歪む世界の魔術師ども

福会長

Bad end or Happy end?

人間様に迷惑をかけない。


俺が生まれてすぐ教わった事。

何でか、この世界じゃ俺たち種族…”デェインティー・ステイン”(可憐な不浄)略して、デェントラ民は、魔法という非科学的なものを古来から扱っている。そのため、ただの人間には気味悪がられている。


もちろん、見た目は差ほど人間どもと変わらない。寧ろ俺たちのほうが幾分か容姿は端麗だろう。

それなのに俺の母は、迷惑をかけてはいけないと言った。

母は、デェントラ民が住む村では有名な魔術師だったらしい。

…それも今は遠い昔の話だが。


母の村には、全くといっていい程魔術以外の技術がなかった。

不思議な事に、俺らデェントラ民が扱える魔術は、一部の例外を残して攻撃以外に脳のないものだったため、飢えを凌ぐ技術も持ち合わせていなかった村が出した解決策が、人間どもの都市と合併する事だった。




その昔、人間どもに村と都市の合併を求めに村の代表として行ったのが俺の母だった。


母は、村と都市の合併を許可する代わりに、当時人間どもの間に流行していた人身売買に母を出品するという条件を提示されていた。


その頃、デェントラ民は人間どもの間で高値で取引されていた。

観賞用や闘技用など用途は、様々で人によっては死者も出ている。

なったら最後、死ぬよりもつらい事が待ち受けているのは明白だろう。


母自身はその条件をのんではいたが、村長が許可を出さなかった。


一度母は、村へ戻る事になり、村長の家で各場所の代表が集まって会議を至急執り行った。



厳正な会議の結果、母は人間ども下等種族の玩具にされる事となった。

反対していた村長は、村の飢餓状態が日に日に深刻になるにつれて、迷いが生じ結果周りのものに促されるまま母を村から人間の下へ追い出したそうだ。


人身売買用の者にのみつけられる刻印を背中に焼き付けられ、国へ国へ留まることなく渡っていく母。




それを止めてやる事もできず、ただじっと泣き続けている母を見守るまだ赤ん坊だった俺は、





一瞬、本当に一瞬の間、他人事のように同情の眼差しで母を見てしまっていた自分がいた。


それはたぶん、俺の父が下等な人間だからだろう。


母は純潔だが俺は違う。

俺は母が売り飛ばされた先で、できた子だ。

そのときは、俺の中の血は半分ほど汚い人間どもの血を引き継いでいた。

だが、人間の血は薄く、弱い。それに比べてデェントラ民の血は、濃く、強い。だからか、ハーフだとしても子供が4,5歳を過ぎたあたりで元は同じ割合だった血も、デェントラ民の血が多くなり、魔力反応が出てくる。


母が買われた先でできた子供だった俺は、あっけなく偏狭の地に捨てらた。

 運よく生き伸びる事に成功した俺は、10歳を過ぎたあたりで、デェントラ民が住む村の話を耳にしてそこへ向かう事にした。



話は戻るが、



”母のおかげで人間どもとの合併は可能になった”






この時、デェントラ民は人間どもと場所を共有する意味をちゃんと理解できていなかった。


母が売り飛ばされてすぐ、人間どもの代表者と思える男が黒いスーツを身に纏い友好的な雰囲気で近づいてきた。

相手の代表者は、こちらの顔色を終始伺いながら話を進めてくれた。


普通なら嫌な表情をして、軽蔑の眼差しを向けて話しもしないのが当たり前な人間が、ニコニコと笑みを浮べてデェントラ民に握手を求めてきたのだ。



そのお陰もあってか、話し合いは順調に進み、併合するにあたっての条約が完成した。




”併合が明確になった頃、俺は14歳を迎えていた。”




条約の大半は、タラタラと長いよくある文句が並べられていたが、二つだけ違和感を放つ文があった。


『十一、現在、我々人間は国の繁栄のため営利の一環として人身売買を生業としているが、それに関する追求はしてはならない。また、売買に関わる事の責任は個人の責任とする』


『十二、魔法の一切の使用を禁止するとともに、例外なくすべてのデェントラ民は魔封じをつけることを義務付ける。』


なぜこんな条約を許したのか未だに疑問だが、デェントラ民は人間との交友関係に必死になりすぎて下手にまわってしまったのだろう。




簡単にこの条約を言うとしたら、


『人間様が、ちょっとした手違いでデェントラの民を売り飛ばしたとしても、それは自分らの国のためだから、責任は一切負わないからね?』


『抵抗されたら、迷惑だから魔力は使わないでね』



ってことだ。


思えば、あの友好的に見えた男は、一度も村の奴らが出した茶を手に取ることはなかったし、握手をするときは決まって手袋をしていた気さえする。


そう、まんまと嵌められたのだ。


おまけにデェントラ民は、人間どもの手助けなくしては生きる事すら難しい状態に陥っていた。






可哀相なデェインティー・ステイン





「まっ、俺には関係ないか。」


そんな非常なデェントラ民の男が暮らすのは、ひと呼んで”パーソン街”

