第七話「謁見」

 次の日。

 モリオ、アモス、アルガスの三人はラーン城の謁見の間にいた。


 左右に白い石柱が並び、王座まである赤いカーペット。

 壁や天井にはぎっしりと彫刻が施してあって、王座の後ろには大きなタペストリーが掛けられている。


 横には槍を持った四人の兵士。

 王の横には大臣の姿もある。


「そなたが異世界から来た男だな」

「はい。モリオといいます」


 モリオはアモスに言われた通り片膝をついている。


「こちらの事情に巻き込んでしまったことを許して欲しい。申し訳ない」


 ゼベルは座ったまま頭を下げた。

 大臣のカルドがすぐに「王! おやめください」と言っているがゼベルはさらに深々と頭を下げてから顔を上げた。


「そなたがこの国で暮らすうえでの生活は保障しよう。それと願いがあればひとつ聞こう。言ってみよ」


 誰もが固唾を飲んだ。

 王に頭を下げさせ、勇者ではないと落胆させたこの男が何を求めるのか。


「東区の奴隷商にいた少女を頂きたい」


 誰もが飲んだ固唾でむせそうになる。

 アモスも美容室開く店舗を欲しいと言うだろうと思っていた。

 しかしゼベルは違って真剣に耳をかたむける。


「ほう。女が欲しいと申すか。しかし、奴隷商にいるような少女が良いのか? そなたに似合う成人女性を紹介することだってできるのだぞ?」

「女が欲しいのではありません。僕はこの世界の詳しいことはまだ分かりません。しかし、我々と同じ人間があのような檻に入れられているのは見ていられませんでした。僕には妹がいます。

 もし自分の妹があのようなことになっていたらと想像したときぞっとしました」


「ふむ。よかろう。――カルド、兵の準備を」

「かしこまりました」


 カルドは四人の兵を連れて出ていく。


「我がラーン王国では人身売買を禁止している。今回はその少女をこちらで保護した上できちんとした身分を与え、その後そなたが引き取り人として少女を迎え入れよ。これでよいか?」

