第3話
カナが体調不良で倒れて数日経ったその日の夜――。
街の中央にある会場では、国内の要人が集まってにぎわっていた。広間にテーブルに並んでいるのは贅を凝らした食事。舞台では音楽団が楽しい調べをかき鳴らす。
そこで、辺境伯就任のパーティーが、開かれていた。
「早く復帰できてよかったわ。カナくん」
「ええ、お嬢様の晴れの舞台ですから」
そのパーティー会場の隅では、カナとサーシャが休憩を取っていた。
会食も一段落つき、客人たちは各々で会話して楽しんでいる。シャルロットも、賓客相手に話を弾ませていた。その傍にはゲオルグが目を光らせている。
室内には騎士も巡回しており、しっかりとした警備体制を展開している。
(なんとか、形になったか……)
ふぅ、と一息つきながらカナは水を飲んでいると、サーシャは顔を覗き込んで訊ねてくる。
「大丈夫? 病み上がりだから、無理しないようにね」
「大丈夫ですよ。また無理をしたら、シャルロットお嬢様に、ベッドに縛り付けてやる、って脅されているので」
「お嬢様らしいわね」
二人で少しだけ笑みをこぼすと――ふと、シャルロットが視線を向けてきたのに気づいた。視線を合わせると、手招きしてくる。
サーシャは一つ頷き、カナの手から水のコップを取り上げた。
「ほら、ご主人様がお呼びよ。行ってらっしゃい」
「分かりました。行ってきます」
カナは身なりを軽く確認してから、シャルロットの方へと歩み寄る。
彼女の傍には誰かが控えている。キモノ――東方独特の衣装を身にまとっている、その黒髪の美少女の姿に思わず目を見開く。
「これは――ルカ・ナカトミ辺境伯」
「ええ、こんにちは、カナくん。一年ぶりくらいかしら」
その少女は艶やかな微笑みを浮かべ、優雅に一礼をする。カナは慌てて頭を下げるが、ルカはくすりと笑って首を傾げる。
「礼はいらないわ。今日はシャルロットさんの就任をお祝いに来たもの。レックス様が亡くなられたとき、ご挨拶に出迎えなくて申し訳なかったわ。二人とも」
「いえ、いろいろと気遣いいただいて恐縮です。ルカ様」
「困ったときはお互い様よ。何か、協力できることは言ってね。それと――ステラ」
ルカは背後を振り返り、控えている騎士を呼ぶ。そこには鎧を身にまとった女騎士が立っていた。その小柄で白髪の少女は見覚えがある。
「ステラさん……お久しぶりです」
「うん、カナくん、三年ぶりくらいですね」
ステラはにこりと微笑み、目を細めてカナの上から下まで視線を走らせる。
「――あんなに小さかった、カナくんがこんなに大きくなって……シャルロット様には感謝してもしきれません」
「いいえ、彼は私の大事な家族よ。当然よ――貴方が、カナの孤児院のときの?」
「はい、姉のような人でした。まさか、ステラさんが、ルカ・ナカトミ辺境伯の傍にお仕えしているとは思いもしませんでしたが」
「いろいろと事情がありまして」
そういうステラは少しだけ気まずげに視線をそらしている。
もしかしたら、本当にいろいろな事情があったのかもしれない。ルカは微笑みを浮かべ、カナとシャルロットを見比べる。
「ステラからいろいろと聞いたわ。ハイム通貨。受け取ったけど、なかなかの出来栄えね。あの細工は容易に真似できないでしょう?」
「ええ、ウチのローゼハイムの職人にしかできない技です。カナがアイデアを出してくれまして」
「活躍は聞いているわ。もし、ローゼハイム家をクビになったら、ナカトミまでいらっしゃい。召し抱えてあげるわ」
「ルカ様っ!」
「ふふ、冗談よ、ステラ。さすがに、シャルロットさんの大事な使用人を引き抜くなんて真似はしないわ」
ステラにたしなめられ、ルカは楽しそうに笑っているが――カナとしては、あまりそういう冗談はやめてほしかった。不安に駆られたのか、シャルロットがしっかりとカナの腕をつかんでしまった。
それを見て、ルカは少しだけ目を丸くすると、軽く頭を下げた。
「ごめんなさい、シャルロットさん。少し、悪ふざけが過ぎたわね」
「い、いえ……こちらも失礼しました」
「ううん、気持ちはわかるわ。私も、少し前にステラが引き抜かれそうになったとき、取り乱してしまったことがあって」
「あら、そうなんですか?」
「ええ、ステラは私の大事な騎士よ」
ルカはそう言いながら傍らの騎士に手を伸ばし、そっと髪を撫でていつくしむ。ステラは何故か頬を赤らめ、少しだけ視線を逸らした。
「る、ルカ様、人前ですよ……」
「気にしないの。ステラ」
(……なんだか、そこはかとない百合の香りが……)
ステラを見つめる、ルカの視線は色っぽい。優しい視線でステラを見てから、ルカはシャルロットに視線を戻して微笑む。
「お互い、大事な人は、大切にしたいわね」
「……はい、そうですね」
シャルロットは控えめに微笑み返し、少しだけ頬を染めた。
(二人にしか通じない、何かがあるみたいだけど……)
カナはちらり、と傍にいるゲオルグに視線を投げた。彼はぐるりと辺りを見渡してから、そっとカナに歩み寄って耳打ちする。
「少し休憩を取ります。いいですか?」
「ええ、しばらくはお任せください」
「お任せします――では」
ゲオルグはそっと身を引き、カナと担当を入れ替わる。そうしている間にも、シャルロットとルカの会話は弾んでいた。
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