第二話 行き先は迷宮街

 姉さんが死に、アンデッド《リッチー》となって蘇った。


「そのようね」

「いや、そのようね。じゃなくて……姉さん、何でアンデッドなんかに……」


 ふわふわと浮かぶ姉さんは生前とはさほど変わりはない。


「うーん……未練があるからアンデッドになる訳だけど、それが原因としたらリューシだね」

「……僕?」

「えぇ。リューシ一人残して死んでしまうことが、とても心残りだよ」


 その言葉にまた涙腺が緩む。僕の事を心配してくれるのは素直に嬉しい。


「でも、どうやら私、リューシに取り憑いちゃったみたい。離れようとしても何かの制約があるようだね……まぁ、離れる気はないけれど」

「取り憑いた……? まさか……」


 アンデッドが取り憑くのには誰かの恨みに引き寄せられる傾向がある。きっとそれは僕が村の人間を恨んだからだろう。屍術師として、恨みの感情は心と精神の弱さだ。でなければアンデッドに身を滅ぼされる。だから恨みの感情に振り回される屍術師は最も未熟な存在だった。


「ごめんね、姉さん、僕の所為で」

「良いよ。気にしてないし、取り憑いたのがリューシで良かった」


 けれど、僕が原因でこの世に縛ってしまったのが悔しくて仕方なかった。また涙が溢れる。これは悔し涙であり、きっと嬉し涙だ。


「泣かないで。あのクソみたいな病気の苦しみから解放されて、お姉ちゃん、凄く調子が良いのよ?」

「死んでるのに調子も何もないよ……それに口が悪いよ」

「ふふ、今は口が悪いだけで健康なんだから、大目に見なさいよ」


 アンデッドに健康もクソもなかった。


「これからどうしよっか……」

「……僕は屍術師だ。姉さんをこのままになんて出来ない」

「……浄化するの?」

「まさか、そんな」


 ありえない話だ。アンデッドとは言え、姉さんは姉さんだ。消すことなんて出来やしない。


「完全に生き返らせるよ。僕の人生を費やしてでも」

「そんなの私、嬉しくないよ」

「費やしてでもは言い過ぎたかな……姉さんが生き返った時に、僕の方が年上なんて嫌だし」


 姉弟逆転なんてまっぴらごめんである。僕は姉さんである姉さんが好きなのだ。


「でも完全蘇生なんて、誰も出来たことないよ?」

「可能性ならあるよ。迷宮街にあるって言われる伝説のウェポン……《ニルヴァーナ》なら」


 この世には不思議な物が溢れている。その中でも一番の不思議は『ウェポン』と呼ばれる物だ。これは武器であり、防具であり、道具だ。変わった力が込められたアイテム。それらは一括りにウェポンと呼ばれる。


「その中でもSS級レベルのウェポン『ニルヴァーナ』……伝説の蘇生具ね。あんまり興味はなかったけれど、私も話は知ってるよ」

「それが西の迷宮街『ブラックバス』にあるって話。姉さんも知ってるでしょう?」

「其処へ行くつもり?」

「勿論。僕が姉さんの兄さんになる前に、見つけ出すよ」


 早ければ早いほど良い。早速向かいたいところだが……。


「その前に姉さんの葬儀をしないと」

「体、無くなったら蘇生出来ないよ?」

「形だけだよ。姉さんの体はこのまま保存する」


 屍術師なら可能だ。死と生を操る術の中には死体保存の術もある。


「そうね、リューシなら出来るよ。なんせ、14歳で凄腕の屍術師なんだから」

「それを言うなら姉さんだって20歳で凄腕の錬金術師だよ」

「ふふん、享年だけどね」


 ドヤ顔で腕を組むが、あまり笑えない冗談だった。



  □   □   □   □



 葬儀と言う名の死体処理を行った。死体保存の術を重ねに重ねた姉さんの体を入れる棺桶の内側にも手書きで死体保存の術式を書き込んだ。これだけの処置をすれば10年は腐らないだろう。


 さらに蓋をした後はきっちりと密封し、棺桶自体に劣化防止の術を重ね掛けしておいた。これは姉さんの得意とする錬金術がベースだ。僕一人なら難しいが、隣に姉さんが居るので教えてもらいながらきっちりと行った。


 それを地中奥深くへと埋める。これから空ける家の中になんて置いておけない。


「あとは錬金術の本とか持っていきたいんだけど」

「大丈夫よ。本の内容もお姉ちゃんの研究記録も全部頭の中に入ってるから必要ないよ。暇な時に色々教えてあげる」

「そうして貰えると嬉しいな……でも、残していくのは不安なんだ」


 きっと村の連中は僕達が居なくなったらこの家を焼き払うだろう。悪魔の住んでいた家だなんて言われていたくらいだ。綺麗に残しておいてくれるはずがない。もしかしたら金目の物を持っていくかもしれない。まったく不安しかない。


 だから姉さんの体も地面の下へと埋めた。そして姉さんの研究記録だけは暖炉の火で燃やしておいた。


「じゃあ……これが見納めだね」


 旅の支度を終え、家の外へ出る。ふわふわと浮かぶ姉さんが振り返り、二人で住んだ家の瞼に焼き付けていた。僕もそれに倣い、振り返る。


「……」


 ジッと眺めていると、色んな事を思い出した。嫌なことは沢山あったが、それと同じくらい、楽しいこともあった。


 村の子供が石で割った窓を錬金術で直すのを見ていたことがある。割れたガラスが、まるで時間が戻るかのように、くっついていく様はまるで魔法のようだった。僕の魔法ではこんな芸当は出来やしない。


『魔法と錬金術は似てるけど別なんだよ』


 と姉はいつも言っていたが、僕には錬金術こそが本物の魔法のように思えた。


「……じゃ、行こう。姉さん」

「うん、いざブラックバス、だね」


 そろそろ夜が明ける。それまでにこの村を出よう。悪い思い出しかなかった。良い思い出はこの家の中だけ。そんな場所ともお別れだ。


 さぁ、行くとしよう。姉さんを完全に蘇らせる為、迷宮街ブラックバスへ。

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