32話.別れ。

 押入れを開くとそこには持ってこなかった高校の時の制服があった。久しぶりの感触を感じながらもう一度着てみた。まだこの制服が自分の体に合うということに若干の嬉しさを感じる。あの頃の私はどこにも行かなかったということに安心感と懐かしさを感じる。

 制服のポケットの中に小さな箱を入れてから、制服を着て学校へ行く。まだ2月なので少し寒さを感じる。高校までの道はまだ遠い。途中にコンビニによって千花が好きだったコーヒー牛乳を買う。その甘さが私はあまり好きではなかった。でも今はその甘さが嫌いではない。千花との思い出の味がする。

 学校に到着してあの頃の、あの思い出のベンチに行く。そこに座ると初めて会った時のことも、プロポーズした時のことも、すべて鮮明に見える。私にとって一番大事な場所だ。でも今日、私は千花との出会いの、誓いの場所に、千花との別れを告げるために来た。

 ポケットの中から小さな箱を出してベンチの、千花が座っていた場所に置く。そこには私が千花にプロポーズするために買っていた千花のネックレスが入っていた。いっ時も外したことのなかった私のネックレスも外して千花のネックレスと一緒に箱の中に入れる。

 「千花。ごめんね。私、千花に別れを告げに来たの。こんな私を許してくれるかな。許してくれないかな。千花を忘れようとする、千花と別れようとする私と許さないかな。

 許さないで欲しい。千花には私を許さないで欲しい。一生許さないで欲しい。千花を裏切る私を一生許さないで欲しい。私は裏切り者だ。千花のことを忘れて別れて裏切ろうとしている。

 ごめんね。千花、ごめんね。私はこれから君を忘れる。君と別れる。さようなら。さようなら、私の最愛の人。」

 涙で前はぼんやりとしか前が見えない。その暖かい涙は冷たい頬を染める。

 「ここには二度と来ないよ。ではそこではどうかお元気で。」

 その言葉を最後に私はベンチから起きて学校を出た。振り向かなかった。




 花沢先輩から電話が来た。初めてなんだと思う。一度も先輩は私に電話をかけてくれなかった。

 「もしもし、先輩?」

 「…」

 でも先輩からの返事はない。

 「先輩。何かあったんですか?」

 「…」

 もう一度話かけても先輩からの返答は帰って来ない。

 「先輩…。」

 「佐々木。いや、六花」

 先輩がやっと口を開いて私の名前を呼んでくれる。千花じゃなくて六花という私の名前を。

 「これから会えないかな。」

 先輩が不安げな声で言う。

 「はい、わかりました。どこに行きましょうか。」

 「じゃあ、私の部屋の近くの公園まで来てほいい。」

 「わかりました。今すぐ行きます。」

 日はとっくに沈んで真っ暗になった街を私は歩く。先輩に会うために。

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