第5話 クラブ・ロージィ・ナイト

女性向け接待クラブホストクラブ『ロージィ・ナイト』。

積層都市ドーシュ最大の歓楽街であるシンマチ地区では似たような店は数多あれ、その規模はドーシュ有数である。

規模だけでなく勤めているスタッフも質が高く、値は張るものの連日、満席が続いている。


今宵も女たちが一晩の夢を見ようと、『ロージィ・ナイト』に足を運ぶ。

オーナーであるロイは大都市UMEDA出身の服飾デザイナーだったが、ドーシュのシンマチ地区が形成されるや、『ロージィ・ナイト』を興し、今やドーシュの夜の顔役の一人として夜の都市を支えている。

ロージィ・ナイトのホストの出身は様々である。

ロイとともにUMEDAから来た者、ロイのように新しい街に夢を抱いてやって来た者。

あるいは、何かから逃げて身を隠そうとやって来た者。

ロイは彼らを歓迎し、自ら定めたルールに反しない限り従業員として大切に扱った。


虚構と悦楽が、星の見えない閉ざされた夜を綺羅びやかに彩る。

そして今宵のロージィ・ナイトは一層光りを放つ。


「ねえ、あの白いスーツのコは新人さん?見かけない顔だけど。」

「ご存じ無い?あの人はロミオさんといって、なんでもあの『GI-ON』で名を馳せた伝説的ホストらしいッスよ。」

「伝説的ホスト?それに『GI-ON』ってあのキョウト・シティの?」

「そうそう。ホストは引退したって話だけど、オーナーと仲が良いらしくてたま~に顔をみせてくれるんだとか。…あっ、ロミオさん!」

ホストと客がロミオの方を見ると、ロミオは切れ長の目をほとんど糸のように細め、口の端を上げて微笑む。

「こっちを向いたわ!気を悪くしたかしら?」

「大丈夫大丈夫。このフロアは彼の話で持ちきりだし、彼も分かってるでしょ。」

「それならいいけど…でも、あの『GI-ON』の、というと私気になっちゃう。あ、勿論YOUくんが一番だけどね!」

「あははは、分かってるってお姫様!。ロミオさん、今日は店中のテーブルに顔を出すと思うし、その時ちょっとなら話せると思うよ…さ、次なに飲む?今日はいい檸檬があるんけど、どうかな?」

「そう?じゃあ…レモンサワー!…YOUくん、私のために絞ってね?」

「もちろんだよ!」

YOUと呼ばれたホストはボーイにレモンサワーの準備をさせる。

「今日のレモンはね、貴重なセト海産無農薬露天栽培レモンに、なんと輸入者の天然炭酸水なんだ!体に悪いものは全然入ってないから、君の綺麗な肌がますます綺麗になっちゃうよ~。」

「そうなのすごいわ!そんな貴重なものが手に入るなんて。」

「シンマチ一の店は伊達じゃないよぉ。アルコールだって、工場産じゃなく

て、ちゃんと醸造元マイスターが作っているものしかないんだ~。」

「お酒も美味しいし、しかも、伝説のホストまでいるなんて、やっぱりロージィ・ナイトはすごいわぁ。」

こんなやりとりが各テーブルで行われている。

それは当然ロミオの耳にも入ってくる。

キョウト・シティ最大にて国内でもかなりの歴史をもつ大歓楽街『GI-ON』の伝説的ホスト。

嘘か真かを確かめる術はないが、そう言われて気にならない人間はこの店にはいないだろう。

「キョウト・シティのスイーツ?それでしたらお店はあの…」

「まあ、よくご存じ。さすがキョウトを知り尽くしてらっしゃるのねぇ。」

ロミオと対峙する客は、彼の一挙手一投足を興味深く見つめる。

だがロミオは意に介さず、ニコリと笑いながら女性の相手をする。

とある製薬会社の課長夫人。

アルカディア・ケミカルとは競合関係にある会社の関係者である。

人工だが作りのよい毛皮のマフにピッチリとしたワンピースタイプのキャミソールドレス、ブランドバッグに大振りなブレスレットとイヤリングは、伺い知れる年齢からすれば若作りな服装をしている。

