夢から覚めた夢の中

ふと思った。夢から覚めないってこと、あり得るのだろうか?

自分の力で夢から覚めたことなんてそうそうないし、そもそも夢を見ているときに夢だとはっきり認識したことも少ないけれど・・・。


「こんなにも毎日同じ夢を見続けて、今度は夢から覚められないなんて、これ以上の悪夢もそうそう無さそうね。」



私は独り言を口にしながら、言いようのない不安を感じる・・・。どうにかしてこの夢から覚めなくちゃ・・・でもどうやって?疑問ばかりが浮かんでは消える。不安と焦燥感の中、また聞き覚えのある不愉快な音が聞こえてきた。



ぐちゃ...ぐち...

グちゃ...



音は、どうやらテーブルの下から聞こえているらしかった。

私は恐る恐るテーブルクロスの端をつまみ、ゆっくりと持ち上げた。そしてそこに隠れたその音源に視線を送った。


それは、箱だった。正確には箱ではないのだけれど、その他に適当に言い表すことのできる言葉が思い浮かばない。私がもっと博学ならば、ぴったりの言葉を思いつくのだろうか。けれどその”箱”は今まで見たどんなものとも異なる四角い物体だった。


見た目は、金属のような、生物のような・・・滑っとしているのに乾いたような質感・・・。(どう言えば伝わるのだろう?)色は・・・角度によって緑にも黄色にも見える。そして、最も不可解な特徴は表面が脈打っていることだった。


その”脈打つ鶸色の函”(ネーミングに当たってはあえて漢字を変えてみた)とでも言うべきその箱は、脈打つたびにぐちゃ・・・ぐちゃ・・・と不愉快な音を立てている。


今まで夢の中で聞いていた、不愉快な咀嚼音はこの箱から聞こえていた音だったのね・・・。もしこれが現実世界での出来事だったなら、私はたぶん恐れおののいて、常人らしからぬ行動を起こしていたに違いなかったでしょうね。


「さて・・・このハコ、どうしてくれようかしら。」


夢の中だという確信が、私に恐怖を感じさせなかった。これが夢ならば、もしこの箱が人食い箱で、私の頭が齧られたとしても、目が覚めれば(そう、目が覚めさえすれば)私の頭は元通りになっているはず。


私はその箱にゆっくりを顔を近づけ、その脈打つ緑の表面に、耳を押し当てた。ぐちゃ・・・ぐちゃ・・・と不快な音の中から、その音の向こうに、その不快音とは別な何かの音が、小さく聞こえてくる。


どうやらそれは人の声のようだった。


「・・・グノ・・・ッガ・・・ハ・・・」


およそ5cm四方の小さな箱から、人の声?夢の中ってなんて不思議なの?

私は夢の中だからという安心感で、すこしうれしくなってしまって、そのハコに話しかけてみることにした。


「ねえ、ミドリのハコくん。わたしの声が聞こえるかしら?」


すると箱は脈打つのを止めた。私が耳を澄ませると、箱の中から男のものとも、女のものとも判別できない声で返答が返ってきた。


「・・・誰かいるのか?」


「ええ。いる・・・というより、私の夢の中にあなたがいるのよ。」


「・・・夢の中?」


「そう。夢の中。私が見ている夢。私は夢から覚めたいのに、夢がそうさせてくれないの。」


「・・・それはそれは下等生物としてはお困りのことだろうな。」


「ええ、あなたは誰?(ずいぶん口汚いヤツね)」


「誰だっていいじゃないか。ここは夢の中なんだろう?この夢から覚めるためには、その扉を出てその先の部屋を1つ越えて、廊下に出たら左に進めばいい。右には進むなよ。物覚えが悪そうだからもう一度言ってやろう。左だ。」


そう返事が来ると、そのハコは再び脈打ち始め、私からの質問には答えなくなってしまった。どうやら私はこの夢の中で、いまのところこのミドリのハコに従うしかないようだった。


部屋を見回すと、つい先ほどまでは気が付かなかった白い扉が一つ視界に入ってきた。私はそのハコをパーカーのポケットに入れ、扉を開けた。

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