第4話 004 お爺さんと孫娘


 話し声がする。

 朦朧とした意識の中で誰の声だろうと考える。

 聞いた事の有る女の子の声。

 最近の筈だ。

 ……。

 パチパチと木のはぜる音に紛れている。

 焚き火か?

 そんのな事をしたのはいつ以来だろう?

 寒くて……固くて……冷たい……ここはどこだ?

 ……。

 ガバッと半身を起こして。

 「殺人鬼は?」

 辺りを伺う。

 そこはショッピングモールの中庭? そんな感じの所。

 もちろん屋根も在る。

 そんな場所で焚き火を囲んでいるお爺さんと少女……そして命の恩人の娘の背中が見える。

 にこやかに談笑している。

 

 「あら起きたわよ……お父さん」

 少女……確かマリーと呼ばれていたな、が娘に声を掛けた。


 こちらを向いた娘の顔がパッと花が咲いた。

 「何処?」

 キョロキョロと。


 「花音ちゃんって……面白いわね」

 俺の側にやって来たマリーが俺の身体を触る、いや診察か? 手付きが妙に慣れているまるで医者か看護士だ。

 「うん、問題無さそうね」


 背中が痛いが、それは冷たいベンチに寝かされていたせいだろう。

 「花音って? それは誰の事だ?」


 「頭でも打ったのかしら?」

 渋い顔に成るマリー、俺の額に手を当てた。 

 「あなたの娘の名前でしょう?」


 「いや……俺は独身だし、子供も居ない」

 

 それを聞いたマリー、首を振りながらに娘を目の前に連れて来て。

 「あなたの娘の久留戸花音ちゃん」

 娘はまだキョロキョロとしている。


 成る程、勘違いか。

 「……そんな名前だったのか、久留戸って珍しい名字だね」


 「でしょう、お父さんが言うには千葉に多いんだって」


 「へえ、君は千葉の子か?」


 「違うけど、お父さんが千葉なの」


 側で聞いていたマリー、少しビックリ顔で。

 「あれ? 違うの?」


 俺は頷いて。

 「他人だよ」


 「あんなに必死に守っていたから、私てっきり……」


 「あんな場面に遭遇すれば誰だって、小さな女の子を守ろうとするさ」

 ましてや、命の恩人の子。

 「……! 殺人鬼は?」


 「アイツは取り逃がした」

 焚き火の前に座り込んでいるお爺さんが口を開いた。

 「もう少しだったんだがな……」

 そう言って懐中電灯を投げて寄越した。

 俺のだ。

 これを拾って来たと言う事はやはりあの場所に辿り着いたのか。


 いや、ソレよりも逃がしたと言ったな!

 「まだ近くに居るのか?」

 もう一度首を巡らした。

 注意深く、見落とさないように。


 「もう、居らんよ」

 軽い笑いで返す。

 「ここらに生きている人間は、ワシ等くらいだろうし……もう用も済んだ所に長居をするような事はせん……あの河津ってヤツは」


 「河津?」


 「刀を持っていたヤツの事だ」


 「知り合いなのか?」


 フッと笑い。

 「もうなん十年も殺し合いをしている仲だ」


 殺し会い? 何を言っている?


 「河津ってのは、時と空間の魔王なのよ」

 マリーが補足をするが、わけがわからん。

 魔王ってなんだ?


 「因みにワシは魂の魔王じゃ」


 「じゃって、骸骨みたいな喋り方に為っているわよ」


 「今の歳的にはそんな感じの方が似合うじゃろう?」

 高笑いの爺さん。


 「確かにね」

 それに笑って返すマリー。

 「因みに、元国王で勇者でも有るのよ」

 俺に向き直り、そう言って爺さんを指差した。


 何の話だ? 

 国王で勇者?

 馬鹿にされているのか?

 ……。

 それとも、心の病気か?

 何処か近くにソレ系の病院でも在って逃げ出したとか?

 どちらにしてもマトモでは無いのは確かだ。

 こんな町中の広いとは言っても建物の中で焚き火をするくらいだ、マトモな神経の筈がない。

 さっきの殺人鬼といい、この街はどう成っているんだ。

 人が少なくとも二人は死んでいるのに騒ぎにも為っていない。

 町中がオカシイのか?


 そんな事に頭を巡らしている俺を、爺さんとマリーがニヤ着いて見ていた。

 

 「まあ、ユックリと考える事だ」

 手をヒラリと振って。

 「ワシは少し寝る……疲れた」


 「そうね、どうせ朝までは動けそうも無いし」

 その爺さんの横に座ったマリー。

 「続きは明日ね」


 俺はソッと花音を引き寄せて。

 眠そうにしている二人には見えないように小声で呟いた。

 「この人達はオカシイ……二人が寝たら逃げよう」


 チラリとマリーを見て、少しだけ悲しそうな顔。

 友達にでも為ったか?