「はい」


「それと住居紹介所に足を運び、住む家を探すといいだろう。すでにこちらから申し出はしてある。好きな家に住むとよい」

「はい。ありがとうございます」


「こちらで少女の件が済み次第使いを送ろう。他になにかあるか?」

「いえ。ありがとうございます」


 こうして三人は城を後にして宿に戻った。


 モリオはアモスにこっぴどく叱られていた。

 王に向かって奴隷を欲しいとはどういうことじゃ。

 儂の面目はまるつぶれじゃ。

 ゼベル王でなければ許しはもらえなかったぞ。

 なぜ店を一軒貰わなかったのじゃ。

 おぬしは美容馬鹿なだけでなく本当の馬鹿なのか。と。


 アルガスがアモスをなだめなければ一日中説教を喰らっていただろう。


 アルガスは奴隷商にいた少女を実際に見ていたのでモリオの気持ちを理解できないわけではなかった。

 その帰りにもずっと気にしていたモリオのことも知っていた。


 次の日。

 曇天の中、使いの兵がモリオの元にやってきた。

 少女の保護をしたので迎えに来て欲しいと。


 モリオは使いと共に城へ向かった。

 案内されたのは侍従の住居であった。


 中に入ると一人の侍女が少女に衣服を着せていた。


 黒色のジャンパースカートに白いブラウス。

 髪は湿っている。

 目は死んだ魚のように生気を感じられない。


「モリオ様ですね。お待ちしておりました」

「お邪魔します」


 侍女は奥のテーブルに少女を座らせてモリオの元へ来る。

 黒のメイド服で黒い髪をポニーテールに縛っている。


「ひどい匂いがしていましたので体を洗わせていただきました。それと、衣服は布を被っていただけでしたので、娘の物ですが勝手ながら着ていただきました」

「ありがとうございます」


 モリオは日本式に深々と頭を下げた。


「ただ、靴だけはこちらにありませんでしたのでモリオ様がご用意ください」

「わかりました」


「それとこちらを預かっていましたのでお受け取り下さい」


 モリオはずっしりとした小袋を貰った。


「これは?」

「はい。当分の生活費と伺っております。足りないようでしたらお申し付けください」


 開いてみると大金貨が20枚入っていた。


「こんなに!?」

「最初は100枚入っていたようですが、カルド大臣の言いつけで20枚になったと伺っております」


「100枚!? いやいや20枚でもかなりの大金です。ありがたく使わせていただきます」


 侍女は神妙な面持ちで声を小さくして話す。


「あの子のことなんですが。まだ一言も発していません。お名前を伺ったりしたのですが……なにも。それと髪の毛を触ろうとすると逃げ出すようにして暴れました。きちんと髪を拭いてさしあげたいのですが、手を焼いていたところです」

「そうですか。あのー、少しここにいても大丈夫ですか?」


「構いません。私は外にいますので何かあったらお声かけ下さい」


 侍女は静かに外へ出た。

 モリオは少女の座るテーブルの向かいへ腰かけた。

 少女はテーブルの一部を見たまま動かない。


「ごめんな。君を勝手にこうしたのは僕だ。もしかすると君はずっとあの場にいたかったのかもしれない」

「…………」


「実は僕も自分の意思とは関係なくこの世界に連れてこられたんだ。魔王を倒せーってね。でも僕は剣も握れないし戦ったこともない」

「…………」


「僕は美容師って仕事をしてたんだ。この世界には無い仕事。美容師は髪を切ったり色を変えたりして人を美しくする仕事なんだ」


 少女がピクリと手を動かした。

 モリオは気づかないフリをして話を続ける。


「美容師ってかっこいい仕事なんだ。髪の毛のことで悩んでいる人の相談に乗って治してあげる。それだけじゃない、頭を洗ってあげたりマッサージしてあげたりもするんだ」

「…………」

 

「この世界の人は白髪ってあんまり気にしていないみたいだね。そこらへんを歩いているおばさんも白髪交じりでさ。でも僕の世界では違う。白髪は歳をとると生えてくるだろ? だから、白髪が出てくると女の人は自分はまだ若いんだ! って白髪を黒くしたり茶色くしたり。たまに紫とかの人もいるけどね」


 モリオは笑ったりもしながら美容師の話をさらに続ける。


「そういう女性の髪を染めてあげるのも美容師の仕事。白髪が綺麗に染まると皆嬉しそうに笑顔でお会計してさ。もしかするとその後、買い物に行ったのかもしれないし、友達と会って食事をしたかもしれない。もし白髪が見えていたら買い物に行くのも友達に会うのも恥ずかしい。でも髪を染めた女性は気持ちの面でとても強くなる。すごいだろ? 髪を染めただけで気持ちが変わるんだ」

「…………」


 モリオは手を組んで肘をテーブルにつく。


「美容師の僕は髪の毛で悩んでいる人の気持ちは物凄く分かる。毎日毎日そういうお客様とお話しもするからね。もしかすると君も僕と同じように髪の毛で悩んでいる人の気持ちが分かるんじゃないかな?」

