第17話

 ヴォンダルは歳は168歳と、人間に換算すると56歳のドワーフ族のベテランの戦士であった。


 彼はアイワーンとは別の国で生まれ、およそ60歳ぐらいの時にこの国に移住してきた。


 ヴォンダルはそこで傭兵として、貴族の私兵として護衛をしたり、冒険者たちと共に迷宮に潜ったりしたベテランの冒険者だ。


 最終的にはアイワーン王の私兵となったが、これには理由がある。


 それはおよそ二年前にヴォンダルがアイワーン王とちょっとした小さな事件を引き起こしたのだ。


 彼には幼い孫がいた。


 ヴォンダルは当時既に齢166歳と高齢であり、そろそろ傭兵を引退しようと思った。


 この日息子と共に散歩に出る用事があった。


 息子夫婦はこの日は鍛冶業に勤しんでいたため、この日は彼が面倒を見ていた。


 少し彼が目を離したときだった。


 孫がいなくなったのだ。


 彼が慌てて目を離したときに迷子になったのだろう。


 ヴォンダルは探すと、何と彼の孫はアイワーン王の大切な冠を盗みだしていたのだ。


 おそらく、お忍びで町で遊んでいただろう。


 慌てた彼は孫から冠を取ろうとしたが、うっかりとどこかへ冠が飛んでしまったのだ。


 さらに運が悪いことにそれは川に落ちてしまい、ドワーフ族は泳げないのだ。


 どういうわけか、アイワーン城下町の川にはグレーターサーモンというかなり強い魚によって食べられてしまった。


 彼は証拠を隠滅しようとしたが、もう遅かったのだ。


 王様に見つかり、その責任を取ることになったのだ。


 彼は傭兵として雇われてたのだ。


 ヴォンダルが傭兵として雇われて二年が経過した時に聖女が現れたのだ。


 老兵であった彼はアイワーン王から傭兵たちの一人が聖女のパーティに加わることを傭兵たちに命じた。


 これにベテランの戦士であるヴォンダルは立候補したのだ。


 迷宮の話に釣られたのではない。


 彼は女神に一つだけ聞きたいことがあったのだ。


 流行り病で亡くなった妻の魂が楽園にいるかどうかだけ。


 そのために彼は迷宮探索に立候補したのだ。


 そんな彼の命が今終わろうとしている。


 彼の体が真っ二つになると同時に大きな悲鳴が迷宮内響き渡った。


 ルビアの悲鳴だ。


 彼女はこんな惨たらしい死体を見るのは始めてだからだ。


 それもつい最近まで一緒に行動していた仲間がだ。


 ヴォンダルが死ぬ様子を見たソウマはステルベンに歯を食い縛って、彼を殺したステルベンに飛び掛った。


 しかし、それを彼の側近の男に遮られてしまった。


 エルフと間違いかねない程の美貌を持つエリファスという男だ。


「お久しぶりですね。ニーベルリング」


「エリファス…!」


「ほほう、私はてっきり性懲りもなくあの日の醜態を再び晒しにきたと思いましたよ」


「…!」


 エリファスは冷徹にそう言い放つと、ソウマははっとなった。


ーー殺される


 彼らは『悪』の冒険者なのだ。


 敵対者は容赦なく殺すのだ。


「確か…ニーベルリングだったよな…?あの女を味方すると言うわけは俺たちの敵っていうことだよな?今度は殺す…」


 ソウマは村正を力強く握り締めた。


 その目は一切の余裕もない真剣な目だった。


「あの構えは確か…!てめぇら急いで先に進むぞ!あいつにはメテオスォームに匹敵する大技を持っていやがったことを忘れていた」


「ステルベン様、それは一体…?」


「直撃したまずい!ともかく、あいつの生み出した技を直撃したらまずい!」


 ステルベンが慌てるのよそに、ソウマは静かに黙って息を止めて、刀に魔力を集中させた。

 

 一瞬だが、刀に青い光が灯ったように感じられた。


 それが何らかの強大な力を感じられたのだ。


エルダー…」


 ソウマが刀に収束した何かを放とうとした時だった。


 その瞬間、何者かがソウマの動きを止めようとに二本のダガーが飛んできた。


「!?」


 ダガーは彼の頬を掠めただけで、大した攻撃にはならなかった。


 おそらく、威嚇行動だろう。


「あんたたちそこで何してるの?」


 ダガーを投げた人物は昨日、ソウマが目撃した二人組だった。


 一人は明らかにこちらの世界とは異なる服装をした少女だった。


 相原紗季である。


 もう一人はあの謎の錬金術師≪アルケミスト≫だ。


 ソウマを牽制したのは、こちらだろう。


「てめぇは…確かエリックの野郎を潰した奴だな…」


「ああ、あの男はエリックと言うのか。大して覚えていないな」


 錬金術師は余裕の態度でステルベンを挑発した。


「舐められたもんだな…仲間の敵と言いたいところだが、ここは引かせてもらおうか…」


 ステルベンは錬金術師の実力を見破っていたのだろうか。


 咄嗟に斧を納めて、ワープゾーンの中へと消えていったのだ。


「…話がわかる冒険者で助かるよ」


 錬金術師がダガーを仕舞い、振り返えると、そこには泣きじゃくるルビアが必死に回復魔法をヴォンダルにかけている様子が彼の目に入った。


 その甲斐もあってなのか、ヴォンダルの傷口は完全に塞がった。


 けれど、彼は目を覚まさなかった。


 死んだのである。


 その様子が目に入ったのだろうか。彼の動きがほんの一瞬止まったのだ。


 この瞬間をエリファスは逃さなかった。


「…貴方が何者かわかりませんが、油断しましたね。レイズ・デッド!」


 そう言うと、彼はヴォンダルに蘇生魔法をかけたのだ。


 一見すると、これは殺害した相手を蘇生させようとしているように見えるだろう。


 だが、この魔法にかけられたヴォンダルの亡骸はその場で燃えつくし、灰となったのだ。


「えっ…あっ…嘘!駄目!」


 ルビアがヴォンダルに蘇生魔法をかけなかったのはこのためだ。


 そう、蘇生魔法は死者を蘇らせるという魔法だ。


 しかし、必ずしも成功するとは限らない。


 この魔法はむしろ失敗するリスクの方が大きいのだ。


 一度失敗すれば、対象の肉体は一瞬にして灰となる。


 この魔法はどんな熟練の僧侶でも失敗する可能性の方が大きいのだ。


 こうなると、修道院での蘇生しかできないのだ。


 何故ならば、修道院の僧侶たちは複数にかけているため、それに伴って蘇生する可能性が上がるからだ。


 エリファスはこれを狙って、わざと蘇生魔法をヴォンダルにかけたのだ。


「ククッ、こうすれば持ち運びが楽になるでしょう。すぐにその者の灰を修道院に持っていくとよろしいでしょう。きっと蘇生できるはずです。おおっと、最も五体満足とは限りませんし、その間にも愛しのステルベン様は先に迷宮を攻略しますけどね。ハハハハハ!」


 彼は高らかに笑うと、そのままワープゾーンへと消えていった。


「…!クソが」


 ソウマは彼らが消えると、その場で地面を蹴って悪態をついた。


 そこに残っていたのは、仲間を失った静寂のみだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る