第29話 守り抜け!黄金少女~準備編~

下層エリア第二階、教団『幸福の籠』。

建物内のメイン空間ともいえる広い吹き抜けには祭壇があり、そこにはジュリが座っている。

死んだはずの彼女は目を開き、呼吸もしている。

その傍らにはロミオと、彼に付き従うメイドのヒロネが控えており、ジュリに甲斐甲斐しく世話を焼いていた。

もっぱら、ロミオがヒロネに命じているだけなのだが。

「我らの奇跡、ブルー様のお姿を見ることができて、我々信者一同感無量でございます。」

「ありがたやありがたや。」

祭壇の前には、永らく姿を現さなかった奇跡の少女ブルージュリを一目見ようと多くの信者が詰めかけていた。

信者達には、ブルージュリは幾度となく奇跡を起こした代償で体調を崩し、臥せっていると知らされていた。

それを、信者の一人であるロミオが治療し、救った…と宣伝された。

奇跡を救った救世主として、ロミオも崇拝の対象となっていた。

特にムラサキは教団が崩壊する事を恐れていたため、窮地を救ったロミオに心酔していた。

本来ならジュリの隣にいるはずが、ロミオの後ろに控え、彼に熱い視線を贈っている。


奇跡が蘇ったことを知らしめる集会が終わり、ムラサキは胸を撫で下ろした。

ロミオを自室に呼ぶと、何度目かもわからぬ感謝の気持ちを伝える。

「ロミオ様、嗚呼。ほんとうに、なんとお礼をしたらいいのかしら。本当に、ありがとうございます。」

ロミオと再会したあのロージィ・ナイトでの夜、彼に零した一言によって彼女は救われたのだ。

『持てる全ての財を投げ売ってでも奇跡を取り戻したい』

『全ての財ですか、例えばどれくらいの?』

ムラサキが口にしたのは金塊インゴットに換算して四十本は下らない金額。

ロミオは直ぐに決断した。

『私に伝があります。必ず、ブルー様を取り戻してみせます。対価は必要ですが…。』

そうしてロミオはジュリを奪還する手立てを考え始めたのだ。

そして、ジュリを仮死状態にさせることで、まんまと奪ったのだ。

ジュリが延命装置や精密な計測装置に対してエラーを引き起こしていたことも、ロミオに味方した。

聴診器や、人間が脈を測る程度では感じれぬほどの『完璧な』仮死状態。

ロミオがキョウトで手に入れジュリに贈ったのは、揮発性の毒を発する『死の便箋デスレターセット』。

墨だけでは毒と成らず、筆だけでも成らず、紙まで全て揃って初めて調合される特殊な毒だ。

かつて、駆け落ちを約束した男女が家を抜け出すために死を偽装するために作られたという幻の毒。

成人であれば一日程度で目覚めるのだが、身体の小さいジュリでは実に二日、眠り続けた。

更に人前に出れるまでに回復するまで三日を有した。

超回復ウイルスのおかげか、後遺症が無いのが幸いである。

ムラサキは戻ってきたジュリに、早速奇跡を起こすように命令したのだが、熱心な信者を装っているロミオが止めたのだ。

まだ、目覚めたばかりで本調子でない、と。

更には、身の回りの世話と警護はロミオと、ロミオのメイドのヒロネが行うと進言し、ムラサキからジュリを引き離している。

まあ戻ってきたのなら…とムラサキはロミオの提案を受け入れた。

「報酬は既に受け取っています。私は、ブルー様にお仕えできるだけで幸せでございます。」

「それだけでは私の気が済みません…私は、あなたになら身も、心も捧げるつもりですわ…」

うっとりねっとりとした声をロミオに囁きかけ、身を寄せるがロミオは微動だにしない。

「ありがとうございます。そのお気持ちは、是非!とも!ブルー様に捧げてください!失礼します。」

愛想笑いを浮かべてロミオはムラサキの部屋から出ようとするが、ムラサキがその背中にしがみついた。

「ロミオ様、私、あなたをお慕いしております!」

力強い抱擁にロミオの顔が忌々しげに歪む。

無論ムラサキと一線を超えるつもりは無いが、拒絶することで不和になるのも困る。