「…………」


 少女は言葉を発しはしないが、モリオの目を見た。

 モリオは笑顔を崩さない。


「これを見てもらえるかな?」


 モリオは人差し指と中指を立ててピストルの形を作る。

 そして自分の顔に向けて風魔法を放つ。ずっと練習しているドライヤーの代用魔法。


 とても強い風を出しているので、モリオの帽子は真後ろに飛んでいき、髪の毛は全て風によって真後ろに流れていく。

 さらに、口に風が入り歯茎が全開の変顔になる。


 モリオは気にせずそのまま語る。


「ごればね、どらいびゃーっでいっでね。あぶばぶばばばばばば、がみのげをがわがずどぎにぶぶぶぶづがぶんだばばばば」

「…………ふふ」


 ここで初めて少女は小さく声を漏らしたがすぐに下を向く。


 モリオは風を止めた。

 変顔が解除されたことで少女は再度モリオを見る。

 モリオの指先は顔に向けたままである。


「今のはドライヤーっていってね。お客様の髪を」


 ここで風魔法を再度全開にする。


「がばばばばばばがしであげるのびづがぶんだばばば」

「ふふふ」


 少女は口を隠して小さく笑った。

 風魔法を止める。


「本当はこんなに顔に当てるように使ったりはしないんだ。今のはちょっとふざけただけ」


 少女はこくりと頷いた。笑うのを我慢しているのか頬が少し上がっている。


「僕は美容師だから髪の毛博士でもあるんだ。髪の毛のことは何でも知っている。例えば髪の毛を洗ったあと濡らしたままにしておくとどうなるか知っているかい?」


 少女は小さく首を横に振った。

 モリオは目を細めて声色を低くして言う。


「頭が臭くなる」

「…………」


「なんで臭くなるか知っているかい? 臭くなる原因はバイ菌だ。バイ菌は湿っているのが好きだから髪の毛で繁殖するんだ。さらに! そのままにしておくとカビも生えてくる。せっかくメイドさんに洗ってもらったのにまた臭くなるのは嫌じゃないかい?」


 少女は自身の濡れた髪を掴んでスンスンと匂いを嗅いだ。


 少女は理解していないが、ラーン王国の王族に仕える侍従たちが使っている洗髪剤の香り。

 少女は心安らぐ柔らかい香りだと感じていた。


 そして少女は初めて言葉を発する。


「ど、どうしたらいい匂いのままでいられますか」


 目は涙ぐんでいる。

 モリオは笑顔で答える。


「簡単さ! 乾かせばいいんだ。それに今君の目の前にはドライヤー魔法が使える髪の毛を乾かすプロがいる。そーだな。今回は特別に無料で乾かしてあげようかな」

「ほ、ほんとうに?」


「もちろん! だから君の髪の毛に触ってもいいかな?」

「う。だ、だいじょぶです。いい匂いのためならがんばります」


 モリオは立ち上がって少女の後ろに回った。

 少女は身構えるように椅子の上で体育座りをした。体は震えている。


 モリオは自分の左手首に風を当てて温度を調節し、優しく乾かしていく。


「どうだい? 怖くないだろ?」

「は、はい。だいじょぶです」


 モリオは髪に触れながら診断をしていく。

 少女の髪はかなり痛んでいた。ストレートヘアで少女の腰辺りまでの長さがある。

 表面の毛は少し色味が違っていた。内側より明るくなっている。


 髪の毛の状態というのは、その人の状況を物語ることが多い。さらにヒストリーでもある。


 色の違いは、雨に濡れて放置したり、長い間陽の光に触れていたことによる紫外線のダメージと色素破壊。

 毛先は枝毛になっている。これは紫外線と乾燥によるダメージ。

 中間はツヤが残っていて毛質もしっかりしている。これはキューティクルが残っているということだ。この中間が生えてきていた時期は健康で、しっかりとした食事を取っていた証拠でもある。


 そして根元から10センチ程の部分は急にうねりがある毛質に変わっている。さらに一本一本の太さがバラバラ。

 この現象をモリオは知っていた。


 過剰なストレスや妊娠などでホルモンバランスが崩れて起こる症状。


 10センチということは約10ヶ月間ストレスの掛る状態だったということだ。


 モリオの表情が険しくなった。

 こんな少女が10ヶ月もの間辛い思いをしたのだ。

 脱毛症を発症していないのが救いであった。


 しばらく乾かしていると少女の首がコクリコクリとし始める。

 そしてそのまま眠ってしまった。


 乾かし終わったモリオは外にいる侍女を呼びに外へ出た。

 曇天だった空からポツポツと雨粒が落ち始める。

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