや元女だけど性転換して現在野郎だから一応カウント。だから本物の男は実質二人しか知らない。

 で、最後の一人が娼館の客なのだが、そいつが一番厄介なのだ。

 本来ならばあちこちの男に股を開いて客を取る日々なのだが、最初に取った相手が何故か私を気に入って、次の日から毎日指名してくる。いや、厳密に言うと毎日ではないが、出勤日は必ず予約を入れていくのだ。

 本来ならば顧客ゲットで喜ぶところなのだが、この客は自分が来れない時でも予約を入れて他に客を取らせてくれない。教育係にして娼館の主である館長(女主人ミストレスと呼ぶと何故かブチ切れる。昔何かあったのだろうか?)は金払いがいいからよし、と流しているが、私の将来は考えてくれているのだろうか?

 それは、まあたしかに、ずっと娼婦やってくつもりもないけど、いざ客が逃げて他の客相手にした時に、同じく金づる作れるという保証がどこにもないのだ。だから何人かくらいは引き受けたいのだが、誰も私の話を聞いてくれない。

 とはいえ仕事は仕事だ。阿婆擦あばずれと呼ばれようとも生活費がいるのだ。稼ぐ為ならば何でもしよう。綺麗事きれいごとほざくならその前に金持ってこい。

 まあ、さすがに来ない日に他の客をこっそりとったりはしないけどね……一応仕事なので誠実さも必要です。

 というわけで、そろそろ現実に戻るとしよう。そう、目下もっかの問題は私を指名している唯一の客なのだ。




「ハァイ。今日は女戦士よ勇者様・・・

「ミーシャさんっ!?」

「いゃん! もう……」

 ……その唯一の客が、何故か勇者様だということだ。




 勇者。

 今更説明するまでもないことだが、要するに国だか占い師の類だか、まあ両方だったりそうじゃなかったりすることもあるが、そいつらに命じられたり頼みこまれたりして人類の敵(例:魔王)を討伐する仕事である。仕事と言っていいのかは分からないけど、少なくとも国から金銭は支給されるし、冒険者ギルドとかで掛けられている懸賞金も別口でしっかり貰える。歩合制の実力主義だが、国の援助がある分、同じ仕事をしているはずの冒険者よりも恵まれているだろう。

 ただし、勇者は当代に一人だが、意外と代わりはいる。

 それはそうだ。そいつが強ければいいけれども、こころざしなかばでくたばられたら意味がない。だからある程度の候補を絞り、死亡または行方不明になると同時に切り替えるのだ。

 故に、『強者の好機、弱者の貧乏くじ』などと国民から揶揄やゆされている。なぜか推薦でしかなれないので仕方ないのだろうが、何も強要することはないだろうといつも思う。

 実際、現国王の支持率は真っ当な一般市民が勇者に選ばれる度に落ちている。だから向こうも、勝算を上げる意味でも、なるべく強そうな候補を勇者にし始めたのだ。

 勇者の仲間も冒険者からの立候補で済ませ、国の兵を減らさないようにしている。こちらは逆に足を引っ張る可能性があるので、特に気にされていない。そもそも集団戦闘がの兵隊に個人戦闘を期待するのは間違っている。例えできる者がいても、大抵は騎士団長や近衛兵クラス、国が簡単に手放すわけがない。

 というわけで、勇者もしょせんは人間でしかない。飯も食えばクソもする。だから誰かに誘われて娼館に来ることだってあるのだ。しかし、誰が予想しえただろうか。

 その勇者が……童貞をこじらせていたなんて。




「ああ、ミーシャさん、今日のビキニアーマーも素敵ですぅ」

「本当に? ありがとう」

(毎度似たようなことばっか言っちゃって……)

 目の前の男、ディル・ステーシアもまた、その勇者様である。一応当代につき一人なので、『そんな勇者の一人である』とは言わない。多分意味が違うから。

 黒の短髪で小柄の部類には入るが、冒険者上がりなだけあり、筋肉は割りかしついている。

 しかし、彼は童貞だった。

 まあ、冒険者といっても全員が稼げるわけではない。だから彼も、元々はその日暮らしの一文無し。恋人どころか娼婦を買うことすら叶わない。

 それが勇者になった途端に金回りも良くなり、娼館に誘う仲間もできたものだから、度々通うようになってきたのだ。

「でも、これはないわ……」

 必死になって鎧とレオタードの隙間を作ろうと躍起やっきになっている勇者様ことディル君(内心で勝手にそう呼んでいる)に聞かれることなく、先の呟きは虚空こくうへと霧散むさんして行った。




 ことは、数ヶ月前にさかのぼる。

 金銭の貯えがあるとはいえ、それも生きていけば日に日に減っていく。増やすためにも働く必要があるのだ。

 婚約者が死んで数ヶ月が経った頃、空になった野菜籠を地面に叩きつけた私は決意した。

 ……娼婦になろうと。

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