彼女の夢の叶え方

めぐめぐ

第1話 夢と妄想

 俺には夢がある。それは……、


『この世界を支配する魔王を倒し、この国のお姫様と結婚する』


 壮大過ぎるとは分かっているし、どれだけ大勢の男たちがそれを達成する為に日夜努力をしているかも知っている。


 だが、俺はきっと実現出来る。


 この熱い気持ちさえあれば‼


「……そんな熱い気持ちだけで、夢が叶うと思ったら大間違いですよ、ログ様。まずあなたがすべきは、その楽観的な考えを捨てるところです」


「お前、大人しそうな顔しながら、結構毒舌なのな⁉」


 熱い闘志を一蹴され、思わず俺は目の前の黒髪女性に突っ込みを入れた。

 しかし女性は、少しずれた銀縁眼鏡をくいっと上げると、くっきり二重の黒い瞳を細めてこちらを見返してきた。肩よりも少し長い髪が揺れている。美人なのだが無表情なので、何を考えているかさっぱり分からない。


「必要な事を、簡潔にお伝えしているだけです。先ほど皆さまとの会話をお聞きしておりましたが、あなたは夢に浸っているばかりで、何も行動されていない。ご自身に甘い方だと思いますから、ふわふわとした甘い言葉は逆効果だと判断しました」


 ……うっ……、たっ、確かに……その通りだ‼


 短い時間に性格を見抜かれ、俺の熱い闘志はみるみるうちに鎮火した。しゅんっと小さくなると、テーブルにノートを広げる彼女に改めて目を向けた。


 俺は今、この大陸に数多くいる剣士だ。普段は冒険者ギルドの依頼をこなしながら、細々と生活している。


 こんな御大層な夢を抱いてはいるが、それに対して特に努力をしているわけじゃない。村にいた時は、剣の腕で俺に敵うものなど誰もいないといきがってたが、そんなものは町に出てから無残に打ち砕かれた。


 そんな俺が、「魔王を倒して姫と結婚する」なんて言っても、ただの夢……、いや妄想としか言いようがない。

 今日も冒険者仲間に俺の夢と言う名の妄想を笑われ、何とも言えない気持ちを抱えていた時、


「あなたの夢を叶えるお手伝いをいたしましょう」


 そう言って俺の目の前に一人の女性が現れた。

 それが、今俺に毒ぜ……、いやいや見事な分析能力を見せて心を折ってくれたくれたパメラだ。


 パメラは、冒険者たちの間でちょっとした有名人だった。何故なら、今までたくさんの冒険者たちが彼女の助言に従い、夢を叶えてきたからだ。


 知り合いの剣士も剣術の上達を願い、パメラに夢実現の協力を申し出、そして今では魔王を倒すだろうと期待される猛者の一人となっている。


 夢を叶える女神とすら呼ばれる彼女から声をかけられるなど、信じられなかった。

 

 人の能力を引き出す魔法なんかでもかけてくれるのだろうか、そんな淡い期待をしていたのだが……、


「では、ログ様の夢――ここでは目的と呼びましょう。あなたの目的は『魔王を倒してこの国のお姫様と結婚する』でよろしいでしょうか?」


「……改めてそう言われると、めちゃくちゃ恥ずかしいんだけどな……」


 俺は少し頬に熱が上がるのを感じながら、俯いた。パメラはそんなこと全く解すことなく、ノートに書き込みながら話を続ける。


「でも目的が二つ入ってますね。ログ様の目的は『魔王を倒して平和をもたらす事』でしょうか? それとも『この国の姫と結婚する』ことでしょうか?」


「えっと……、どっちかというと……、姫寄りかな?」


「では姫と結婚する事が目的であると……」


 改めて第三者に口にされると、こっぱずかしいものがある。


 この国のお姫様、サラフィーヌ様は絶世の美女と呼ばれる程の美貌の持ち主だ。そんな女性と結婚出来たなら、俺……、俺やばいっ‼

 

 内心キャーッとなっている俺を、冷静な声が現実に引き戻す。


「では、ログ様の目的は『サラフィーヌ姫と結婚する』。目的達成のための目標は『魔王を倒す』ですね。確かに、王は魔王を倒した者に姫を与えると言っていますし、平民のログ様が姫を娶る為には、それが一番良い方法でしょう」


 そう言ってパメラはノートの1ページ目に、


 目的:姫と結婚する。

 目標:魔王を倒す。

 手段:剣術・魔法の技術向上。情報収集など。


と整った綺麗な字で書き綴った。簡潔な文章だが、とても分かり易い。


 パメラはノートを示しながら、俺に説明を続けた。


「これで目的と目標は出来ました。手段は私の思い浮かんだものを書きましたが、追加があれば仰ってください。次は、目標を達成する為に、具体的な手段を細かく考えていきましょう」


「ええっ⁉ そんなことを考えないといけないのか⁉」


「当たり前です。目的を達成する為には、長期目標・中期目標・短期目標を考え、目標達成の為に何をしていくべきかを、こと細かく決めていく必要があります」


 パメラの言葉に、俺は眩暈がした。

 

 彼女の不思議な力が、ちょちょいのパッと夢をかなえてくれる、と思っていたからだ。


 そんな俺の気持ちを感じ取ったのか、パメラの肌荒れのない白い指先が、ペンから離れた。そして両手をノートの上に置くと、真っすぐこちらを見つめて来た。


「確かに、夢の実現は一筋縄ではいきません。だからこそ、姫との結婚を達成した喜びを常に持ち続けて下さい。そうする事で、夢が実現しやすいと言われています」


 俺はパメラの言う通り、姫との結婚生活を想像した。自然と顔がニヤついてくるのが分かる。


 そんな俺の様子を見ていたパメラは、一つため息をつくと、ノートに何かを書き留めながら言った。


「そうやってすぐにいかがわしい事を考えて、鼻の下を伸ばすのもやめましょうか」


「さっき達成した喜びを持ち続けろっていったよな⁉」


「単純に、私が不快です」


「やっぱりお前、結構な毒舌だよ‼」


 パメラはこの言葉には答えず、黙々とノートにペンを走らせている。


 ……こんな調子で、俺の夢が実現できるのだろうか。

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