第38話 教会にて


「わーい!」

「あははー!」

「待て待てー!」


 教会。そこで子どもたちは笑い声を上げながら、走り回っていた。教会の外の簡素な庭。鬼ごっこをしているらしく、全員がとても楽しそうに走り回っていた。


「こらこら。あまり大声を上げてはいけませんよ。周囲に迷惑になりますからね」


 シンシア=クレイン。


 彼女は子どもたちを軽く叱責するが、それでも全く聞く気配はない。やれやれと内心で思いながら、シンシアは走り回る子どもたちを微笑ましく見つめていた。


 そんな矢先、教会の前に一人の女性の影が見える。真っ赤なワンピースを着ており、この夏には適している服装だ。髪の毛もアップにして忙しなく自分の髪を触っているようだった。


「あら? カトリーナさんですか?」

「シンシアさん。ご無沙汰しておりますわ」


 ペコリと頭を下げる。入院している時にすでに色々と話してはいたのだが、退院してからこうして会話するのは初めてだった。今日は休日ということもあって、カトリーナはシンシアのもとを訪れに来たのだ。


「何かご用事ですか?」

「いえ、その……ご心配をおかけいたしましたので、菓子折りを持ってまいりましたの」

「まあまあ。わざわざ本当にありがとうございます」


 そして、シンシアは他のシスターに子どもたちの世話を任せると二人で教会の中へと入っていく。


 シンシアの自室は教会の中にあり、そこは質素な部屋である。部屋の広さもワンルーム程度で、家具なども最低限でしかない。彼女は【聖薔薇騎士団ハイリッヒローゼンナイツ】所属ということもあって、そちらからの収入はそれなりにある。


 正直言ってしまえば、贅沢をしようと思えばいくらでもできるほどには稼いでいるのは間違いない。伊達に最上位のギルドに所属はしていない。


 しかし、シンシアはそのほぼ全てを教会の運営に使っている。こうして今日も今日とて子どもたちが笑えているのはシンシアのおかげだった。彼女が【聖薔薇騎士団ハイリッヒローゼンナイツ】の一員として活躍しているからこそ、今の教会がある。


「すみません。質素な部屋で」

「いえ。大丈夫ですわ。それにいつも思いますが、とても綺麗で落ち着きますわ」

「ありがとうございます」


 シンシアは軽く微笑みながら二人分の紅茶を入れる。こうしてカトリーナがシンシアの部屋にやってくるのは初めてではない。二人の関係はいわば姉妹に近いのかもしれない。


 【聖薔薇騎士団ハイリッヒローゼンナイツ】に所属しているとはいえ、まだカトリーナは若輩者。そんな彼女を一番気にかけているのは、誰よりも優しさに溢れているシンシアだった。


「紅茶です。お口に合うといいですが」

「ありがとうございますわ。わたくしの持って来たパウンドケーキも合うといいのですが」


 二人は紅茶とパウンドケーキをテーブルの上に揃えると、早速それらを口にする。


「とっても美味しいですね! カトリーナさん。ありがとうございます。きっと子どもたちも喜ぶと思います」

「それは何よりですわ」


 カトリーナは子どもたちのことも考えて、多めにパウンドケーキを持って来ていた。それはきっと、彼女なりの思いやりなのだろう。


 ここ最近はずっと苛立っており、その怒りを周囲に撒き散らしていたのだが今のカトリーナはとても落ち着いていた。それは心境の変化でもあったからなのだろうか。


「あ、そういえばそろそろ魔法師対抗戦マギクラフトゲームがありますね。カトリーナさんは出場するのですか?」

「はい。もちろんですわ」

「ふふ。きっと、カトリーナさんなら活躍できると信じてします。私も時間があれば、観戦に行かせてもらいますね」

「ありがとうございますわ」


 魔法師対抗戦マギクラフトゲーム。それに出場するのは既に決定しているのだが、彼女にはやはり不安があった。それはいまだに聖剣使いとしての能力が覚醒していないことだ。


 以前に相談されたこともあってシンシアはカトリーナに対してある提案をしようとしていた。それは彼女のために指導をするということだった。


「カトリーナさん。僭越ながら、私がその少し見てみましょうか? 心配でしたらお力になりますが」

「あ、えっと……それはその……」


 なぜかそういうと、彼女は顔を赤く染め始める。どうしたのだろうかと思って、シンシアは首を傾げる。


「どうかしましたか?」

「えっと……ありがたい申し出なのですが、その……同級生が力になってくれると言ってくれているのです」

「まあ、そうなのですか。それでその方もしかして、殿方ですか?」

「はっ!? どうしてそのことをっ!!?」


 驚愕しているようだが、他人から見れば色々と丸わかりであった。シンシアはそんな彼女のことをニコニコと温かい目で見つめる。


 彼女自身はその身を神に捧げると決めているので、恋愛などには興味はない。しかし、自分の妹のように思っているカトリーナが恋慕していると知ればそれは純粋に喜ばしいことだった。


「ふふ。カトリーナさんも乙女のようですね」

「ど、どう意味ですのっ!!?」

「いえいえ。なんでもありませんよ。それにしても、カトリーナさんに教えることができるほどの技量の方ですか。すごいですね」

「その……実は、東洋出身の方でして」

「東洋?」

「えぇ」


 そうしてカトリーナはシンシアにサクヤのことを語るのだが、二人が彼の真実にたどりつくのはまだ遠い話である。

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