第33話 誘拐と学友

此の地域には交通信号機が二基しかない。一基は市場の前で馬車と人の接触事故を避けるために取り付けられた。もう一基は役所と警察署の間だ。


初雪は十月の中頃。十一月はみぞれ混じりの雪も降る。古い石畳の道は未明のうちに雪が積もり、昼には溶けて凍りつく。タイヤが滑りやすく運転技術を要する。


ラルポアのイスパノスイザ・アルフォンソ十三世の後ろを、ぴったり三台のフォードが尾行て来た。


アルフォンソ十三世のカスタム・コンパーチブルは人口二十万の此の地域でもアントローサ家のイスパノスイザだけだ。人違いではない。


通行人に気を付けながら、出来うる限りスピードを上げて帰宅コースを変更し、警察に向かう。三台のフォードはしつこく追って来る。


「あ、ラナンタータ。あれはお友達かな」


ラナンタータの学友の乗った車が数台、フォードを追って行列になっている。


三台のフォードのうち一台がもう一台のフォードに幅寄せを仕掛けた。


「うわあ、綺麗な人だぁ。ラルポアの恋人じゃない、あの女の人。ショーファーが怖い系だけど……」


真後ろにいたフォードが街灯に激突した。残ったフォードの女が笑顔で手を振る。ラルポアがスピードを落とす。脇に来たフォードから女が叫んだ。


「カナンデラに借りがあるのよ。暫くあんたたちを護衛するわ。停めて」


女のフォードが路肩に寄せて停まる。ラルポアは離れて前方に、エンジンをかけたまま停車した。他の数台の車が回りを取り囲む。


「「「ラナンタータ、大丈夫」」」


十四、五才の学友たちが車から降りてラナンタータとラルポアのアルフォンソ十三世を囲んだ。ラナンタータの見覚えのない顔もいた。


「だ、大丈夫。有り難う。でも、どしたの、みんな」


「どしたのって、誘拐されそうだったじゃないの」


制服のない古くからの寄宿舎付き学園は教会経営だが、生徒たちの親の金持ち自慢の場になっている。


「私たち誘拐にはみんな敏感なのよ」


各々に贅を纏ったお嬢様たちは、毛皮の下は華やかだ。


「誘拐されたことあるの」


ラナンタータは目を丸くした。


「ぇ……誘拐って、そんなポピュラーみたいに……」


「ポピュラーよ」


金持ちは金持ちなりの問題を抱えている。


「私たちみんな狙われてるわ」


「だから助け合うの」


ラナンタータは納得した。


「ありがとう、みんな」


ラナンタータの片方の頬が痙攣る。微笑んだのだ。ラルポアが重ねてお礼を言う。


「有り難うございます、お嬢様方。お陰で助かりました。これからもラナンタータを宜しくね」


ラルポアは自然に微笑み、女の子たちが歓喜の声を上げる。


「ラナンタータ、羨ましい。素敵なショーファーで」


「私の処は厳つい元警察官なの。ボディーガードだから仕方ないけどね」


「道ならぬ恋に憧れているのにね」


ガールズトークは立ち話にも花が咲く。


後ろのフォードからやって来た女は、黒のプリム帽と虎の毛皮に赤いワンピースドレス、三連真珠のネックレス、革のブーツの出で立ちだ。


「お嬢様方、お話中、悪いんだけど……」


それを合図に学友はラナンタータに手を振って各々の車に戻り、列になって去って行く。


「ラルポアさんね。そしてラナンタータお嬢さん。私はジョスリン。ジョスリン組って知っているかしら。今朝、カナンデラ・ザカリーに危ない処を助けてもらったの」


女は真っ赤なルージュの唇に茶葉色のリトルシガーを咥えて火を点けた。ラナンタータはラルポアにちらりと目を合わせる。


「カナンデラは私の従兄です」


「知っているわよ。だから、あんたのことを護衛しなきゃならないの。あいつに言われたのよ。もしかしたらあんたがグァルヴファイレスに狙われるかもって」


腕組みした片手の指にリトルシガーを挟んで、煙を吐き出す。


「カナンデラが……」


「そうよ。カナンデラ・ザカリーの予想が当たったわね。あいつらはグァルヴファイレスよ。カナンデラが捕らえたボスと身柄取引する為に、あいつらがあんたを狙うだろうってさ。ポロの試合なら勝ち逃げする処よ。はっはっは」


後ろの激突車をジョスリンの手下が拳銃片手に囲み、三人の男を引きずり出す。


「あいつらを警察に連れていかなくちゃ。あんたが追われていたことを、自分の口で父親に証言してくれれば話は早いと思うわよ」


「ジョスリンさん。僕たち一緒に行きますよ。狙われる経緯を詳しく知りたいし。良いよね、ラナンタータ」


「うん。カナンデラが関わってるって、何だか面白そうな話だ」


「ふふ、期待して良いわよ、凄い話だから。駆け出し刑事にカナンデラみたいな奴がいるなんて、此の国も捨てたものじゃないわね」














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