第二十一話 ギルドでの一幕

 朝寝た所為で夕方に起きてしまったが、生活リズムを戻す為に無理矢理寝続け、次に目が覚めたのは早朝だった。存外寝続けるというのも体力を使うもので、こんな無駄な消耗をするくらいならダンジョン探索をした方が幾らかましだった。やはり皆と一緒に頑張ることが一番良いようだ。


 姉さんは寝る前に言っていたように、色々と作っていた。眠らず疲れないアンデッドで凄腕の錬金術師というのは反則以外の何物でもなかった。


「えーと、これ」

「ウエストバッグ?」

「うん。余ったレイス素材を使った私用の鞄」


 余ったから作ったと言ってるが素材は高品質の物ばかり。鞄は普通の革製のものだ。ドレスとはアンバランスな感じではあるが、妙に様になっているのは姉さんの容姿が良いからだろう。


「まだレイス素材が余ってたから研究の一貫でアイアンソードにレイス素材を組み合わせたらどうなるか気になったからやってみたんだ」


 剣型ウェポン『アイアンソード』にレイス素材。組み合わせるような選択ではないとは思うが……。


「見て」


 腰の鞄からスラリと取り出された剣は以前よりも少し細身のように見える気がする。


「アンデッドも斬れる剣になったみたい。銘は『幽幻の剣』」

「まるで別物だけど、そんなにあっさり変わるものなの?」

「それがウェポンよ」


 算出されたウェポンに別の素材を掛け合わせることで新たなウェポンが出来る。そういった仕事の専門職がウェポン技師というそうだ。


「手に入れたウェポンと手に入れた素材。それらの無限の組み合わせでウェポンは育ち、強くなるの」

「……じゃあニルヴァーナも?」

「その可能性はあるわね」


 ただダンジョンに潜って探すだけでは見つからない可能性もあるということか……一気に探索範囲が広がってしまい、思わず額を抑えてしまった。


「完全蘇生具なんてどう組み合わせればいいのか……」

「んー……これは私の勘で憶測なんだけれど、多分アンデッド素材は重要だと思う」


 確かに蘇生する対象は死んでいるし、死んでいるとなればアンデッド、屍術の出番だ。


「高位アンデッドの素材とかは売らずに取っておいた方が良さげだね」

「そうね。そんな相手と戦えるように強くもならないと」

「パイド・パイパーも強化していく必要があるかな……」


 今後の戦いと探索において武器の強化は必須になってくるだろう。パイド・パイパーは僕の手にもしっくりくるし変えたくはない。このウェポンをベースに強化していくのが一番だろう。それに、屍術師専用のウェポンというのも滅多に無い。


「それじゃあそろそろ行きましょうか」

「ちょっと待って、まだ支度してない」

「必要な物は私が鞄に詰めておいたから、顔洗ってきなさい」

「うん」


 言われた通り、僕は朝の身支度だけ済ませた。朝食はテーブルの上に用意されていたのでそれを摘み、リセット日から出遅れているので出来るだけ素早く家を出た。


 通りには既にギルド側からやってくる探宮者が多い。行き先はクランクベイトだろう。人とすれ違う度に歩く速度はゆっくりと上っていく。




 パスファインダーギルドは既に人でごった返していた。きっと昨日も混んでいたんだろう。列はヴィオラさんだけではなくバラガさんの前にも形成されている。ヴィオラさん大好きな探宮者達がバラガさんの方にも並ぶなんてよっぽどだ。それ程早く行きたいのだろう。


 とりあえず僕達はヴィオラさんの方に並ぶ。慣れたヴィオラさんの方がまだ気持ち的に楽だ。バラガさんは見た目がちょっと……怖い。


 前後を巨漢に挟まれながらちょっとずつ前に進んでいくと前方からヴィオラさんの怒鳴り声が聞こえてきた。


「触んじゃねぇ!」

「んだよ、今夜一緒に飯でもって誘っただけだろ!」


 どうやら探宮者の一人がヴィオラさんにお誘いをしたようだ。この忙しいタイミングで声を掛けるとは命知らずな……。ひょいと覗くとヴィオラさんの腕を掴んでいる。必死さがつい行動に出たようで、それがヴィオラさんの逆鱗に触れたらしい。


「殺すぞてめぇ……」

「誘っただけで殺されちゃあたまんねぇな。此処の人間はこんなにも野蛮なのか? ぇえ?」


 ヴィオラさんの腕を掴んだまま周囲を見回す探宮者。口ぶりからするに来て数日の外部の人間だろう。ギルドで、しかもヴィオラさん相手に乱暴沙汰なんて恐ろしくて出来ない。それが分かっている人間は大人しく成り行きを見守るだけだ。


「ハッ、腰抜け共が……」


 けれどそれは臆病からではない。僕達が手を出す必要がないというだけだ。


「バラガ!」

「はぁ……ったく、このクソ忙しい時にクソ面倒な事を起こすなよ……」

「あたしが悪いってのかよ!?」

「そうは言ってねぇよ。上手くやれって言ってんだ」


 名前を呼ばれ、のそりと立ち上がったバラガさんはこの場に居る誰よりも大きく逞しかった。いつも座ってる姿しか見てなかったが、あれは流石に怖い。並ばなくて正解だった。


「んだよ、ギルドの人間が探宮者に手ぇ出そうってのか?」

「いいや、そうじゃない。その手を離させるだけだ」


 バラガさんが探宮者の腕をガッと掴んだと同時に、骨が折れる嫌な音が響いた。


「ぎゃあっ!」

「おっと、すまん。つい力加減を間違えちまった」

「てめぇ……こんな事が許されると思ってんのかよ……!?」


 涙目になりながら探宮者が怒鳴るが、バラガさんはポリポリとスキンヘッドを指先で掻くだけだ。


「間違えただけだって言ってんだろ? ほら、医者に行かないと大変だぞ」


 と言いつつ折れた腕を掴んだまま無理矢理引っ張る。今度は振り回された男が躓き、転ぶ。


「ぎゃああ!!」


 あれは痛いだろう。折れた腕に体重が掛かるのだから、想像するだけでこっちまで腕が痛くなってくる。


「ほら、さっさと病院に行け」

「や、やめろ、離せって! 触んな!」

「そう言ったヴィオラの腕を離さなかったのはお前だろう?」

「……ッ!」


 何も言い返せなくなった探宮者は躓きながらギルドの外まで引き摺られていった。


「続きだ! 馬鹿な真似はするなよ」


 ヴィオラさんの声で静かだったギルド内は再び賑やかさを取り戻す。2つの列を交互に捌く中、無理なお誘いをする人間は一人も居ない。


 暫くして何故か少し血のついた拳を拭いながら戻ってきたバラガさんが手続きを再開し、処理速度は2倍となり、漸く僕の番が回ってきた。


「おぅ、今日は問題ないか?」

「たっぷり寝たので大丈夫です」

「じゃあ終わったら飯でも行くか」

「やめてください、バラガさんに追い出されます」


 流石に笑えない冗談だ。


「ハッ、馬鹿野郎、このあたしが誘ってんだ。誰にも文句なんて言わせねぇよ」

「……夕方までには戻ってきます」

「おぅ」


 冗談ではないらしい。となると逆に断れなかった。姉さんは隣でニヤニヤしてるし、後ろでは探宮者からの殺気が凄い。これで断ったらと思うと手が震える。最早脅しだった。


「じゃあまた夕方ね、ヴィオラちゃん」

「気安いんだよオルハ。さっさと行ってこい」


 怖いもの知らずな姉さんが手を振る中、僕は足早にギルドを脱出するのだった。

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