第25話 二度目のデート

――八月二十日。ついにデート当日。

今日は珍しく、カラッとした空気の良いお天気。

汗をかく事はなさそうなくらい、清々しい。


昨晩は緊張して中々寝付けなかったので、何を着て行こうか洋服を準備して、もしもの時にはどう告白しようか携帯のメモに長々と台詞を書いていたりした。散々迷った洋服は、ミモレ丈の白いワンピース、下には灰色のスパッツ、腰位までの裾の薄茶色の上着を羽織るという、結局はいつもと変わらないノームコアなファッションとなった。それに大きすぎない茶色い手提げバッグを持つ。自分で言うのもアレだけど、私にはセンスがない。どなたか私にセンスを分けてください。


でもこれで準備はOK。

深呼吸して家を出る。


こんなに緊張するのは、大学受験ぶりだろうか。なんて考えている自分はきっと皆とは少しずれているんだろうな。自覚はある。自分からデートに誘っておきながら、以前のデートを思い出す。あの時はまったく緊張なんてしていなかった。苦い思い出だけど、経験は活きてくるものだね。


何かで成功している人は、していない人よりも多く失敗を経験しているという。何故なら失敗から得られる事の方が大きいから。一部ではいきなり成功したり、ずっと成功しかしていない人もいるとは思うけれど、そういう人は一度の失敗で全てが崩れていく事が多いそうだ。そういう時の対処法を知らないから。人より多く失敗している人は、その対処法を知っている。だからもし、自分は失敗ばかりで駄目な人間だなんて思っている人がいたら考えを改めて欲しい。それは今後の人生できっと貴方の助けとなる筈だから。


なんて頭では偉そうな事を考えながらも、失敗すれば私も物凄くへこんじゃうけどね。これだからネガティブな性格は嫌だ。だって性格はそう簡単には変えられないんだもん。


あれこれ考えている内に待ち合わせ場所の公園が見えてきた。


待ち合わせの時間は十二時。

昨日遅番だった私の為に水崎君が提案してくれた時間。こういう些細な気遣いも嬉しい。四十分も前に到着してしまったけれど。


それまでどうしようかなと考えつつ、約束の場所の噴水の前に足を進める。


すると、そこには立って携帯をいじっている人物がいた。驚き慌てて声を掛ける。


「水崎君!?」


「おお、山下さんおはよう!随分早いね」


「それは私の台詞なんだけど!」

ぼっくりした……じゃない、びっくりした。

心の中で噛んでしまう程びっくりした。


灰色のプルパーカーに黒のジャケット、黒いスキニーの姿が良く似合っている。


「その服、山下さんに良く似合ってて可愛いね」

私が言うより先に服装を褒められ、顔が熱くなる。


「あ――ありがとう。水崎君も普段とは違って格好良く見えるね」

しまった。


「それ、けなしてんのか褒めてんのかどっちなんだよ」

笑いながらそう言う。


「ごめん、そういう意味じゃなくて」

完全に褒め方を間違える私。

ニュアンスが最低だ。


「いいよ、少なくとも今はいつもよりまだマシに見えてるって事でしょ?」

茶化すように言う。


「だからそうじゃないってー」


「あはは、でもありがとう」


「もう……」

この人は本当に。


「ところで、待ち合わせの時間は十二時のはずだけど」


「そうなんだけど、水崎君も早いよね」


「そこはほら、男が女性を待たせる訳にはいかないだろ?」


「へぇ、やっぱり優しいんだ」


「優しくはねぇよ。普通だろ」


それにしても早すぎると思うんだけど、そこもまた水崎君の良い所なんだろうね。


「でもまさか山下さんがこんなに早く来るとは思わなかったから、良かったよ早めに来ておいて。ギリセーフだったな。山下さんこそ早すぎない?」


「それはほら、女が男性を待たせる訳にはいかないでしょ?」


「いやどんな考え方だよ!男気ありすぎるだろ!」


「ふふっ、なんてね。本当は楽しみで早く来ちゃっただけ」


「それは……ありがたい話だな」


「あれ~、照れてるの?」


「そんなんじゃねーから」


「ふ~ん」

そう言いながらも照れてるのは明らかだよ。

可愛いなぁ、なんて思ってしまう。


そんな事より、と話題を切り替え聞いてくる。

「折角だし、少し早いけどお昼でも食べに行く?」


「あ、それならね。私、お弁当作ってきたんだけどさ。水崎君が良かったらここで食べない?」いきなり手作りなんて気持ち悪がられるかな……。内心ドキドキ。


「手作り!?うわ嬉しい!土下座するから食べさせてください」


「土下座はしなくていいからね!?」

良かったぁ……。


二人で日陰のあるベンチまで移動する。


「人に作ってあげるのは初めてだから、味は保証できないけど……」

そう言ってお弁当を開く。作ってきたのはサンドイッチとおにぎり。パン派かお米派か分からなかったから。大学には自分でお弁当を作っていってはいるけど、誰かに食べさせるなんて事はした事がない。両親以外には。


