第十五話 鞄問題とリューシの失敗

「錬金術でどうにか出来ない?」

「出来なくはないよ?」

「なくはないんだ……」


 脳死で姉さんに尋ねてみたところ、希望のある回答を得てしまった。錬金術って凄い。


「まぁでも素材がね。難しいんだ」

「というと?」

「大量の荷物を持つにはそれ相応の容量が必要な訳だよね。ということはリュックのような限られた空間じゃ駄目なんだ。そう、空間。空間が大事。今此処にある空間だけじゃ足りないんだ。だから空間を越える必要がある。其処の宝箱みたいにね」

「ちょ、ちょっと待って。早口で分からない」

「あっ、ごめん、つい癖で」


 何かに傾倒している人特有の早口だった。僕も人のことは言えない。


「つまり、宝箱と同じ仕組みが必要?」

「そう。原理的にはね。要は材質なんだよ」


 姉さんの言葉を反芻し、頭の中で噛み砕いて考える。この空間とは異なる空間に物を入れられれば解決ということ……でいいのかな。


「異なる空間って、どうするの?」

「モンスターだよ。それこそアンデッドとか、消えたり現れたりするでしょう? あれの仕組みについてはリューシの方が詳しいんじゃない?」

「あぁ……そういうことか」


 アンデッド。特にレイスのような実体のないモンスターは出現と消失を繰り返して人を襲う。その消失の瞬間、レイスは別の空間に居ると言われている。此処が現世とすれば、あの世と言えばいいだろうか。


「レイスの素材があれば作れる?」

「んー……それだけだとちょっとね。アンデッド素材は不安定なんだ。ちゃんと人間が使っても大丈夫なように処理する必要があるし、空間を固定する為の細工も必要ね」

「鞄の中を別空間に繋げる、か……理論的には無限に物が入るけど」

「そうだね。時間もない無の空間だから、劣化もしないしオススメだよ」


 そういうウェポンは世の中に存在はしているそうだ。姉さん曰く、1番街の家が5軒は買える値段らしい。


「錬金術師はウェポンも作れるんだね」

「あら、錬金術師とウェポン技師は殆ど似た仕事だよ。錬金術師は広く浅く、ウェポン技師は狭く深く、って感じかな」


 まぁ極めればどちらの領域にも精通するけどね、と姉さんは言う。天才錬金術師だった姉さんはウェポン技師も務められるだろう。もしかしたら今後、ウェポンの改造もお願いするかもしれない。


「じゃあ必要な素材は……レイス系とアンデッド用固定剤と……鞄は今使ってるやつで良いよね」

「そうだね。容量は気にしないでいいから見た目が好きならそれ使えばいいと思うよ」

「うん。じゃあ、これにする」


 姉さんがくれた鞄だ。容量以上に思い出が詰まっている。


「じゃあ明日はダンジョンお休みってことで、ヴィオラさんに報告しに行こう」

「はーい」


 明日の予定が決まったところで僕達はダンジョンを出てパスファインダーギルドへと向かうことにした。



  □   □   □   □



 『クランクベイト』を出た僕達はギルドへ向かう途中、屋台で買い物をして家で遅めの昼食を食べた。休憩をしてからギルドへ向かう頃にはうっすらと空が茜色になりつつあった。


「遅くなっちゃった」

「リューシがお昼寝しちゃうからだよ」

「起こしてほしかったな」


 お腹いっぱいの疲れた体。お昼寝してしまうのは仕方なかった。


 ギルドの扉を開くと中はガヤガヤと賑わっていた。そういえばこの時間に来るのは初めてだ。朝早いか、昼頃かだ。


「……」


 無意識にフードを目深に被ろうと指で摘んでいることに気付く。僕にとって人の目というのは理解出来ないものだ。強い感情が籠もっていたり、逆に何の感情もなかったり。大勢のバラバラの感情の目だったり、かと思えば皆同じ感情を込めた目になったりと本当に目まぐるしい。


「リューシ」

「大丈夫」


 僕という人間の見た目や、姉さんというアンデッドに向けられる目は、興味、嫌悪、好機、無だった。


「アンデッドだぜ……」「屍術師か?」「死体漁り野郎が……」「結構可愛い見た目してるじゃない」「真っ白で気持ち悪い」「それより分け前の話だが……」


 頭が痛い。村での記憶が無理矢理掘り返され、ジクジクと心が苛まれていく。


「遅かったじゃねぇか」

「……」

「あ? てめぇ、おい。無視かコラ」

「……あっ、ヴィオラさん」


 気付かなかったが、僕の前にヴィオラさんが立っていた。荷物を持っているのを見ると帰るところだったようだ。


「……あんだよ。死にそうな顔してんぞ」

「大丈夫です」

「そうは見えねぇよ」

「大丈夫なんです」

「……そうかよ。じゃあな」


 ぶっきらぼうに呟いたヴィオラさんが僕の肩にぶつかりながら通り過ぎていく。そのまま彼女はギルドの扉を叩きつけるようにして出ていった。


「……今のはリューシが悪いよ」

「……」


 自分でもそう思う。けれど他人の優しさに無防備に身を寄せられる程器用じゃなかった。それだけのことをされてきていた。


「後で謝りに行くよ」

「お姉ちゃん居なくて大丈夫?」

「うん」


 せっかく心配してくれたのに悪いことをしてしまった。僕の個人的な都合でヴィオラさんの優しさを跳ね除けてしまった。


 だからこれはちゃんと説明して謝らないといけないだろう。事情を知らないヴィオラさんには仕方ないでは分からないのだから。


 残っている受付さんのところで帰還報告をしてから僕達はまっすぐ家に帰った。姉さんは2階で錬金術の作業をするらしいから、今から謝りに行くとしよう。

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