第3話 結婚式に出席する為に大騒ぎ



話は案外、単純だ。


1927年夏。ラナンタータの学友アンナベラが、従兄の探偵カナンデラ・ザカリーのキューピッド役でザカリー家の親戚になる。


「花嫁はアンナベラ・ザカリーになるわけだ。まだ19才なのに……」


言外に『可哀想に……』と含めて名車アルフォンソの革のハンドルを握るラルポアはため息をついた。


ラルポアの金と栗色の上手い具合に混じった甘い色調の髪に、粋なストライプのモカのツイード・ジャケットはよく似合う。今日はピンクの蝶ネクタイだ。


其の出で立ちに黒いサングラスはどうかと思うラナンタータだが、ラナンタータにしてもカナンデラにしても、遠乗りにはサングラスを掛けるのが常だ。


コンパーチブルのアルフォンソ13世の速度を制限しながら、古い石畳の道を走る。


ラナンタータはお世辞にもファッションセンスがあるとは言えない。アルビノの白さを隠す為の黒マントは春夏物もあり、ラナンタータのトレードマークになっている。春夏はかえって目立つ黒マントだが、ラナンタータとしてはマントの下に着る衣服に気を使わないで済むせいか、無頓着になる傾向が甚だしい。カナンデラやラルポアにお下がりをねだることもあった。


『お前、男装の麗人を気取るには痩せすぎだろう。サイズが違いすぎる』

『子供が大人の服を着てるみたいだ。ラナンタータ、ジョルジュ・サンドは諦めた方がいい』

『ジョルジュ・サンドになりたい訳ではない。私はまだショパンに出会っていない。男服が機能的でいいんだ。女物は長ったらしいスカートだけだから』


等とやりあうのも、1920年代の女性物のファッションがまだ女性の動きを封じる作りになっているからだ。出来ればホットパンツやバミューダ等の形状を望むのだが、時代はまだそこまで開かれておらず、美しさ先行の機能性二の次の女性服に、ラナンタータは不満たらたらだ。


しかし、今日のラナンタータはわざわざフランスまで行ってカナンデラとラルポアに選んでもらったオートクチュール。パリ・コレクションに参加した有名デザイナーの、紫色の裏地に透かし編みの硝子細工を思わせる細身のロングドレスに身を包んでいる。


「しかし本当に可愛い。可愛く見える。悪魔には見えない」


普段は助手席に座るカナンデラが後部座席に遣られたのは、訳あってラナンタータに助手席を奪われたからだ。


「私は天使と間違われるよ」


アルビノの肌に髪も睫毛も真っ白な美しさは、どうかするとこの世のものではない。


「見かけだけはな。俺の指定席を奪いやがって」


カナンデラは毎日のようにラナンタータの毒舌に晒されているせいか、小さな復讐を怠らない。


「しかし本当に良く似合う。お人形さんみたいだよ、ラナンタータ」


ラルポアが運転席からちらりと視線を流し、ハンドルを切った。


「私は動かなければ人形と間違われるよ。マヌカンにならないかと言われた時、一緒にいただろう」


1927年まで実際に17年も続くパリコレだが、パリのブティックで其のステージを歩いてみないかと言われたばかりだ。当時はまだモデルという呼び方はなかった。フランスではオートクチュールの店のマヌカンがショーに出ていた為に、第二次世界大戦後までモデルという職業は確率されていない。


「人形とマヌカンは違うよラナンタータ。人様の前で美しく歩くのは難しい。しかしアルビノの美しさを、人形のようなものとして埋もれさせるには惜しいと神様も思っているんだ。だから、マヌカンの声がかかったんだろう」


「ラナンタータ、勘違いするな。ラルポアは単にいい奴なんだ。甘いマスクだから其処ら辺の女が行列作って順番に卒倒してるぞ」


「勘違いなんてしないよな、ラナンタータは。女性が僕に優しいのは高級車アルフォンソに乗ってるからさ。僕の車ではないんだけどね。ラナンタータ、其のチョーカーも良く似合うよ」


