第6話 006 ハンカチのようなモノ

 

 川を離れて、濡れた手を振って水を切る。

 

 「ハンカチは?」

 花音が尋ねた。


 「持ってない」

 そんなのを持つ習慣がそもそも無い。


 「男の子は、これだから」

 やれやれと、そんな感じで首を振る。

 そして、ポケットに手を突っ込んで。

 「あ! さっき……使ってしまったのだわ」

 そして、また赤くなる顔。


 成る程……川下の川辺に在るで有ろう、生暖かい一物の上にでも乗っかっているのか……。


 花音は、気を取り直したのか?

 慌てて誤魔化そうとしたのか?

 黄色い鞄に手を突っ込んで探る。

 マリーの鞄、うまく入っていれば良いのだが。


 花音の顔が綻んだ。

 見付けたようだ。

 流石、マリーちゃん横柄な態度では有ったがやはりに女の子だ。


 ハイと渡して来たモノは白いレースの付いた綺麗に折り畳まれた布。

 ソレを受け取って、適当にはたく様に手を拭いて、そのまポケットに押し込んだ。

 まだ顔の赤い花音に気遣っての事だ。

 自分のハンカチの成れの果てが早くに忘れられる様にと。


 そして、また歩く。

 今度は川に沿って。

 もちろん川上に登るように。

 その意味も有る。

 平地の川だ、その側には家も在るだろう。

 そう考えたのだ、人が居れば何処かに連絡手段が……。


 あれ?

 「花音……スマホ」

 電話が有るじゃ無いか。

 俺のスマホは電池切れで使えないので、その存在を忘れていた。


 花音はスマホを取り出して画面を見せた。

 「ズッと圏外なの」

 ショボくれた顔に成る。


 「ああ……田舎過ぎるのかな?」

 まだ繋がらない場所が在るとは、それも驚きのひとつだが。

 俺が気付く前に、既に試していたのが凄い。

 花音が賢いと言うよりは……俺がアホなのだろうが。

 

 「でも、花音って小学生だろう? 今の小学生は羨ましいね、スマホが持てるなんて」

 俺の小学生の時は、スマホなんて言葉も知らなかった。

 有ったかどうかも怪しい。


 「これ……お母さんの」

 もう一段とショボくれる。


 おっと……まずい事を聞いた。

 そこに地雷が有ったのか。

 辺りをキョロキョロと探って。

 「あそこの大きな木の下で、少し休憩しよう」

 先に見える、川辺の土手の上に立つ一本の木を指差した。

 どうにか誤魔化さねば。


 「あれ? 人が居るよ」

 俺の差した木に重ねて指差す花音。


 「ホントだ」

 良く見れば、木の根元に人が座って寄り掛かっている。

 「良く見付けられたね」

 

 「私、目が良いの」

 胸を張る花音。

 「クラスでも半分の子は眼鏡だし、眼鏡を掛けて無い子もそんなに目が良い事も無いのよ」

 

 つまりはクラスでも一番に目が良いって事を自慢したいのか。

 成る程、可愛い自慢だ。

 だがそれは良いとして、これで助けを求める事が出来る。

 「行ってみよう」

 はやる気持ちが足のリズムを早めた。

 それは、花音も同じようだ。

 小走りに俺よりも前に出る。

 


 

 近付くにつれ……イヤな予感がしてきた。

 その理由は、木の下に座る男の格好だ。

 俺と同じくらいの歳か少しだけ上か? 見た目の年齢はそんな感じなのだが。

 その着ている服が……古臭い。

 袖のダボ付いたシャツ手首は紐で止めてある。

 首元は紐タイ。

 上着はベストのような、それでいて長めの裾。

 ズボンはピッチリとしたタイツ。

 靴はガボガボの長靴。

 何かの仮装か?


