第20話

 ソウマの策は非常に単純なものだった。


 彼らの道を塞ぐこの虫の魔物、ダンジョンビートルは大変寒さに弱いのだ。


 ダンジョンビートルは元々は熱帯地域にしか生息しておらず、わずかに寒さを感じるとストレスで即死してしまうのだ。


 生肉よりも腐肉を好む性質もそのためだろう。


 そのため、ソウマは次のように提案をした。


「オレとエゼルミアの魔法であの虫を凍らせる」


「わかったわ」


 エゼルミアが頷くと、次にソウマはダンジョンビートルたちの足止めしているアレックスに声をかけた。


「合図が合ったら、そいつらから離れてくれ!」


「承知した!」


 ソウマも村正を引き抜いて応戦を始めた。


 ダンジョンビートルたちは外殻がとても固く、多少の武器では傷一つ付かない。


 だが、少し押し出すことぐらいはできるだろう。


 全てのダンジョンビートルを押し出すと、ソウマは合図を出した。


 すると、ソウマとエゼルミアは氷魔法『アイス・ストーム』を唱え始めた。


 この魔法ならば、ダンジョンビートルたちはすぐに死に絶えるだろう。


 ソウマの予想通りダンジョンビートルのほとんどが死に絶えた。


 しかし、どういうわけか。


 残りの2,3匹は全くと言ってもいいぐらい効いておらず、それどころか死んでいった仲間たちをよじ登ってこちらに来ていた。


「どうなっている!?」


 ソウマはその様子を見て驚愕した。


 本来ならば、寒さに弱い彼らならすぐに死に絶えるだろうと思っていたからだ。


「その思い込みこそ命とりなのだよ、ソウマ・ニーベルリング」


 錬金術師は涼しい声でソウマにそう嫌味を言ってきた。


ーー姑か、こいつ!?


 そう、ソウマが思っていると、ダンジョンビートルはこちらに体当たりを仕掛けてきた。


「っ!?こいつ!」


 いくら外殻の固いダンジョンビートルでも『村正』の切れ味に叶わなかった。


 たちまち、真っ二つになり体から体液を流しながら、崩れ落ちた。


「うげぇ、気持ち悪い」


 その様子を見ていた紗季は何かに気付いた。


「あれは…?」


 咄嗟に彼女は盗みのスキルを使い、ダンジョンビートルから何かを盗み出したのだ。


 それは『耐氷魔法』の装備であった。


「…ねぇ、ルビー」


 ルビーと言うのは、ルビアのことだ。


 呼ばれたことに気付いたルビアは紗季の方を振り向いた。


「何?」


「これなんだけど、何だと思う?」


 そう言って、彼女は盗んだ品物を見せた。


 それは炎の印綬が刻まれた石だった。


 それを見たルビアは首をかしげながら、こう言った。


「これは…何だろう?」


 その様子を見ていた錬金術師は彼女たちに不敵な笑みを浮かべながらこう言った。


「『耐氷』のアクセサリーだ。その炎の印綬を刻んであるだけでそれを身に着けている者は体が燃えるような感覚にあるだろう」


「えっ、どうしてこれがあるの…?」


 疑問に思うルビアに錬金術師は冷たくこう言った。


「さぁな、大方誰かがそいつらに食べさせたのではないのか?」


 その言葉に紗季ははっとなった。


 もし、あの虫がこれを飲み込んでいたとすれば…?


「ソウマ!」


「なんだ!?」


 紗季の呼び声にソウマは答えた。


「あの虫共、あんたの得意技で全部ぶっ飛ばせる!?」


 その言葉にソウマは嫌な顔をした。


「ちょっと待った。知らないから言えたと思うけど、あれは正直まだこの先のために温存していたんだ!」


「そう、ならばあいつら燃やせる?」


 その言葉にソウマは気付いた。


 すぐに彼は火炎魔法の準備にかかった。


ーーもし、それが当たっているならば


「ルビア!」


「えっ!?何!?」


「バリア張れるか?」


「プロテクションのこと!?わかった!お安い御用!」


 そう言うと、ルビアはすぐにバリアを張る準備に取り掛かった。


 このプロテクションという魔法は僧侶が使用する魔法『プロテクト』の上位互換に当たり、多少の攻撃ならば防げるのだ。


 彼女はその呪文を唱えると、一瞬にして光の幕がソウマたちを覆った。


 それと同時にソウマは火球を作り出すと、ダンジョンビートルに飛ばした。


 それを受けると、ダンジョンビートルはまるで爆弾のように大きく爆発を始めたのだ。


 それに連鎖するように他のダンジョンビートルたちも同じように爆発をし始めたのだ。


 そう、このダンジョンビートルたちは『炎の印綬』を刻まれた石を飲み込んでいたため、それぞれが起爆剤となっていたのだ。


 そのため、体温が劇的に上がっているのだ。


 このためか、このダンジョンビートルたちは寒さに強くなっていたが、如何せん体内が燃えているよな状態だ。


 その影響で少しでも炎を浴びると、印綬の影響で作られた体内のガスと反応して爆発するのだ。


 いわば、生きている爆弾にされていたのだ。


 このダンジョンビートルの体温にひかれて、他の虫たちもこれに寄ってきたのであったのだ。


 ダンジョンビートルたちはその爆発に飲み込まれると、たちまち灰と化したのだった。


「…なんじゃこりゃ…」


 ソウマはそのあまりの大きな爆発に驚きを隠せなかった。


「崩れなくてよかったね」


 ルビアは冷たくソウマにそう言った。


「しかし、誰がこんなことを?」


 紗季の言葉にソウマがこう答えた。


「ステルベンだと思う。あいつらならそのへんの死体にあの印綬を紛れ込ませることができたと思う」


「じゃあどうやってここへ誘導したの?」


「簡単だよ、こいつらは暖かいところと肉が大好物だから適当にワープゾーンへ行くように誘導して、あの向こうの扉を開けっぱなししていれば、勝手にここへ集まると思うからな」


「へぇー、あいつらも結構考えるのね」


 ふっと、消し炭になったダンジョンビートルたちの中からある物が出てきた。


 宝箱だ。


「あれもあいつらが?」


 その言葉にソウマは首を横に振った。


「不思議なことにここにいる魔物たちはたまに宝箱をああやって飲み込んでいるときがあるんだ。どうして、飲み込んでいるかわからないが、たいていああいうのは罠が仕掛けられている」


「どれどれ?」


 ソウマのその言葉に紗季はスキル【罠探知】を使った。


 なるほど、確かに毒ガスが飛び出る罠を仕掛けられていた。


「罠ね。いやらしい」


「ああ、だからあの罠を解除するために全てのパーティに『盗賊』か『忍者』がいるんだ。みんな丁寧に罠を解除することができるからね」


 その言葉にルビアがむすっときた。


「僧侶だって、宝箱に罠がかけられているかどうかぐらいは調べられるよ?」


 どうやら、何かが気に食わなかった様子だ。


 ソウマは何とも言えない顔でこう答えた。


「調べることぐらいはな。でも、宝箱の罠を解除することはできないからね。まだ、でもさっきみたいなのとか回復とかは頼りにしてるよ」


「頼りにされてます」


 ソウマの言葉に満足したのだろうか、彼女は誇らしげにそう言った。


「ニーベルリング殿。今は宝箱を開けている場合ではないだろう」


 アレックスの言葉にソウマは頷いた。


 そう、彼らは急がないといけないのだ。


 ステルベンたちよりも先に迷宮の底へ潜るためには。

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