第四話「ラーン王国」

 ナギナ村。

 ラーン王国の西に位置するパプア領の農村。真っ赤な根菜パプアディッシュの産地。


 モリオ、アモス、アルガスの三人はナギナ村で二頭立て馬車や食料を調達した。

 そしてラーン王国に向けて進む。

 道は馬車が走れる程度には整備されている。路肩は森だったり草原だったり畑だったり。

 途中他の村へと続く分かれ道があったりするが、ただひたすらに一本道。


 問題なく進み一週間が経った。

 小山の小さな峠道の頂上に着くと景色は一変した。

 ずっと自然続きだった風景からはかけ離れた緑色が殆ど無い都が広がる。


 石造りの建物がひたすらに続き、奥の方は霞によって見えない程。

 大きな川が蛇行しながら街中を抜けて右手に見える海に流れている。

 左手奥には大きな城。

 沈みかけの陽が街全体を赤く染め始めていた。


 モリオは馬車の前方から身を乗り出した。山頂の風により帽子を飛ばされそうになるが、すぐに手で押さえた。


 モリオはローマの風景と被って思えた。


「ここがラーン王国ですか」

「そうじゃ。早く宿に行きたいのぉ。峠道は腰に響いたわい。ベッドに横になりたいのぉ」


「馬車で座ってただけじゃないですか」


 モリオは嫌味を言うが、モリオ自身も同じ気持ちだった。


 アルガスはモリオが景色に満足したと分かると馬の速度を上げた。


 

 三人は入口の検問所に着いた。

 甲冑を纏い長い槍を持つ兵士が三人を迎える。

 兵士はアルガスを見ると胸に拳を当てた礼をする。

 アルガスも手綱を握りながら同じように礼をした。


 検問所で会話もなしに止まることなく中へ進んでいく。

 少しして大きな厩舎で馬車と馬を預けた。


 数時間ぶりに地に足を付けたモリオは大きく背伸びをした。


 陽も沈み始めて涼しい空気が流れる。海から来る風からはほんのりと潮の香。

 魔石の埋め込まれたランプ型の街灯がちらほらと明かりを灯していく。

 石畳で整備された広い道は真っすぐと伸びていて、大きな広場へ続いている。

 検問所近くは街の端ということもあり人通りは少ない。

 三人の入ってきた検問所はラーン王国西検問所で農夫以外の出入りは少ない。


 厩舎の周りは大きな倉庫が多く、その殆どが野菜や穀物の保存庫。


 アルガスは大きな荷物を背負っている。中身は残った食材や野営道具に着替えなど。

 ちなみにアモスとモリオの荷物も入っている。


 アモスは腰を叩きながら慣れた足取りで街中を進んだ。アルガスも同様。

 モリオはキョロキョロと建物などを観察しながら歩く。


 時折立ち止るモリオを急かせつつ20分程歩くと大きな広場に出た。


 検問所の近くとは比べ物にならない程に賑わっている。


 広場の中心には大きな噴水があり、広場を囲むように露店が並ぶ。

 人も多く、露店で買った食べ物片手にベンチで談笑していたり。走り回る子ども達がいたり。目的がありここを通り過ぎる者がいたり。

 ここは民衆が気軽に立ち寄ることのできる噴水公園である。


 モリオ達が入ってきたのは噴水公園の西、西区から。

 西区は倉庫や川水の浄水施設などがある工業区。

 南に行けば港街があり宿や食事処が多い南区。東に行けば武器防具屋や衣服店など商業が盛んな東区。


 そして北にはさらに大きな通りがあり真っすぐとラーン城へと続いている。

 この通りは大通りと呼ばれていて、様々な店が並んでいるが他と比べて高価。

 ラーン城から噴水公園までの大通り一角が北区。貴族や金持ちが住む区でもある。


 ラーン城の裏には他の区も存在している。


「すごい賑わいですね。祭りかなにかですか?」

「ここはいつもこうじゃ。祭り事となるともっとすごいぞ。魔法花火を上げたり音楽団がパレードしたりしてのお」


「へー」


 モリオは感情の無い返事をした。

 視線は街行く人たちの髪や服装。職業病である。


 女性はブラウスにジプシースカートやスイングスカート、ジャンパースカートを着ている人が多い。パンツを履いている女性はいない。皆スカートタイプ。

 他にはドレスを着ている者もいる。ドレスといっても結婚式で着るようなものではなく、ルネッサンス期の庶民服に近いドレス。

 髪は編み込みスタイル。編み込みの種類は様々。他にもバレッタで留めている者もいる。

 

 男性は襟シャツにワンタックパンツが多い。ベストを着ている者もいる。

 髪型は一束に結っていたり、カットラインが揃っていない短髪だったり、禿げ頭だったり。


 モリオが感じた第一印象は西洋の19世紀。美容師の文化はなくともファッション文化はあるのだなということ。


 顎に手を当てて立ち止ったモリオ。

 ひと際目立つ男女五人が北区の方から噴水公園にやってきたからである。

 この五人はぎゃーぎゃー騒ぎながら横並びに道を広く使って歩いている。

 モリオの足を止めたのは彼らの服装。

 皆同じローブを羽織っているからだ。赤色のフード付きローブで縁に金色のラインが入っている。

 そして似たようなローブをどこかで見た気がしていた。


「アモスさん。彼らはなぜ同じローブを?」

「ふーむ。魔法学校の生徒じゃな。赤いローブは火型魔法学校の記しじゃ」


 指を立てて説明するアモス。


「ほれ。儂のローブを見てみい。この青いローブは水型魔法学校のローブじゃ」

「なるほど。見覚えがあると思ったらアモスさんのローブでしたか。でも、いまだに着ているんですね」


「魔法学校のローブは一生ものじゃぞ!」

「僕の世界で学生服は卒業した後に普段着として着ないですよ。大体は実家のタンスに眠ってます」


「この世界では違うのじゃ。魔法学校は皆が皆通えるわけではない。入試が難しいというのもあるのじゃが、学費が高いのじゃ。貴族でもなければ普通は通わん」

「アモスさんも貴族なんですか?」


「違う、ただの農家じゃった。……まあ、儂は特別じゃったんじゃよ。こんな話はどうでもいいのじゃ! 早く宿に向かうぞい、腰が痛くてたまらんわい」


 急かされたモリオは仕方なさそうに歩を進めた。

 向かうのは北区にある宿。アモス行きつけの宿である。


 向かう途中モリオはやけに視線を感じていた。

 通り過ぎる人が皆アモスを見た後モリオに視線を移す。


 モリオはうっすらと視線の理由に勘付いていた。

 アモスは最後の召喚魔術師であり勇者を召喚する存在。そんな彼が無名なはずない。

 そして、魔王復活が噂されている中、彼が連れている男となれば勇者なのではないかと想像するだろう。と。

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