どう逃げたものかと考えあぐねていると、ドアの向こうから彼のメイドが助け舟を出した。

『旦那はん、ブルー様がお呼びです。』

「わかった。…すみませんムラサキ様。行かねばなりません。」

ロミオは強引にムラサキを引き剥がし部屋を出た。

黒いロングのメイド服に黒いメイドキャップ。

それに映えるようにメイドキャップの上からはパールと銀の装飾がついたカチューシャを付けている。

『教団』という神聖性の高い場所に合わせて、彼女なりに『荘厳なメイド』になりきっているらしい。

「サンキューヒロネ。危うくババアの毒牙にかかるトコだったぜ。」

「助けになりましたんなら幸いですわ。でも、ジュリお嬢様のトコに行かはった方がええのはホントですよ。」

「そうなのか?」

ジュリの部屋に向かう途中、ヒロネは自分に充てがわれた部屋に寄った。

部屋にはベッドと机が置かれているのだが、机の上にはヒロネのノートパソコンとそれに接続された二つのモニタが置かれている。

全部で三つの画面には、それぞれ教団本部周辺の監視カメラの映像が一定の時間ごとに切り替わり映し出されている。

「三十分程前に例のダストシュートから十人、黒ずくめの武装した人間が出てきました。おそらく追手やと思います。」

「思ったよりも早いな。」

「多分、信者はん達が下層エリアでジュリお嬢様の帰還を噂して、それが耳に入ったんやと思います。」

ヒロネはカメラを操作し、追手達を見失わないようにモニタに映し出した。

「…このガタイはカラサキのおっさんだな。」

ロミオは追跡者の一人を指差す。

「確か元上司の方でしたっけ?」

「そうそう。他の奴はちょっと動けるぐらいの奴だが、コイツは結構骨あるぜ。」

「要注意人物ですね。他にお知り合いは?」

「んー、大丈夫そうだ。ジョウはこんな肉体労働はしないだろうしな。で、コイツラがここに来るまでどれくらいだ?」

会話の間にも、敵はどんどん教団本部に近付いて来る。

「このペースやと、一時間以内には着くと思います。でも、今は夕方やから、多分夜中に襲撃してくると思います。」

ヒロネの判断にロミオは頷いた。

「そうか。わかった。出迎えの準備は?」

「万事できてます。ああでも、できるだけこっちには人いはらへん方がええですね。用意したトラップが誤作動したらあかんし。でも今日は集会がありましたから、信者はんがまだ残ってはるんです。」

ロミオは舌打ちをした。

「ジュリお嬢様の体に障るから帰ってほしいって言うたら、帰ってくれそうなきもしますけど、どないします?」

ヒロネの申し出にロミオは頷いた。

「それでいこう。」

「はい。ムラサキはんとか、住込の人とかは?」

「あー。…理由つけて追い出すのも面倒臭えし放置。ま、ことが始まったら適当に追い出そう。間に合わなくても、今まで散々甘い汁を吸ってきたんだ。教団と運命を共にさせてやろうぜ。」

ロミオは歪んだ笑みを浮かべた。

「まだ一時間は確実に時間あるんだよな?んじゃ俺は、荷造りしてくるわ。」

ロミオは笑顔もそのままに、ヒロネの部屋を出た。

残されたヒロネはモニタに目線を移し侵入者達を睨む。

彼らが持っている武器は麻痺銃パラライザーや麻酔銃が主流であり、法定の範囲内の威力であれば怪我はしても死にはしない。

しかし、ロミオは彼らを騙し、ジュリを攫った。

ジュリが生きていることも知られているのだろう。

であれば、邪魔者であるロミオを生かしておくわけはない。

ヒロネは主人を守るべく、防護策を準備していたのだ。

相手は人数も装備もコチラを上回る。

であれば、罠にかけるか奇襲で一気に叩くほかない。

「旦那はんの安息のためや、頼むから許したってな…。」

ヒロネはこれから『犠牲者』となる敵達に憐れみの視線を送った。


時刻は深夜一時。

ロミオ達の予想よりも遅い時間に、それは静かに始まった。

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