第2話

 翌日、街はすごく騒がしかった。

 街の一角では、行列ができている。これは、商店や祭りの行列ではない――大規模検診による行列だった。シャルロットはそれを見て、驚いたように言う。

「一応、検診の参加は、自由なんだけど……すごいわね。こんなに?」

「それだけ、今回の病気に不安を抱いていたのでしょう。それに、無料で医者に掛かれる、という点で人が来ているのだと思います」

 とはいえ、すごい影響力だ。恐らく、街に点在する仮設の診療所にも同じような行列ができているのだろう。

 シャルロットとカナは、テオドールの元に様子を見に行く予定だったが、彼女はため息をついて首を振った。

「仕方ないわ。テオドールの方は後回しにしましょう。先に、ジャン商工組合長の方で、商人たちの動向を訊ねましょうか」

「ええ――でも、これを見る限りだと、そんなに人口は流出していなさそうね」

「商売が繁盛していなければ、税金は入ってこないけどね」

 二人はのんびりと会話しながら、街を歩いていく。

 昔ながらの石造りの街並み。石畳の上を、ドレス姿のシャルロットは優雅に歩きながら、ふと小さくつぶやく。

「何気なく、こういう道を歩いていたけど――こんなに、道が綺麗なのは、税金をふんだんに使っているから、なのね」

「はい――人足をしっかり雇うことで、清掃を進めています。これにより、仕事のない人に仕事を与えることにもなりますし、経済効果も見込めるんです」

「いろいろ考えて、お金って使われているのね。綺麗な道を歩けるのも、税金のおかげか」

「はい。ちなみに、石畳も定期的に点検しているんですよ。お嬢様」

「そう、なの?」

「はい、石工に手配し、削れた部分を直してもらったり、ひどいものは石畳を丸ごと取り換えてもらいます。意外と、手間暇がかかっているものです」

 カナは綺麗に凹凸なく仕上がった石畳を手で示して語る。

「もちろん、修繕しなくても道としては機能します。多少汚れている、または傷ついても問題はないです。だから、ある意味では税金の無駄遣いとも言えるでしょう。それでも――見てください。そのおかげで、この街はこんなに綺麗なんですよ」

「うん、そうね」

 立ち並ぶ石造りの街並みを見て、シャルロットは目を細め、小さくささやく。

「大好きな街が、綺麗である――それだけで、嬉しいものなのね」

「はい。内政というのは、そういう裏方を務めるものなんです」

「うん、カナの勉強の後に、こうやって街を見ると、いろいろ感じるものがあるわね」

 シャルロットはそう言いながら、石畳を進んでいき、工房や商店が立ち並ぶ一角に足を踏み入れる。そこは相変わらず、にぎわっていた。

 木槌や怒鳴り声が響き渡る、活気に満ちた工房の通りを歩いていき、その一角の大きな建物――組合の建物に、シャルロットは足を向ける。

 カナが先に歩いて扉をノックし、扉を押し開けた。

「失礼するわね――ジャン商工組合長は、いらっしゃるかしら」

 シャルロットは中に入り、建物の奥に声を放つ。しばらくして、奥の部屋からジャン商工組合長が顔を出す。だが、わずかに彼は困った顔をしていた。

「おお、お嬢ちゃん――タイミングが、ちょいと悪かったな」

「あら、出直した方がいい?」

「うんにゃ、別に構わないんだが……今、客が来ていてな。お嬢ちゃんを待っていたんだ」

「へぇ、ここでかしら。誰が……」

 そう言いかけたシャルロットは、そのジャンの後ろから現れた男を見て黙り込む。そして、冷え切った声で訊ねる。

「あら――叔父上様、何をされていらっしゃるのですか」

「ふむ、姪っ子よ、それは俺の台詞だと思うが?」

 その言葉と共に、ジャンを押しのけて前に進み出たのは、小太りの中年――。


 リチャード・ローゼハイムだった。

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