第9話

「はじめまして、異世界のお嬢さん。私は君と同じ異世界から召喚された者だ。わけあって名前はあかすことはできないが、ひとまずは錬金術師。異世界の錬金術師アルケミストと呼んでくれ」


 紗希の目の前に現れた謎の男は余裕に満ちた態度でそう名乗った。


 その男は明らかに正体がわからず、何もかもが不信極まりなかった。


 しかし、異世界召喚ものの小説に慣れ親しんだ彼女だ。


 完全にこの後の展開に期待していたのだ。


 男は紗希の様子を少し伺うと、不敵に笑いながらこう言った。


「何、驚くのも無理がない。何せ慣れ親しんだ世界から何の前触れもなく、右も左もわからない世界に未熟な君が突然見ず知らずの正体もわからない男にこう話しかけられているのだ」


 妙に色気がある説得ある声であった。


 紗季にとっては元の世界ではよく耳にしたことある声に近かった。


 男は依然として余裕に満ちた態度でこう続けた。


「おそらく、この後は元の世界に戻るために君は尽力を尽くすだろう。当たり前のことだ。日が経てば経つほど、元居た世界に支障が出てくるだろう。ほんの一日程度であれば、夢か何か済ませられるだろうが、君には元の世界にも家族がいるだろう。一刻も早く元の世界に戻るべきだ」


 紗季は男の言い分を聞くと、確かにその通りだと感じた。


 今置かれている状況は限りなくアニメや漫画に出てくるそれとは確かに似ているが、それはともかく自分を育ててくれた両親、祖父母なのが気がかりだった。


 彼女はここ最近家族と話すことは少なくなったが、確かに気がかりであった。


 確かにこの男の言うとおりだ。スローライフなどと言っている場合ではない。 


「あんたの言ってることはよくわかった。それで具体的にどうすればいいの?」


 紗季のその言葉に頷いてこう言った。


「簡単なことだ。アイワーン王の言う通りに迷宮を攻略すればいい」


「?迷宮の深部には魔王がいるオチじゃないの?」


「残念ながらそうではない。その迷宮には『迷宮の謎を解き明かした者はその者が生き続ける限り、永遠にその望みを叶え続けるだろう』と言う話がある。本当かどうかはわからないが、試してみる価値はあるだろう。こちらの世界ではそのために幾多の冒険者が命を落としている。最もこの国の王は己の願望器とするために君たちを召還したのだろう。忠実な下僕にした後に迷宮に潜り込ませるつもりだろ。残酷な話だが、経験が薄い半人前の彼らでは優れた能力を持った油断が仇となり、命を落とすだろう。迷宮とはそういうものだ」


 紗季は錬金術師の話を聞くと、少し顔を青ざめてこう呟いた。


「本当に…危なかったんだな…」


「ああ、君はとても運が良い。すぐにでもこの世界から脱出するべきだ。そこで私から一つ提案がある。まずはこの私と同じチームを組まないか?」


 その言葉に紗季は「あっ、異世界テンプレだな」と感じた。


 錬金術師は続けてこう提案してきた。


「私は諸事情のため表立って行動することができない。そこで君が私とコンビを組んでパーティの代表をするだけでいい。魔物共との戦闘なども私一人で蹴散らそう。君は黙ってその後ろをついてくれば良い。私の実力に関しては後ほどお見せしよう。少なくても、たった今異世界召還された君らよりも戦闘能力は高いと思うがね」


 錬金術師の真意はわからない。


 どうしてこの世界のことを知っているのか、何故正体を隠しているのか、何故ここにいるのか、何もかもが謎であった。


 しかし、紗季は何となくだがこの男の言っていることは信用できた。


 異世界物の小説を多数読んでいた彼女には直感でそう感じたからだ。


 だが、ただ一つ男の言い方が気に食わなかった。


「確かにあんたの言う通りって感じよね。あたしが読んできた異世界物の展開にそっくりだし、見た目もまさに強キャラって感じだから信用できる。こういうキャラって信用できるみたいだから信用する。だけど、声が違うし、仮面だし、何よりも態度が気に食わない」


 紗季のはっきりとした言葉に錬金術師は眉を潜めた。


「何を言っているかわからないが、ひとまずはOKということなのだろうか?」


 彼女はその言葉に頷いた。


「それならば私は君が元の世界に戻れるように尽力を尽くそう。まずは名前を教えてもらえないかな?」


「その前に態度が気に食わない。異世界の錬金術師≪アルケミスト≫だっけ?まず、そっちの立場って言うのを教えてあげる」


 そう言うと、彼女は一枚の巻物を取り出した。


 それを見た瞬間、錬金術師≪アルケミスト≫は嫌な予感がした。


「待て、君はそれをどこで手に入れた?」


「盗んだ」


 紗季は手にした巻物を広げようすると、先程の態度はどこへ行ったのだろうか。


 錬金術師≪アルケミスト≫は立ち上がって慌てだしたのだ。


「盗んだ?まさか王の側近からか?待ちたまえ、君はそれを何なのか、知っているのか!?それとも使い方もわからないで盗んだのか!?」


「わからない。でも、あんたの話で何なのかだいたいわかった」


 それだけ言うと、紗季は巻物を広げた。


 彼女が巻物を広げると、そこから印綬が浮き出ると、錬金術師の方へ飛んでいた。


 奴隷印の刻印だった。


 錬金術師は呆気を取られていたからなのか、あっさりと奴隷印を刻印されたのだった。


「やっぱり…」


「・・・全くもって馬鹿なのか君は!?この程度の刻印などある程度の魔術師ならば解除できる!それに奴隷印の使い方を知っているのか!?」


「知らない」


「知らずに使っただと!?・・・ああっクソッ!私はとんだ愚か者に交渉を持ち掛けてしまったよ!しかしだな…今後の信頼のためだ。屈辱であるが、ひとまずは受け入れよう。まったく…」


 先程の余裕な態度はどこへ行ったのだろうか。


 感情的にそう言うと、ドカッと再び椅子に座りなおした。


「やったぜ」


 紗季は無表情のままガッツポーズをした。


「喜んでいる場合ではない。話は後ほど聞くとしよう。ここに転移≪ゲート≫の巻物があるはずだ。私のミスであるが、今の騒ぎを聞かれたかもしれない。すぐにここから出よう。まったく、とんだ食わせ者であったな…」


 そう言って、錬金術師は巻物を開くと辺りは白い光に包まれ、気が付くと二人は町にいた。


「全く実に便利なものだな。ここが迷宮がある街、確か『アル』の街だとか」


 そこは紛れもなくファンタジー溢れる町、紗季がよくゲームで見る世界であった。


 様々な異種族や全く異なる文明、それら全てが彼女にとって新鮮であった。


 いつも無表情であった紗季もこれには目を輝かせてたのであった。


「驚いている場合かね?私が用意できるのはここまでだ。ひとまずはギルド会館で冒険者登録を行おう」


 そう言い、二人はギルド会館へと向かった。

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