 「なんか……絵本の中の王子様みたい」

 花音の感想。


 成る程……格好だけはその通りに見える。


 「やあ……」

 先に声を掛けて来たのはその男の方だった。

 「声がすると思えば人だ……これは有難い」


 有難いとは、俺が言うべき台詞だ。

 だが、その理由は近付くにつれてわかった。

 明らかに具合が悪そうだ。

 「どうかしたのか?」


 「ハハハ……」

 力無くに笑う男。

 その顔色は紫色に血の気が引いている。

 「魔物にヤられましてね……毒を食らってしまいました」


 魔物? またおかしな事を言うヤツだ。

 だがこの苦しそうな様は、演技でも無いと一目でわかる。

 放って置ける状態でも無さそうだ。


 「魔物……蛇にでも噛まれたのか?」

 

 「いえ、蜂のモンスターです」

 

 大きいスズメバチか何かか。

 ややこしい言い方をするヤツだ。

 「それはこの辺りに居るのか?」


 「もう、退治はしましたが……他の魔物はいるかも知れませんね」

 

 「蜂は居ないのだな?」

 面倒臭い。


 「ハイ、もう居ません」

 頷いて、続ける。

 「毒消しとか……お持ちでは? 有れば売っていただけると有難い」

 そう言いながら、懐から銀色のカードを取り出した。


 血清か何かの事か? そんなのは持っている筈もない。

 俺は医者じゃあ無いんだ。

 その本物の医者だって普段は持ち歩かないだろう、そんなモノ。

 「無い」

 一言で済ませて首を振る。


 「そうですか……では、お願いが有ります聞いてくれませんか?」

 明らかに落胆の表情だ。

 持ち歩いて居ると本気で思っていたのか?

 

 「この先に村が在るのですが……そこで買って来てくれませんか? 見ての通りに痺れが酷くて歩けないのです」

 もう一度、カードを差し出し。

 「お金は先払いで払います……もちろんお使いクエストの報酬にも色を着けてそれなり以上にです」

 

 また、変な事を言う。

 

 「わかった、村だな」

 そして、手を差し出した。

 前金でくれると言うのだ、貰っておこう。

 俺の持ち金では心許ないかも知れないし。


 「あの……カードは?」

 男が苦笑い。


 「カード? ……クレジットか? キャッシュか?」

 ローンカードは元々持っていない。

 だが、ソレを今出して何に成る。


 「ああ……成る程……」

 何かに納得の表情。

 「転生者でしたか……だから急に魔物が活性化したのか、何処か近くにダンジョンでも現れたと、そう言う事か」

 

 怪訝な表情に成る俺の顔を伺い。

 話を続ける。

 「私も、転生者なのでその感じ……良くわかります」

 笑っている。

 「最初は戸惑いますよね、信じられないと言うか……信じたくないと思うか」

 

 わけのわからない話は聞き流しておこう。

 

 「……」

 少し考えている男。

 「魔物には出会いましたか?」


 妙な質問だ。

 「いや……殺人鬼には会ったが」

 少しイラついて考え無しに言葉が出た。

 花音を覗く。

 反応はしていない……良かった。


 「そうですか、出会わずにここまで……運が良い」

 

 「さっきから魔物とか? モンスターとか? そんなのが居る筈もないだろう」

 蜂の毒でおかしく為っているのか?


 「アレの事?」

 花音が指を指す。


 その先に、蠢く透明な丸い物体が居た。

 

 「あれは、スライムですね……弱い魔物ですが、今の私達には危険かも」

 そう言って腰の辺りから拳銃を取り出した。

 

 一瞬、ドキリとしたが。

 その見た目が少し、知っているモノとは違う。

 リボルバーでは無いし、自動小銃のような形だが銃先がリボルバーのような丸い筒、自動小銃のように後半部分だが丸いボルトのようなものが二つそれが後方最後に耳のように付いている。

 オモチャか? 金属製では有るがリアル差が欠けているようにも感じた。

 だがいい大人が持ち歩く物でもない。


 その丸いボルトを上に引く、繋がった金属の棒が尺取り虫のように付いて動く。

 狙いを定めて……引き金を引いた。

 

 炸裂音。

 薄い煙を胴体に纏い、金属の小さいモノを上に吐き出した。

 それと同時に、スライムが弾け飛ぶ。


 「スライム相手に大袈裟だけど……動きが制限されているから仕方無いね」

 笑っていた。


 俺は呆気に取られて、落ちた鉄の何かを掴む。

 「熱い!」


 「撃って直ぐの薬莢は触ると火傷するよ」

 

 見れば、空薬莢。


 「本物?」


 「ああ、これはルガーp08って言う銃」

 当たり前のように答える。


 「もう一匹来るよ」

 花音が伝えてきた。


 炸裂音と共に先程と同じように弾けるスライム。

 「これで大丈夫だ……スライムは二匹でテリトリーを持つからもう出てこないよ」

 

 「本物……」


 「本物」

 笑って答える男。

 「スライムも銃も」

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