四輪目

あれから私達は暗くなるギリギリまで座っていた。


だからと言って、何か話していた訳ではない。ただ、二人で座ってひまわりを眺めていただけだった。

太陽が傾きはじめても、私も、星羅ちゃんも、お互いに動くことはなかった。そして、太陽がほとんど地面より下に行こうとしたとき、「帰ろうか。」と彼女が言った。私は、ただ頷いてそのまま帰路へと着いた。



次の日には目がパンパンに腫れていた。

こんな顔を見られてくないと思ったが、既にお母さんは仕事に行っていたのでこの顔を見られることはなかった。


今日は学校を休もうか頭によぎったが、彼女との約束を思い出したので、ゆっくりと準備することにした。

皮肉にも、昨日の夜はよく眠れたのでいつもより早く起きてしまった。学校に行きたくない、という気持ちと葛藤しながら準備をし、学校へと向かった。


学校に着き、教室へ向かったが、まだ誰も来ていないようだった。

そりゃそうだ。ただでさえ夏休みで一部の生徒しか来ていないんだから。校門をくぐる時、少し足を止めた。またあの中へ入って行くのを考えると、気が重くなる。


「でも…星羅ちゃんが、いるし。」


誰もいない学校で呟いたその一言は誰の耳にも届かず、私は一人で大きな門を潜った。



「…てことで、今日は交流団の方々と交流会するからな〜 昼飯食べた後、体育館に集合!以上!解散!」


一番に教室に来た私は、自分の席に座ってずっと空を眺めていた。徐々に埋まって行く席と共に騒がしさが増していった。


先生が来た時には同じタイミングでチャイムが鳴った。先生はまた私が学校に来ているのに驚いたのか、わざわざ私の席まで来て何かを話していた。けど、私はそんな事は全て無視して空を見続けた。


その後、授業が始まるのかと思いきや、まさかの交流団との交流会ってタイミングが悪すぎる。昨日の今日で彼女に会うのは私の心が苦しい。それでも行かないとまた何か言われるので、昼食を済ませた後、一人で向かった。


「では、本日は交流会ということで、お互いの国を知るべく球技大会を行います。それでは、代表の生徒たちは前へ出てください。」


偉そうに指示をするこの人は学園長。わざわざこんな所にお偉いさんが来る辺り、めちゃくちゃ警戒してるんだろうなぁ。しかも、内容が球技大会って大丈夫なのかな。


「えー今回は交流会をするための大会なので、お互い楽しくプレイしましょう。また、安全にも注意を払ってください。では、今回一緒に行うスポーツはバスケットボール!一試合5〜6分程でお願いします。あくまでも、全員参加なので、数グループ交代でお願いします。」


長々と続く説明が終わり、早速グループ分けされた。私はかなり後回しにされて最後のグループになった。

私としては、星羅ちゃんと対戦しなければ何でもいいんだよね。そんな呑気なことを考えていた私は体育館の端っこに座っていた。


他の子達は皆一生懸命に応援しているけど、別にどうでもいい。勝っても負けても、関係ないみたいだし。それよりも、早く終わんないかなぁ。体育館から少しだけ見える空に浮かんでいる雲をのんびり見ていた。


「次!最後のグループ!」


私のグループが呼ばれたので、早速コートに向かった。小学生だからなのか、男女混合で試合をするようだ。めんどくさいなぁ、なんて思って相手の前に立つ。すると。


「あ…夏輝!」


聞き慣れた声が目の前から聞こえた。足元ばかり見ていた視線を上げると、目の前に星羅ちゃんがいた。ビックリして固まってしまった。


「お互い、頑張ろうね!」


周りが騒がしいからなのか、他の人達には聞こえていないようだ。それに安心し私は「うん。」と小さく返事をした。一番戦いたくないチームと当たってしまうとは…


「では、ジャンプボールをする代表生徒は前に出てください。」


先生の声と共に私達の学校の中でも一番背の高い男の子が前へと出た。私は、少し後ろへと下がった。

ピッと軽く鳴らした笛の音で試合は始まった。



***



「いや〜、後少しだったのになぁ。本当、惜しかったよなぁ。」


生徒の前で延々と一人で話しているのは私達の担任だった。他の子はというと、疲れ切っており、眠そうな生徒も何人もいる。私もあの試合で大分動いたので、後少しで目が閉じそうだ。


