湖の獣

「止まりたまえ!炎の女王とお見受けする!なにゆえ我が国に進入するのか!?」

アダンは叫ぶが、女王は見向きもしません。

「くっ!」

アダンは水柱を操って女王の前方に壁を作り、なんとか足止めをしようとしますが女王は全く意に介さず、何もなかったように水の壁を通過します。水の壁は簡単に消滅し、あたり一面に蒸気が立ち込めました。


「アダン、アダン……!女王は……手紙が読まれていないと……」

蒸気の霧の中からイファの声がします。

女王の後ろに付いているとはいえ、その身を削る湖の国の空気と大地によって息も絶え絶えの状態になったイファは、それだけ伝えると倒れこんでしまいました。

「イファ、大丈夫か?手紙……手紙だって!?」

アダンはイファを気にかけつつ、女王に向かって叫びます。

「女王よ、今日の手紙は確かに我が主に届けさせて頂いた!返事はお待ちいただきたい!!」


今までどのような言葉にも耳を貸さなかった女王が、その言葉には反応しました。

先ほど水の壁に触れた部分が僅かに黒から赤に戻っており、その分だけ「頭が冷えた」のでしょう。

しかしそれは怒りが消えたという意味ではありません。


「何を言うか!私は見たぞ、我が書状が消え行くところを!誰の目にも触れず、ただ消え行くばかりだったではないか!!」

女王は自らの言葉で更に怒りを募らせ、あたり一面に炎を撒き散らします。

それらは水蒸気爆発を起こし、アダンも、イファも、炎の国の軍勢までも無差別に吹き飛ばしてしまいました。


そして再び真っ黒な姿になった炎の女王が立っている中、重く、響くような声が聞こえてきました。


(なるほど、そういうことだったんだね。)


果たしてそれが本当に声なのかはイファには分かりませんでした。

耳に聞こえるというよりも、お腹に響くような振動が言葉を成している、そんな感覚を覚えていました。


「湖の王……!だめです、あなたが来ては国が……全て無くなってしまう。」

(だがもはや彼女を止められるのは僕だけのようだ。)


ごうごうと、何か大きなものが鳴る音がするのをイファは聞きました。

地響きがだんだん近付いてくるのを、アダンは聞きました。


そして炎の女王達の目の前に、一匹の巨大な緑の獣がやってきました。

その形は熊のようで

その身体は水でできているようで

そしてその大きさはようでした。


(始めまして炎の女王、私もずっと会いたかったよ。)

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