ラナンタータの首を飾るチョーカーは真珠で囲まれたカメオで、貝のレリーフは女神を象っている。


「似合う、似合う。惚れ惚れする。しかし其の頭は……」


カナンデラがラナンタータの髪に言及するのは尤もな理由からだ。3人であんなに騒いで決めたドレスだったが、ラナンタータは今朝になって、水溶性の黒い絵の具を髪に塗った。アルビノ隠しのつもりだった。


「なんてこった。アルビノのお前が大好きなのに。大体お前は自分の価値を知らなすぎる」


「私は、花嫁よりも目立っちゃいけないと思っただけだ」


「ラナンタータ。例え花嫁より目立っても隠さず堂々と自由に生きてほしい。僕がガードするよ」


「ラナンタータ、勘違いするな。ラルポアは仕事だからな。アルビノのお前だから守るんだぞ」


黒塗りの髪は却って逆効果だった。ファンデーションでも隠しきれないラナンタータの肌色を、粉を被ったように浮き上がらせる結果になった。


「今から行く村はどのくらいの規模。人口とか」


話題を変えた。


「出稼ぎ労働者を雇うくらい裕福な村だから、人口200人くらいはいそうだな」


「カナンデラの親戚って、領主だったんだろう」


「100年前はね。ドラキュラくらいヤバい領主だったらしい。しかし、新郎新婦は其の古い館でプチ・ホテルをやりたいと言っている。何を考えているんだろうね、今の若い奴らは……」


カナンデラは内心誉めてやりたい気分だが、プチ・ホテルの経営に対する予見はない。儲かるのか破綻するのか予測できない。


「カナンデラだって十分若造だ」


珍しく助手席を陣取ったラナンタータは、後部座席のカナンデラを振り返り、皮肉を込めて片方の唇を吊り上げた。


黒い車体にサーモンピンクの座席が気に入っている。フロントガラスの風防の役目は後部座席までは及ばない。ラナンタータは、いつもの後部座席では決め決めに編み込んだヘア・スタイルが崩れるのではないかと危惧して、カナンデラの指定席にちゃっかり座り込んだのだ。

しかし、助手席でも前のめりになっていなければフロントガラスの風防は髪を乱す。


カナンデラは仕方なく後部座席に腰を下ろした。


カナンデラ・ザカリーは27才になる元警察官だが、鶏頭牛尾の鶏頭を選び探偵事務所を開業して2年になる。これまで、従妹のラナンタータとつるんで解決した事件は数えきれない。


最近は何処もかしこもリンドバーグが大西洋横断した話題で持ちきりで、カナンデラも行き付けのバーのカウンターでバーテンから『チャールズ・リンドバーグ』というカクテルを勧められたりする。


ドライジンとキナ・リレとアプリコット・ブランデーとオレンジジュースのカクテルだが、ラナンタータがキナ・リレは飲むなと反対する。キニーネに似た中毒性があるらしいことを突き止めて、年上の単細胞に忠告したのだが、其の単細胞は大喜びで良からぬことを画策した。


裏社会の若き帝王シャンタンの目の前でバーテンダーよろしくシェイカーを振り、強制的に口移しで飲ませたのだ。熱烈濃厚なキスだった。シャンタンは血圧MAXに怒り狂って真っ赤になり、スミス&ウエッソンの22口径リボルバー6連発キットガンを発砲する処だった。


『おいおい、代門継いでまだ半年だろう。未成年者が物騒なもの振り回して早くも檻に入る気か』

『其処らに埋めてやるさ、覚悟しろ』

『んじゃ、埋められる前にもう一丁チューしておくか』


ザカリーは旅に出る前にシャンタンの手下にシャンタンへの贈り物を言伝てた。「この前はごめん。お詫びの印に愛を込めて贈る。君に似合うはずだ」とのカード付きだったから、シャンタンは訝りながらも『やっと俺様をドンだと認める気になったか』と喜んだ。

