第27話 一度目の告白②

 水崎君が遅番に入っていた頃には、既にストーキングに遭っていた事。犯人が遅番の宮下さんである目星が付いている事。最近は遅番の帰り道だけでなく、大学や私生活でさえも視線を感じる時があるという事。


 今抱えている不安な気持ちを、全て話した。


「……気が付かなくてごめん」


「何で何で!? 水崎君が謝る事なんて無いよ!」


 逆に謝られてしまった。


 本当に謝らなければいけないのは、楽しいデート中、いきなりこんな重い話をして場を暗くしている私の方なのに。


「私こそごめんね! いきなりこんな話されても反応に困っちゃうよね!」


「困るっつーか……大丈夫なのか?」


「私ならまだ大丈夫! 実害も今の所は出てないしね」


「これから何かありそうな言い方だな」


 意図していた訳では無いけど、鋭いなぁ。

 実を言うと、近い内に何かがありそうな予感がしてるんだよね。ただの直感だけど。


「何も無いと良いんだけどね」


「無理に笑わなくて良いから」


「無理なんかして無いよ! 今まで誰にも言えなかったから、水崎君に聞いて貰えただけでも何だかスッキリした!」


「警察とか……」


「良く聞くじゃない? 何か被害が出てからじゃないと動いてくれないってさ」


「それはそうだけど……」


「じゃあ、これで話はおしまい。聞いてくれてありがとう」


「僕に何か出来る事は無いか……?」


「その気持ちだけで嬉しいよ」


 今はただ、聞いておいて貰いたかっただけ。

 言っておかなければいけない事だったから。

 思い出すと本当は怖くて仕方ない。

 泣きそうになる気持ちを、かろうじて押し殺す。


「ねね、何かアトラクションに入ろうよ」


「そんな事より――」


「今度暗い顔したら怒るからね?」


 自分から暗くさせたのに身勝手な私。


「分かったよ……」


「じゃあ何にしよっか」


「うん……」


「水崎君……!」


「ごめん、やっぱ無理だ。こんな話を聞いておいて、そんな簡単には気持ちを切り替えられない」


「……だから大丈夫だって――」


「だったら……どうして泣いてるんだよ」


 そう言われ、自分の頬を伝っていく感触に気が付いた。


「あれ……あれ……?」


 一度気付くと、もう止まらない。


「おかしいな……! こんな筈じゃ……」


「我慢しなくて良いから」


 そう言って私の元に近付き、優しく抱き寄せてくれる。

 私の涙腺は、もう限界だった。


「水崎……君……っ…………っ……!」


 年甲斐もなく、思いっきり泣いた。

 張り詰めていた何かが、はじける様に。

 水崎君の温かさが伝わってくる。


 どの位泣いていただろう。

 少し落ち着きを取り戻し、腫れぼったく感じる目を開く。


 視界に写ったのは、両手で掴んでいた事と、涙でグシャグシャになってしまっている水崎君のパーカーだった。


「少しは落ち着いた?」

 優しい顔で微笑んでいる。


「ご、ごめんね! こんな――」


 慌てて離れようとしたけれど、居心地の良さからなのか、泣き疲れて力が入らないからなのか、躊躇ためらってしまう。


「大丈夫だよ」


 そんな私を再度優しく抱きしめてくれる。

 それに甘え、私も再び目を瞑った。


「……幸せ」


 不安で一杯だった気持ちが、嘘の様に無くなっていく。


「……幸せ?」


「うん、幸せ……」


「なら良かった」


「うん……」


 って、あれ……。

 私、声に出してた……?


 急に恥ずかしくなり、目を開けられそうにない。

 どうしよう……。


「見てあれ~。初々ういういしい~」


 そこで周りから聞こえてくる声に気が付いた。

 きっと通行人の人達に見られてるんだ。


 恥ずかしいーー。

 耳まで熱くなっていく。


 顔が隠れている私はまだ良いけど、水崎君はもっと恥ずかしい思いをしている筈。どのタイミングで離れればいいの……。


「今なら大丈夫だよ」


 察してくれていたのか、水崎君が静かに耳元で囁く。

 

 その言葉を聞いて、目は瞑ったまま、静かに静かに水崎君の胸の中から離れていく。


 ある程度離れたと感じ、目を開ける。


「大丈夫?」


 まじまじ顔を見つめると、身体全体が燃えそうな程、熱くなるのを感じた。そう言ってくれている水崎君の顔も赤い。


「う、うん……。もう大丈夫……」


「そっか……」

 視線を逸らし、頭を掻いている。


「洋服、本当にごめんね」


「そんなの全然気にしなくて良いって。僕の方こそごめんな」


「水崎君は何も悪くないよ」


「いやほら……勝手に抱きしめ……ちゃったし」


「ううん…………嬉しかった」


「はは……」



 沈黙が流れる。



「水崎君てさ、凄いよね」


「僕が……?」


「うん。遅番に入った時、優衣ちゃんや佐藤君の事も諦めなかったし」


「あれは、あいつらが本当は仕事が出来るだけだったって話だよ」


「それに気付けたのは、水崎君がしっかりあの子達を見ていたからでしょ?」


「そんな事は――」


「あるよ。謙遜し過ぎ。私だってあの頃、やる気が無かったとまでは言わないけど、全部自分一人でやればいいんだって、諦めてたもん」


「あぁ、それは分かってた。全部やろうとしてたもんな」


「うん。愛想だって良くなかったから、私の事も嫌いだったでしょ?」


「はは。嫌いでは無かったけど、確かに最初は苦手意識持ってたかもな」


「そうだよね」


「でも今は違うからな?」


「うん、それは分かってるつもりだよ。帰り道、毎回送ってくれたよね」


「そりゃ、心配だしな」


「どうして私が家の前まで送って貰わなかったか分かる?」


「そんなに仲良くない奴に家は知られたくないからだろ?」


「宮下さんには何回か家まで送って貰った事があってね。凄く後悔した……。だから水崎君の事も警戒してたんだ。ごめんね」


「謝る事無いよ。女の子なんだし、それが正解だと僕も思うよ」


「私なんか可愛くないし、自惚れてる訳じゃ無いけど、そこから怖くなっちゃって……」


「そんな事……でも、それは怖くもなるよな」


「だけど、水崎君は察してくれてたよね」


「そんな大げさなもんじゃないけどさ」


「ううん。水崎君は優しいから、いっつもそうやって気を遣ってくれて……」


「優しくはないけど――」


「仕事が出来ても威張らない、そのくせ困った人を放っておけなくて、自分の事は後回し」


「誰の悪口も言わないし、一緒に居ると楽しくて安心して」


「優しくて格好良い……」



「……そんな水崎君の事が――――私は大好きです」



「良かったら、私と結婚を前提にお付き合いしてくれないかな」

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