第30話 世界を変えよう

銃弾の弾ける音が変わった。派手な高速のリズムで硬質な反発を奏でる。しかし、室内の音ではない。耳を澄ませる。


「手を上げろ。お前ら、セラ・カポネの奴らだな。おい、全員捕縛しろ」


わらわらと人の気配が激しくなる。逃げ出した男が事務所の階段に走り、踊場を回って驚く。2階の階段に腰かけたカナンデラが拳銃で狙っている。男は持っていた拳銃を足元に置き、両手を上げて後ろ向きに階段を降り始めた。


「ちゃんと向こうを向いて降りろ」


男はチッと舌打ちしたが、そのまま大人しく階下に降りて捕縛された。



警察車両が到着したときはガラシュリッヒ通りは綺麗に掃除が済んで、人通りも普段と変わらない様子だった。


アントローサ警察が階段を駆け登って来た。廊下の、縛り上げられた男たちを尻目に部屋に駆け込む。


「ラナンタータ、無事か」


ラナンタータは箒で床を掃いていた処を、いきなり現れた父親にがっしり抱き締められた。


「私は無事っ。でも硝子が……」


カナンデラのトレンチと一緒にラナンタータのマントとラルポアのインバネスコートが、外気を防ぐ目的か、窓を覆っている。


「窓ガラスか……証拠写真を撮ろう。風邪ひかないようにマントを着なさい。それと……廊下の男たちはお前の仕業か、ラナンタータ」


割れた硝子を片付けていたカナンデラとラルポアも、動きを止めてアントローサ警部を見ていたが、カナンデラは大きく何度も頷く。


「な、ラナンタータ。芸術も行きすぎるとな……」



雪積もる郊外の小屋で、捕縛された男たちが縛られた両手をフックに掛けられて、天井から肉のように吊り下げられている。息が白い。


かろうじて爪先が床に着く程度には高さを調整してあるから、並んで処刑を待つバレリーナだ。


キャデラックからシャンタンと側近ツェルシュが降りてくる。黒いプリム帽子のシャンタンは銀狐のコート。ポケットに手を突っ込んでいるが、スカートなら女かと思う。


「此処は牛の解体場だ。こんなところまで会長がお出ましくださったぞ。お前らは会長に楯突く気か」


ずらりと並んだ男たちの中央に立つ男が、床を鞭打つ。


「お、俺たちがあの探偵事務所を襲ったのは、アントローサに、モーダルを釈放しないと娘がどうなるか知らないぞと脅しをかける為だ。あわよくば拉致しようと思ったが」


「会長がオブザーバーとして懇意にしている探偵だぜ。会長の面子を潰す気か」


男たちの脹ら脛や太股に鞭が飛ぶ。運悪く股間に当たった者がいた。泡を吹いて気を失う。


「お、お、済まん。其処に当てる気は無かったんだが……ご免……」


鞭は止まったが、気を失った男の横にいた男は震えた。


「もっ、申し訳ありませんでした。いっそ一思いに殺してく」


「誰が殺すと言った。セラ・カポネの跡目相続に異論が出ている。此のままカポネズ・ファミーユに好き放題させてはおかんと上がお冠なのだ。お前ら、ガラシュリッヒと抗争するつもりがないなら自首しろ」


「「「「自首……」」」」


「心配するな。綺麗になって戻って来たらガラシュリッヒで拾ってやる。カポネズ・ファミーユがいつまでも存在すると思うな」



アントローサ警部はカポネズ・ファミーユのガサ入れを強硬した。娘ラナンタータを狙う者は許さない。


国際詐欺事件と探偵事務所襲撃事件が繋がった。犯人たちが自首してきた市街地銃撃戦、其の始まりとなったオイラワ・チャブロワ殺人事件と橋上の銃撃戦も全てが一度に解決した。


アントローサ警部は警視総監賞を貰ったが、気分は晴れない。


ザカリー探偵事務所は、マフィアの慰謝料で特注品の分厚い強化硝子二枚重ねの窓にリフォームした。襲撃賊を捕らえて国際詐欺事件の解決に寄与したと新聞に載り、警察から報償金も出た。


「賊を捕らえたのはラルポアなのに、カナンがインタビュー受けてダンディーな探偵って書かれてる。マフィアのヒモなのに」


「こ、こら、悪魔。ヒモとは人聞きが悪い。おいらは真面目な探偵だから。ね、ラルポア。悪魔ちゃんは寒いんだって。そうだよね、ラナンタータ」


「違うんだよね、ラナンタータ。ラナンタータは本当はアルビノの国に行きたいんだよね」


「うん。私はアルビノの国を作る」



毛皮に埋もれたイサドラが、若い家政婦に言った。


「エイマ。此の、ザカリー探偵事務所襲撃事件の新聞記事も切り抜いてスクラップしてね。とても素敵な人たちなの。いつかあなたにも会わせてあげるわ」


イサドラは、どこまでも平行線のまま続く二対の線路を思う。ラナンタータの進む線路は天使の集う光、己の進む復讐の線路は深い闇。



シャンタンは頬杖をついて新聞の写真を眺めた。


「会長、ザカリー探偵は写真映りがいまいちですね。本人の方がダンディーですよね」


「うん……あ、いや、そ……確かにダンディーだけど」


「おお、嬉しいことを言ってくれるじゃないか。待たせたな、俺様がダンディー探偵カナンデラ・ザカリーだ」


ノックもせずに会長室のドアを開けてウインクするのは単細胞だけだ。


「みんなで一緒に世界を変えようぜ」






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る