 だが、心を許せるとは俺には到底思えない。

 「本当のお父さんの所に送ってあげるよ」


 「うん!」

 しっかりと頷いた花音。

 


 深夜。

 二人が寝静まったと見て、花音を起こす。

 俺の膝にもたれて寝てしまっていた。


 「行くぞ」

 口元に指を一本立てて。

 「静かにな」


 俺は立ち上がった。

 その瞬間にグラリと膝が折れる。

 うまく力が入らない。

 

 それを見てとった、花音。

 ユックリと歩いてマリーの側に行き、黄色い小さな鞄を取ってきた。

 幼稚園児が肩から掛けているそんな感じの鞄。

 そこから小さな小瓶を取り出して、俺の顔に近付ける。

 鼻の奥をガツンと殴られたような強烈な臭い。

 思わず漏れそうな声をギリギリで飲み込んだ。


 「今のは?」


 「マリーちゃんに貰ったの、もし起きない時はこれで起こすんだって」


 成る程……気付け薬のような物か。

 だが、その効果は有ったようだ。

 足許もしっかりとしてきた。

 普通に歩けそうだ。

 「有り難う助かったよ」


 ニッコリ笑った花音、小走りにマリーの側へ。

 

 起こすなよと、俺も着いていく。

 熟睡している。

 子供だ一度寝れば中々起きないか。

 爺さんの方は気を付けねばいけないか……年寄りは眠りが浅いと聞いた。

 しかし、良く見ればおかしな格好の二人だ。

 マリーは赤い頭巾のようなモノを羽織り。

 爺さんは黒いローブだ。

 こんな服、普通に売っているのか?


 花音が俺の袖を引く。

 目をやれば頷いていた。

 声に出さない挨拶を済ませたのであろう。

 「行こうか」

 俺も囁き、頷いていた。

 

 「シー……」

 指を口元に当てる花音。

 起こしては面倒だとは思っていない風なのだが……そんなルールの遊びの積もりなのだろうか。

 まあ、今はそれで都合が良いのだが。

 もう一度頷く。


 その時、下げ目線の端にさっきの黄色い鞄が目に入る。

 マリーの側に転がっている。

 挨拶のその時に置いてしまって忘れたのだろう。

 だが今はそれを声に出して注意も出来ない。

 後で渡してやろうと拾っておいた。

 起こさない様にと……そおっと。

 そして、花音に向き直る。

 なにやらキョロキョロとしている。

 そして、俺が見ているのに気付いたのか、指をアッチと差した。

 その方向はたぶん、このショッピングモールの出口なのだろう。

 二人してそちらに歩き出した。



 暗闇のショッピングモールを抜けた。

 だが、そこも暗闇の中。

 月も出ていない闇夜の街。

 建物からも出たのだ、もう大丈夫だろうと懐中電灯を取り出してその街に入る。

 しかし、灯りの無い街と言うものは随分と違和感が在る。

 両脇に立つビルはビジネス街と見れば納得も出来るが。

 街灯も信号の消えている。

 もちろん人っこ一人として見付けられない。

 「街ごと、停電なのか」

 長い停電だ。

 発電所に事故でも有ったのだろうか?

 人も居ないし……その発電所は原子力発電所? 町中で避難とか?

 少し、恐ろしい想像をしてしまった。

 それ程に静かさが異様なのだ。


 俺は花音の手を握り。

 花音も俺の手を握り締める。


 二人して夜の街を懐中電灯一本でとぼとぼと歩いた。

 目指したのは灯りの在る場所。

 電気の復旧している所……もしくは、端から停電していない場所。 

 そうすれば電車なりも使えるだろう。

 まともな交通手段が有れば、花音を無事に送り届けてやれる。

 だが、それも気が重いのだけど。

 花音の父親に母親の死をどう説明する?

 ……。

 家の前に置いて帰るか……。

 ……。

 それも無責任か……。

 ……。

 家の前で考えるか。

 なんなら近くの交番にだっていいかも知れないし。

 見付けられればだけど……。

 「家の近くに交番て在る?」

 何とはなしに聞いてみた。


 「無いと思う」

 首を振る花音。


 「そうか……あれ? 家って何処だ?」

 そうだ、何処の方角を目指せば良いのかがわからない。


 ポケットからスマホを取り出して。

 「ここ」

 と、指差す花音。

 画面には住所が書いて有った。

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