「おぉー、美味しそう!いかにも女子のお弁当って感じだね!」


「もう女子って歳じゃないよ」


「そう?そういえばこんな事聞くのは失礼だって承知の上だから、言いたくなかったら言わなくてもいいんだけど、歳っていくつ?」


「別に大丈夫だよ。そういえば私達、お互いの年齢も知らなかったね」


「そうなんだよな」

二人で笑う。


「二十歳だよ」


「えっ、そうだったの!?僕も二十歳だよ」


「ええ!」

まさか同い年だったとは。

一つ下くらいかなと思っていた。


「ちなみにさ、誕生日は?」


「八月二十日」


「マジで!?それも僕と一緒なんだけど!!」


「ええええ!?」

こんな偶然あるんでしょうか。

驚きが隠せません。


「おいおい、まさか……血液型は?」


「A型だけど……」


「コンプリィート!!」


「本当に!!?凄いね!!」


「だな!僕もびっくりだ!」


まさか生年月日と血液型まで一緒だとは……。

暫くお互いに興奮していた。


そこで何かに気付いた様子の水崎君。

「どうかした?」


「いやさ、今日って何日だっけ……?」


「二十日だけど?」

デートの日だったから、よく覚えていた。


「今日僕らの誕生日じゃん!!」


「あっ、そういえば!!」

完全に忘れていた。

今まで生きてきて、さすがに当日まで自分の誕生日を忘れていた事なんてなかった。デートの日だという事しか頭になくなっていたからだ。


「二人の誕生日にデートって、こんな偶然あるんだな」


「本当そうだよね」


「誕生日、おめでとうございます」

座ったまま頭を下げられる。


「いえいえ、そちらこそ誕生日おめでとうございます」

私も同じく頭を下げる。


「ありがとうございます」


「私もありがとうございます」



――ミンミンゼミの鳴く声が辺りに響く。



二人で大きく笑った。


「はぁ、おっかしい……。お弁当……食べよっか」


「そうだな、いただきます」



「……うわ、この卵焼き、甘くて美味しいー!」


「ふふ、それなら良かった」

不味くはなかったみたいで安心した。


「麦茶もどうぞ」

水筒から注ぎ、コップを手渡す。


「水筒まであるのか!ありがとう」


ここまで用意するのはおかしいのかな……?

経験がないから分からない。


「ごめんね、勝手にこんなに用意しちゃって」


「なんで?全然嬉しいよ。むしろここまでさせちゃって申し訳ない位だよ。水筒も重かったんじゃないか?大丈夫?」


「ううん、私も全然大丈夫。そう言ってもらえるだけで嬉しい」

ここまで準備してきて良かった。

水崎君の顔を見ていたらそう思えた。


「山下さんも一緒に食べようぜ」


「そうさせてもらおうかな」

サンドイッチを手に取り食べ始める。


「なんか山下さんってリスみたいだよな」


「リスって、初めて言われたよ」


「笑う仕草とか、動作とか、食べ方もハムハム食べてるし」


「それは馬鹿にしていると捉えてもいいのかな?」

ハムハムって。


「目が笑ってないですよ。大丈夫、褒め言葉だから」


「そんな褒め言葉聞いたことないんだけど」


「それも大丈夫、僕だって言った事ない」


「ふふっ、もう何それ」


「ほら、そういう笑い方がリスみたいで可愛いと思うよ」


「可愛いって、女性慣れしてるなぁ水崎君は」

水崎君はデートってした事あるのかな。

彼女はいた事あるのかな。

これを聞くのはさすがに無粋だよね。


「してないから」


「ホントかなぁ~」


「嘘ついてどうすんだよ。そういう山下さんだって、モテそうだし慣れてるんじゃないか?」


「それこそ全然だよ。私なんかの事を最初から好きになってくれる人は、相当の変わり者だね」最初からという言い回しをしたのは、実体験において既に経験済みだから。


「じゃあきっと、山下さんの周りは変わり者だらけだと思うよ」


「ええー、私は普通の人が良いなぁ」


「それは矛盾してるな」


「矛盾はしてないよ」

そう、矛盾はしていない。

私から普通の人を好きになれば矛盾はしていない。


「ふーん、モテそうだけどなぁ」


「水崎君、モテそうだと思われるのと実際にモテるのは、似て非なる事なんだよ」


「あ、それは分かる。良い人だからモテそうなのにと言われる事と、実際にモテるかは別の話って事だよな」


「そういう事」


「現実は世知辛いよなー」


「そうだねぇー」


二人して右手を目の上にかざし、太陽を見上げた。


「今日も暑いけどさ、変に蒸し暑くなくカラッとしていて気持ちいいね」


「そうだな、こういう一時ひとときって大事だよなぁ」


スーッとした風が吹き抜ける。


「癒されるねぇ……」


「まったくだ……」


こういう空間て好きだな。

こんなに気を遣わないでいられる人が他人で、ましてや異性でいるなんて思いも寄らなかった。やっぱり私、水崎君の事が好きなんだなぁ……。まだお昼ご飯を一緒に食べて話しているだけなのに、こんなにも嬉しく思える。今日という日がここから始まらず、ずっとこうしていたい位。この先もこういう日常が当たり前になったらな……。今日でこの関係が終わってしまうかもしれないと考えると、そう思ってしまう。


一頻りひとしきり自然のヒーリングを楽しみ、水崎君が口を開く。

「今日この後なんだけどさ」


「うん」


「遊園地に行こうかと思ってたんだけどどうかな?」


「考えてきてくれたの?」


「まぁ、在り来たりで悪いんだけどさ」


「ううん、考えてきてもらえるのって凄く嬉しい」


「そう言ってくれるなら良かった」


「やっぱり慣れてるんじゃない?」


「だからそれは違うって」


「実体験から学んだとか?」


「……何言ってんだよ」

今、間があったような……。

否定もしないし。


……深く考えるのはやめよう。

段々嫌な女になっちゃう。

水崎君モテそうだし、それはデート位した事あるよね。



――私って結構、嫉妬深いのかな。

ハァ……。自分の嫌な一面を見つけちゃったなぁ。


気分を入れ替えなきゃね。

お弁当を食べ終え、二人で駅へと向かい歩き出した。

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