住んでいる場所は上層エリアだが、週一ほどのペースでここ半年ロージィ・ナイトに通っているらしい。

「長年住んでいたので、知る機会があっただけですよ、奥様。」

「まあ、奥様だなんて。今は私も一人の女、夫のことも全部忘れたいの。だから奥さまはやめて、ロミオくん?」

「これは失礼しました。」

ロミオは夫人の手を取り、両手で包み込んだ。

「あなたが既婚者であると自分に言い聞かせないと、僕は何をするか自分でもわからないのです。」

「あら、ここにいる間は私は一人の女。気にしないでいいのよ?」

「それは、はい。嬉しいです。ではこの出会いに記念して、乾杯しましょう。今日は貴女のためにオーナーが色々取り揃えたと聞いています。」

ロミオは夫人の隣に座りわざと距離を詰めてメニュー表を広げた。

高額酒精の頁を開き、四番目に高価なものを指差す。

酒精全体の丁度真ん中の値段だ。

「大陸の天然葡萄から作られた発泡葡萄酒スパークリングワインです。今日入荷したばかりで、まだ誰も注文していないとか…」

「ではそれを頼もうかしら。それと…ロミオくん、なにか食べたいものはある?」

「では…」

と、ロミオが注文したもの酒精によく合う魚卵とチーズのカナッペ盛り合わせであったが、夫人がもっと良いものを、とフォアグラ・パテと生ハムの盛り合わせを追加でオーダーした。