結果としては、十六対十五で惜しくも負けてしまった。皆頑張っていたみたいだけど、彼らの方が一枚上手だったのかもしれない。


試合している時に分かったのは、私達は本当に四国の人達に嫌われているということ。試合中、何度も睨まれた気がする。ついでに私には舌打ちもしていた。審判の先生は気づかなかったのか、そのまま終わったけど。


「せんせー、もう帰りませんか〜?」


私はクラスメイト全員が思ってそうなことを大きな声で言ってみた。

すると先生は、「おお、そうだな! 今日はお疲れ様! ゆっくり休めよ〜!」なんて言ってあっさり終わってしまった。


他のクラスメイト達はやっと解放されたからなのか、大きい欠伸をしたり、体を伸ばしていた。私は、すぐにカバンを持ってあの場所へと向かった。

もちろん、誰にも見つからないように。




「あ、今日もいた。」


後ろから聞こえて来た声は私の胸を高鳴らせた。振り返ると、そこにはふわりと微笑んでいる星羅ちゃんがいた。

小さく屈んでいる私は振り向いた体を元に戻して、ため息をついた。隣に座った彼女は、私の顔を少し見た後にひまわりの方を向いた。


「…なんか、初めて会った時と、真逆、だね。」


「…? どういう意味?」


「だって、最初会った時、いつも私に話しかけた、でしょ? でも、今は、私が話してる。」


ね?と首を傾げた彼女は輝いて見えた。軽く彼女を見ると、輝いて眩しかった。私は少し目を細めた。


「そうだね。なんだか、最近、疲れちゃって。今よりもっと平和にならないのかなって、思って。いや、今も平和なんだけどね。それでも、こんな息苦しい世界に居たくないなって思っちゃうんだよね。」


こんなこと、大人に言ったら「なんて贅沢な!」って言われそう。戦争が終わって、何不自由なく過ごしているんだから、そう思うのが普通なんだろうな。


「普通って、何だろう。」


思わず溢れた私の言葉に彼女は少し反応し、何かを言いかけたがすぐに口を閉ざしてしまった。そんな彼女を横目で見ていた私は、本当に面倒臭い子供かもしれない。


何か言ってくれるのか、彼女に期待をしてしまった私が嫌いだ。


輝いているひまわりを直視出来ずに下を向く。地面しか見えないのを分かってて頭を下げるけど、真っ暗なその中は私の心を表しているみたいで胸が締め付けられた。


「…そういうのって、個性って、言うんだよ。」


優しい声が隣から聞こえた。思わず埋めて居た頭を勢いよく上げて彼女を見た。でも前を見たままの彼女とは目が合うわけでもなく、真っ直ぐにひまわりを見つめている。


日が傾き始めてきているのか、ひまわりと一緒に彼女の顔も照らされている。


「…それ、私のセリフじゃん。」


ふふっと笑っていると、星羅ちゃんは私を見た。目を細めて口角を少し上げている彼女は眩しくて、私も同じように目を細めた。


「夏輝ちゃんが、私に、教えてくれたんだよ。最近、自分を、好きになったの。それは、夏輝の、お陰、なの。夏輝には、笑ってて、欲しいから。」


ポツリポツリと話す彼女は、少し暗い顔をしたかと思ったけど、すぐに明るくなったのでホッとした。


それでも、私のお陰と言ってくれるのは嬉しかった。こんなことで必要とされたことは今までなかった。ずっと天才って言われてきた私にそんなことを言う人は今まで居なかった。


「だって、友達、だもんね。」


「…うん。そう、だね。」


彼女の言葉に励まされ、彼女の言葉に落胆した。そんな私を「個性」と言って受け止めてくれる彼女に私は何と言っていいのか分からず、当たり障りのない言葉を選んでしまった。

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