第3話 悪の組織

 ヒーローが倒した犯罪者の男を護送中のパトカーの中。気を失っていた男がパチリと目を開いた。



 男はキョロキョロと周囲を確認すると、自分の両隣に警察官、そして運転手が一人いる事を確認する。



 視線を手元に下ろすと先ほどの戦闘でミスターTに折られて不自然な方向に曲がっている両手が手錠でつながれているのがわかった。





 男が目を覚ました事に気がついた警官の一人が声をかける。





「なんだ目を覚ましたのか。言っておくがおかしなマネなするなよ? ・・・まあヒーローに両手を折られた後じゃ抵抗しようも無いか」





 しかしこの男は何かがおかしかった。





 両手の負傷は見る者が顔をしかめるほど大きな怪我なのに、当の本人は苦痛に顔を歪める事もせず、また捕まったというのに項垂れる様子も見せず、ただ静かに座っている。





 その表情は、先ほど通りで激情していた犯罪者と同一人物とは思えぬほど冷静で、そして人間味が全くといって良いほど感じられなかった。





(不気味な奴だ・・・まあ犯罪者の事を理解しようとするだけ無駄か)





 警官はぶるりと身をふるわせると、出来るだけ隣の男の事を気にしないようにつとめた。





 パトカーが人気の無い通りにさしかかった時、今まで大人しくしていた犯罪者の男が静かに口を開く。





「・・・さて、そろそろいいかな」





 何のことかと警官が問いかけようとした時、男が動いた。





 手錠でつながれた両手を持ち上げると、右隣の警官に向かって思い切り肘打ちを繰り出す。狭い車内という事もあり、回避もできずまともに受ける事となった警官の首がスッパリと見事に切断された。





 見ると男の肘部分が鉄の光沢を帯びている。





「!? コイツ、手以外にも・・・」





 左隣に座っていた警官の言葉も最後まで続かなかった。





 ぐるんと身を翻した男の左肘が警官の額を捕らえ、そのまま頭を綺麗に切断してその命を絶ちきったからだ。





「ヒィィイ!?」





 悲鳴を上げて車から脱出しようとした運転手は、自身の身体が何かに縫い付けられているかのように動かないことに気がついた。





 視線を下に向けると自身の腹部から突き出た刀身の長い刃が自分と座席をつなぎ止めているのが見える。





 運転手はあまりにショッキングな光景にそのまま意識を失った。





 男は刃に変化させた右足を座席から引き抜くとソレを元の足に戻し、無人のパトカーから悠々と外に出る。





 手錠はつながったままだが、両手が折れているこの状況では外すことも難しいだろう。男はそのまま暗い路地裏に消えていくのであった。
























「それで、聞かせてくれるかなソード。今回戦ったヒーローはどうだった?」





 薄暗い部屋の中、PCの画面だけがほのかな光源となって周囲を照らしている。





 高級な革張りの椅子に腰掛けているのはスーツ姿の男。多量の整髪料で髪をオールバックにまとめ、異様に手足の長い痩せぎすの体系から頭脳派の雰囲気を漂わせている。顔には安っぽいハロウィン用のマスクを被っており、その表情はうかがい知れなかった。





 彼は目の前に立っているフードを被った男に問いかける。





 その問いに、ソードと呼ばれた男は面倒くさそうに手錠でつながれた両手を掲げて口を開いた。





「何を今更、アナタは特等席でご覧になっていたのでしょう?」





「ふむ、確かに。でもね、私はヒーローと直接対峙した君の口から直接聞きたいのだよ」





 男の言葉にソードは深いため息をついて語り出した。





「愚者を演じるのも苦痛でしたが・・・確かに得るものは大きかったですね」





 そう言って折れた両手を再び掲げる。





「ヒーローの戦闘力は予想より高いみたいです」





 ソードの折れた両手を見て男は少し考えた様子を見せると、ソードに問いかけた。





「君にあの二人は倒せるかね?」





「ええ問題なく」





 何事も無いかのようにあっさりと答える。





「確かに戦闘能力は高いようですが、戦い方が素直すぎますね。アレなら二人同時でも問題は無いでしょう・・・命令して頂ければ今からでも殺して来ますが?」





 両腕が折れたこの状況でヒーロー二人を殺せると豪語するソード。ハッタリでは無い、それほどまでに彼の戦闘能力はずば抜けている。





「いや、まだその時ではない。ご苦労だったねソード。医務室に行ってその腕を治療して貰いなさい」





 男の言葉に軽く一礼してソードは退室した。





 一人になった部屋で男はその顔を隠していたマスクをそっと外す。





 端正な顔立ちだが、その右半分はやけどで醜く爛れていた。














 あの日ヒーローに憧れた少年は、しかしヒーローには憧れど正義を志す気持ちなど全くその内に無かったのだ。





 ただヒーローの活躍する姿を見たいがためにその存在を追いかけ続けて数年、そして気がついた。











 ”ヒーローが格好良く活躍する為にはちょうど良い悪役が必要不可欠である”という事実











 だから少年は作る事にしたのだ。





 ヒーローが活躍するための倒すべき悪役を・・・。





「ああ、楽しみだなぁ。ヒーロー達は私にどんな正義を見せてくれるのだろう」





 悪の組織の親玉となった男は一人薄暗い部屋で微笑んだ。





 その行動はまさしくヒーローへの純粋な愛に満ちているのだ。











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