どちらも都市外から来た『天然物』で値はかなりのものだ。

「では二人の出会いを祝って、乾杯」

泡立つグラスを掲げて音を鳴らす。

ロミオはスナックを摘まみつつ、酒を飲みつつ夫人の相手をする。

そして夫人お気に入りのホストと適当なタイミングで入れ替わり、次のテーブルへ。

「あ!来た来たロミオさん!」

「ピエールくん。今日も元気がいいね。こんばんは、お嬢様方。」

「丁度ロミオさんの話してたところなんです。この人がロミオさんっていって、キョウトの伝説の男なんだ!」

「伝説だなんて、大袈裟だなあピエールくん。でも、この店NO.1のピエールくんにそう言って貰えると嬉しいなあ。」

ロミオは各テーブルに挨拶に行き、店のホストを立てながら客を巧みに高いメニューを選ぶように誘導する。

切れ長で、どちらかと言えば鋭い目付きなのだが、だからこそ女たちの目には穏やかな笑顔がギャップに写る。

丁寧でおっとりした口調が『キョウト』を思わせ、『GI-ON』伝説の男の話が真実であると思わせる。

華やかで艶やかな店内がいっそう享楽に染まる。

夜はこれからだ。


最後の客を見送ったのは日付が変わり、草木も眠る時間に近付いた頃合。

見送りの後は反省会と称した飲み会がロージィ・ナイトの習慣である。

余った酒やスナックを片手にホスト全員で掃除をするのだが、ロミオは掃除道具を手にすることなくオーナーのロイとVIPルームに引っ込んだ。

「で、売り上げは?」

部屋に入りドアが閉まるやいなや、ロミオはロイに問いかけた。

客たちに見せた穏やかな表情はもはや一欠片も残っていない。

売上に自信があるのか、手にするであろう報酬を期待してか、口角は上がり、いやらしい笑みを浮かべている。

キョウト・シティの歓楽街『GI-ON』の伝説的ホストではなく、金の亡者のロミオがそこにいた。

「普段の二倍強だな。毎度のことながら、一体どんな手を使えばこうも金を引き出せるかねぇ。」

ロイは売上金を数えながら感嘆の溜め息を吐く。

「オ・モ・テ・ナ・シの心ってやつだよ、オーナー。で、報酬だが」

「分かってる分かってる。今日の売り上げの二割五分。これで十分だろ。」

ロミオは鼻で笑う。

「半分だ。」

「三割五分」

「四割五分」

「三割七分」

「四割二分」

「…四割だ!それ以上はやらんぞ!」

「さっすがオーナーは話が分かるッ!」

ロイは札束をいくつかロミオに渡す。

「ここは相変わらず現金なんですねぇ」

「カードやペイ電子マネーだと足がつくからな。用途不明にするのに、現金は便利なのさ。」

「後ろめたいって気持ちのお客が多いってことですね。こっちは誠心誠意込めて、お相手しているのに、悲しいですねぇ、オーナー」

言葉とは裏腹にロミオはにこやかにスーツの内ポケットに札束を捩じ込んだ。

そして足早にVIPルームから出ようと踵を返した。

「もう帰るのか?」

「いんやちょっと野暮用です。なんか羽振りのいいオバハンにアクセ貰いまして。あのでっかいジルコンの指輪してた人です。」

「…ムラサキさんか!あー、なるほど。って、お前まさか質屋に行くんじゃないだろうな!」

「だって趣味じゃないですし。発信器着いてたらシャレにならないですし?最近多いんでしょ?気に入りのホスト・ホステスへのプレゼントに盗聴器仕掛けたりするの。それだったら、多少でも金になる方がいいですもん。」

「だからって売るなっての!ムラサキさんは割と新規だが、大口のお客さんなんだ。常連になってもらわんといかんのにプレゼントを質屋に、なんて知れたら…。」

「じゃあオーナーが買い取ってくださいよ~。」

「だから売るなっての!」

「…まあ、それはさておき、あのオバハン何者なんです?羽振りいいけど上層の奴って感じでもないし。」

ロイは少し考え込んだ後ロミオの表情を伺った。

「それはなぁ、ちょっと、アレだ」

「?ヤバイ筋?」

「ヤバイっちゃヤバイかな。うーん…客の素性は聞かないのがこの職業の鉄則だが聞こえてくるのもあるからな。」

「勿体振らずに教えてくださいよオーナー。」

「…宗教だよ。今下層で流行ってるのがあってな。」

宗教、と聞いてロミオはああ、と納得する。

「新興宗教の幹部ってわけですか、それならあの取り繕った上品さも納得。」

「おいおい。まあ、それは置いておいて、お前知らないか?『幸福の籠』って名前の団体。なんでも、どんな怪我でも治してしまう巫女様がいるとかなんとか。」

「どんな怪我でも?嘘臭い。」

「まあな。でもこの前うちの血の気が多い奴が怪我してな。それの客がウチのを連れていって、なんと治って帰ってきたんだ。あれには驚いたよ。」

「ふぅん?どんな怪我だったんです?」

「他店のホストと客の取り合いで殴られて、目の回りが真っ青。それがたった一晩で治ったんだ。んでその若いのも、今では『幸福の籠』に通ってるからなー。で、その伝でムラサキさんが店に来たって感じだな。」

ロイはタバコを吸い始める。

ロミオにも一本差し出すが断った。

「宗教ねえ…宗教を否定するつもりはねーけど、どんな怪我でもってのがうさんくさいな。」

「まあそういうなって。それで助かっているのも多いらしいからな。怪我の治療費が出せないやつの支持を集めていて、どんどん信者は増えてるらしいぜ。しかも噂を聞いた中層エリアや、上層エリアの何人かも信者だって話だ。しっかし、上層エリアの客は何人かウチにも来ているが、あんだけ恵まれていて更に下層の『奇跡』の恩恵まで受けようなんて、欲深い連中だよな。」

「街の恩恵は全て手に入れなきゃ気が済まないんでしょうね。」

ロイは、ハハと苦笑して二本目の煙草に火を着け始めた。

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