霧の狼

影宮

第1話

 深い深い霧の中を極めて静かに歩む。

 人の匂い、声、足音…それを辿るように。

 木に苦無をたてて引っ掻くように傷をつける。

 唸るような声を上げて、気配を露にしながらその獲物の周囲をただただ歩んだ。

 粉末状の薬を嗅がせるように、霧に紛れさせる。

 迷い子となったそいつに目を凝らしながら、姿勢を低く構えた。

 そろそろ頃合いだろうか。

 霧に奪われた行く先を懸命に捜し歩く獲物を誘導するかのように唸り続けた。

 獣から逃れたがるその足音は思った通りの方向へ。

 もう何度同じ道を回っているのか、きっとわかっていない。

 霧に迷い踏み入れば死ぬまで。

「この山…山犬か狼かいるんじゃねぇか…?」

「だからどうした!叩っ斬ればよかろう!」

 最早道などない。

 悲鳴が聞こえるのを合図に背後へ更に近寄る。

 尻餅をついて震え上がっているその瞳に映っているのは、才造ではなかった。

「出たっ!狼だぁ!」

「でっけぇ…こ、こんなの…。」

 退くことも、進むこともできなくなったようだ。

 才造はただ地を這うような声で唸った。

 忍刀を向けて、いざ斬らんとしたところで人の叫び声が横槍をいれたのだった。

 その足音に唸り、後ずさる。

 霧を掻っ斬るように飛び込んできたのは若い男だった。

 その目に捉えられる前に霧に身を紛れさせる。

 この霧の中に飛び込んで来るとは。

 薬を吸っていないその目には狼なぞ映るわけがない。

 霧を手で掬い、流れを出す。

 狼がただの幻覚だったと気付かれればやることは二つ。

 次なる機会を作る為、この山にいる狼がただの狼ではないということを見せる。

 そして、この身を引くこと。

「何をしてる!」

「お、お、お前!狼だぞ!」

 その情けない声を聞きながら、霧を狼の群れのように形作る。

 目に焼き付けて帰れ。

 獲物は必ずや喰らう。

 必ず……。

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