贈り物は、ピンク地に白薔薇レースの高級ブラジャーとセクシーショーツのラブリーセット。どや顔のシャンタンは、其の箱を手下の前で開けてしまった。怒り・MAX。



ザカリーは能天気にもシャンタンの喜ぶ顔を想像して……当のシャンタンは髪を振り乱し日本円で200万もする絵画に5発の弾を撃ち込んで『カナンデラ・ザカリーめ。この俺様を誰だと思っていやがるんだ。糞お、18才だと思っておちょくりやがって』と叫んで肩で息をしていたのだが……能天気の単細胞はドライブの道程を始終浮き浮きと頬を緩めている。キットガンの残りの1発が帰りを待っているとも知らずに。




西日で金色に輝く村に到着すると、結婚式は既に始まっていた。溢れるほどの花で飾られた広場のフォークダンスの輪から、花冠の花嫁と新郎が迎え出る。さすがに19才の花嫁は初々しさも可憐さも其処らの花を押し退ける。ザカリーとラルポアは相貌を崩し、挨拶のハグのあと村の女性陣に引っ張られ、にこやかにフォークダンスの輪に入った。



花冠の花嫁アンナベラは、ラナンタータの手を握って微笑む。柔らかなシフォンを幾重にも重ねたスレンダータイプのウエディングドレス。胸元は手編みのレース。軽やかな妖精のように美しい。


「久しぶりね、ラナンタータ。来てくれて嬉しいわ。私たち親戚になるでしょう。今夜はゆっくり語り明かしましょう」


ラナンタータは眉を顰めて身を引いた。アンナベラが黒マントを脱がせる。繊細な硝子の錯視を見る人に持たせるドレスに、白いロンググローブで二の腕まで覆うスタイル。それに手持ちの藤色のショールを肩に掛けた。ラナンタータの本真珠で囲んだ豪華なカメオ・チョーカーに付いた3つの涙型真珠が揺れた。


「何を企んでいるの、アンナベラ。理由も知らずに初夜にお邪魔する訳にはいかない」


アンナベラはふっと笑った。


「ラナンタータ、髪の毛が黒くなってもやっぱりあなたはあなたね」


ラナンタータは子供の頃から何度も命を狙われた。父親が有能な警部だったことと『アルビノ狩り』という忌まわしい風習のある地域が幾つもあることが重なって、ラナンタータは家庭教師を付けられて、貴族の娘たちが行儀見習いに入る教会付属学園の寄宿舎暮らしを経験せずに済んだ。ラナンタータは14才で8学年生クラスに編入して、アンナベラと知り合う。


「ええ、目立ちたくなかったの」


ラナンタータの口は『花嫁のアンナベラよりも目立ちたくない』と言ったつもりだが、アンナベラの耳は『危険回避の為に目立ちたくない』と聞いた。


「じゃあこれを預けるわ。護身銃よ」


手編みレースの胸元からさらりと爪先まで流れるシルエットの裾を捲り上げて、太股のガーターベルトに挟んだデリンジャーを引き抜いた。レミントン・デリンジャー2連発銃は掌に隠し持てる小型の拳銃で、コンシールドガン(違和感無く隠し持てる銃)と呼ばれる。アンナベラの華奢な手には余るようで、人目を気にしてラナンタータに押し付けた。


「何故、こんな物を」


「今夜は黎明祭よ。知ってるでしょう」


アンナベラの薄茶の目が猫のように西日を受けて透ける。


「うん。横暴な領主を殺して、村人を悪政から解放した四人の旅人を讃える祭り。凄い歴史だ。来る途中でカナンデラに聞いた」


「其だけじゃないの。其の旅人を最初に迎え入れたのが新婚夫婦だったことから、新婚初夜の晩に旅人が訪ねる祭りになったらしいの。なのに、一昨日、妙な手紙が届いて、命に関わるから旅人を受け入れるなというのよ。結婚式と黎明祭はセットなのに」


「黎明祭抜きということではいけないのか。命に関わるからと云うのは黎明祭のことだろう。何故、デリンジャーを……彼は何て……」


アンナベラはフォークダンスの輪を振り向いて

「彼は……あら、彼がいないわ……」

と呟いた。

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