第三十二話 再びボス部屋へ

 ウェポン自慢をしたら割と普通に喜ばれてしまった。それ程までに暇だったのだろうか……。


「レームングかぁ。名前もかっけーし、この邪眼も良いな。くれよ」

「嫌です」


 この人に渡すのが一番危険な気がした。


「ケチくせぇな……」

「これがあればまだまだ戦えるので、渡せませんね」

「まぁお前みたいな後衛は小さくても何か持ってた方がいいな」

「ということで短剣の使い方教えて下さい」

「はぁ? 金取るぞ」


 両手で頬杖を突きながら嫌そうに顔を顰めるが、この人の短剣捌きは目を瞠るものがあった。路地裏の時も、ギルドで絡まれた時も、その短剣捌きで見事に場を制していた。


「幾らですか?」

「馬鹿、お前、冗談に決まってんだろ……ちょっとだけだぞ。今日は暇だからな」


 財布を取り出してみせると眉間に皺を寄せながら突き返してきた。ちょろいな。


「じゃあ裏行くか」

「広い場所があるんですか?」

「あぁ、中庭がある」


 クイ、と親指で差した方向には入ったことのない扉がある。あの扉は確か、この間の解禁日の時にヴィオラさんが制服に着替えに行った扉だ。つまり、あの先は従業員が使う場所か。


 扉を開けたヴィオラさんに続いてちょっとドキドキしながら入る。まぁ特に変わったことはなく、普通の廊下が続いていた。その一番奥の扉へ真っ直ぐ向かい、その扉を押し開くと、其処にはヴィオラさんの言う中庭があった。


 周囲を建物に囲まれた少し日当たりの悪い場所だ。けれど木が植えてあったりベンチが置かれていたりと、可愛らしく落ち着く空間だった。昼下がりの日差しが当たる時間帯に此処で昼食を食べたらきっといつもより美味しいだろう。


「さて、あたし流にやらせてもらうぞ」

「どんな感じですか?」

「何となくで分かれ」

「……」


 責任重大だ。分からなかったら怒られるやつだ、これ。


「じゃあまず短剣の振り方だが、此奴は刃物だ。危ないからこう持ってこう振れ」


 腰に下げた自前の短剣を抜き、逆手で持つヴィオラさん。シャッシャッ、と振ってみせるが、逆手は危ない気がする。


「こうですか?」

「そうそう。慣れたらこう、クルンてやってこう振れ」


 手の中で回して順手に持ち替えて斜め上から振り下ろす。そのクルンも危ない気がするのだが……。


「う、怖い」

「怖がるな! 自分の手足だと思え!」


 言ってることがめちゃくちゃだ。危ない物を怖がるなってどういうことだ。支離滅裂とはこのことである。


「まずは棒で練習とか駄目ですか?」

「棒で練習したって棒を上手く使えるだけだ。それでやれ」

「はい……」


 言ってることはご尤もなのが何だかな……。怖いが頑張るしかない。こんな練習でもお願いしたのは僕だしな……。



  □   □   □   □



 日が傾き、隣接してる建物の影で中庭が暗くなってきた頃、訓練は終了した。お陰様で短剣を手の中でクルクルと回せるようになった。……それだけである。


「まぁその短剣なら斬ればある程度は戦えるだろ」

「……ですね」


 ヴィオラさん的にはそれくらい出来ないと、という感覚らしく、それが出来なければ先に進まない方針だったようで僕は短剣操作だけで時間を潰してしまった。次回はその先を教えてもらえるかもしれないが、明日からは忙しくなってしまうので可能性があるとしたらまた今週末だろう。


 その間に短剣操作を忘れてしまったらまたふりだしからになってしまう。忘れないように練習しておいた方がいいな。




 そんな練習するはずもなく、僕は早寝して翌朝、前回と同じくらいの時間に起床しました。


「ほら行くよ」

「うん……」


 姉さんに手を引かれ、まだ眠い目を擦りながら鳥の鳴き始めた薄暗い町を歩く。欠伸を噛み殺しながら空を見上げると、東の方角が薄っすらと明るくなってくるのが見えた。


 そのまま視線を落とすと、前を歩く一人の人物。後ろ姿で分かる。ヴィオラさんだ。


「おはようございます……」

「おぅ。……お前そんなんじゃ死ぬぞ」

「ギルドに着くまでには完全に目が覚めるので大丈夫でふぁぁ……」


 言い切らない内に噛み殺したはずの欠伸が蘇り、僕の口から漏れ出る。当然、ヴィオラさんはそんな僕を見て溜息を吐いた。姉さんも呆れ顔である。


「これは生理現象なので」

「おい大丈夫かよこんなんで」

「うーん……リューシ、お姉ちゃん不安よ?」


 半眼で姉さんに問い掛けるヴィオラさんに困ったように眉を下げる姉さん。僕への信頼度がガラガラと崩れる音が聞こえた。


 しかし僕もそんな甘い世界を生きてきた訳ではない。宣言通り、ギルドに着く頃にはばっちり万全の態勢を整えた。もう短剣もクルクル回し放題である。


「そればっかり上手くなっても意味ないけどな」

「……」


 教えた本人に言われてしまうとがっくりくる。ソッと鞘に仕舞い、カウンターに立ったヴィオラさんの前に立つ。今日も一番乗りだ。前回の声の大きい人はまだ来ていない。


 ガリガリとペンを動かし、自分の名前を記入し、あの探宮者が来る前に退散しようと踵を返したところで、バターン! と勢いよく扉が開き、僕は嘆息した。


「一番乗りィ! ……じゃないだと!? またお前か白いの!」

「おはようございます。ではさようなら」

「クッ……すぐに追い付いてやるから覚悟しておけェ!」


 探宮者なのか暴漢なのか分からない捨て台詞を吐いてカウンターへ走る彼とは反対側の出入り口へ走る。『迅剣レームング』の身体能力上昇の効果で走っても息が切れない。これは素晴らしいものだ。虚弱な僕でも前衛職のように走れる。


 ゆっくりと明るくなる空を見上げながら走り抜ける町は、いつもと違う景色のように見えた。



  □   □   □   □



 ダンジョン入り口の階段横の壁に背を預け、大きな欠伸をしていた門番さんに声を掛ける。


「おはようございます」

「くぁぁ……おーう、白いの。何だよ、やっぱり此処が一番ってか?」

「もう一度ボス戦を経験してからベイトリールへ行こうかなと」

「ふーん……勤勉だねぇ。ま、気を付けてな」

「はい」


 急ぎの探索なので挨拶もそこそこに階段を駆け下りる。滑らないように気を付けながら鞄から新しくなった『パイド・パイパー=カドゥケウス』を取り出す。禍々しい見た目とは裏腹にとても手に馴染む。触れる者全てを傷付けるような怖い狐の顔も、よく見ると可愛く見えた。


 階段を下りた先はいつもの光景だ。何度も潜ってるお陰でボス部屋までの道順もはっきり覚えている。だがその途中には多くのモンスターが待ち受けている。此処から先は戦場だ。浮かれた気持ちを仕舞い込み、僕は探宮者の顔をする。


「行くよ、姉さん」

「うん、リューシ」


 姉さんも普段の緩さとは逆の真面目モードで魔力を漲らせる。

 さぁ、慎重に急ぐとしよう。

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