この街は、併合したのとほぼ同時にできた街で、ここでは多くのデェントラ民や人間が売り買いされている。


デェントラ民が首輪をつけられて引き吊りまわされているのは日常的に珍しいことではない。



デェントラ民は、魔力の暴走または放出を避けるために、特殊な石が手の甲についている手袋をしている。


大体は、それで人間どもとの見分けをつける。

それ以外では、爪や髪、目の色が特徴的な者がデェントラ民とされる。


デェントラ民の体に現れる色は、その人の扱える攻撃魔法を表している。

その中にも格があり、

最下級が、茶で次に、緑、赤、青、黄……銀、金そして最上級の黒、白。


最下級の茶は、魔力は他の色持ちに比べてはないが、土魔法を扱える。

緑は、自然魔法。赤は、火魔法。青は、水魔法…




そして最上級に、破壊を好む黒。平和を創造する白。


この二色は、稀にしか表れない色で、最も相応しいものに授けられる色であると言い伝えられている。



白は、一切の攻撃魔法を扱えない代わりに、回復魔法を扱える。

黒は、白以外の全色の色を扱え、それらすべてを飲み込む闇魔法が扱える。


人々は、それぞれを白魔術師、黒魔術師と呼んでいた。





そんな事を、知ってか知らずか今日もかの有名な黒魔術師は、一切の魔法を使うことなく、ただ普通の人間として暮らしていた。




「…いってきます。」



それも独りで。





都市の中心部にある”パーソン街”ここは彼の人間としての仕事場だった。

彼の仕事は、”パーソン街”が人気名理由の一つ。人身売買された者の輸送だった。



彼はこの日も売買された人の輸送をいつもとなんら変わらないやり方で行おうとしていた。




彼は荷獣車の積荷の部分に売買された者たちを淡々と乗せていった。

130人近くいた者を残るところ後数人だった。

眠くなる意識を無理やり起こして、一人ひとり確認をしていたとき、一人たりない事に気づく。



逃げたのかと思い、視線だけをあたりに這わせると、



「お兄ちゃん…黒髪のお兄ちゃん。」



弱弱しい声とともに俺の服の裾を引っ張るものがいた。



ゆっくりと下を向く。

すると、ちいさな白髪の5,6歳くらいの少女と目が合った。

少女は、荷獣車に乗っている者たちと同じボロキレを身に纏っていて、手には大きすぎて外れてしまったのであろう鎖のついた手錠を持っている。


ご丁寧にしっかりと手錠を持って後についてきたのが伺える。


今まで大人が多かったせいか、子供が売りに出されているのに興味を持った。

というより、白魔術師の幼子というものに興味を持った。




「お前、名前は」



リストに欄には名前が記載されていなかったのを思いだし、聞いてみることにした。


すると少女は、小首をかしげながら、




「なまえ?なまえってなに?」



と聞き返してきた。




「名前って言うのは、生まれてすぐに親につけられるやつのことだよ。お前、親いねぇの」




その俺の質問にも少女は首をかしげて、




「おや?」




と不思議そうな顔をした。



話の通じなさに段々とイラついてきた俺はため息をつくと、少女の首根っこを掴み乱雑に荷獣車の中に投げ入れた。





「…!?お兄ちゃん!!!」




ドタバタと中で騒ぎ立てる少女を放っておいて俺は操獣席へ移動した。

操獣席の背には、牢屋のようになっている荷台が着いている。

荷台の壁には、前後左右に小さめの鉄格子を嵌めた窓が一つずつ付いている。


まだ中で騒いでいた少女は俺の背後にある鉄格子まで歩み寄っては、話しかけてくる。それも真剣な声で。





「お兄ちゃん。お兄ちゃんも私と同じだよね?なんで、お兄ちゃんは、おそとにいるの?」




胸の中がざわついた気がした。




「だってお兄ちゃん、つめも、おめめも、かみのけだってまっくろだもん」




そうでしょ?とでも言うように、小声で話しかけてくる少女に異様に腹が立った。




「俺は違う。お前らとは同じじゃない。」




それだけ言うと、俺の背にある鉄格子にだけ布を下ろした。



その後、数十分間異様に騒いだり叫んだりを繰り返していたが、段々と声が小さくなり、今ではパッタリとやんだ。



俺は、てっきり叫び疲れて寝てしまったのだと思って特に気にしていなかったし、気にかけたくはなかった。

どうやら、俺はあの少女とは気が合わないらしい。会ったときもそうだったが、とても強くまぶしい何かを感じた。


すっかりあたりも暗くなり、休憩できる街にたどり着くと、積荷の鍵をポケットから取り出し、食料を適当に持ちながら、鍵を差し込んで扉を開けた。





「……なっ…」




そこに広がっていた光景は、悲惨なものだった。

あたり一面に飛び散る血からは、独特な臭いが放たれていて強烈だった。

壁は、赤いペンキを塗りたくったように真っ赤に染まっている。


130人ほどいた者も今では、真ん中にフラフラと立っている血濡れの少女ただ一人だけになっていた。



少女を保護するために中に入り、少女の背後から肩を軽くたたくが反応がない。

顔を覗くと目は溶け、体の至る所に黒く焦げたような痕が浮かび上がっていた。





「これは…」





俺はすぐさま床に転がっている死体を確認した。





「やっぱりか」





死体の中には人間が混ざっていた。

デェントラ民は、精神的トラウマや過度なストレスを刺激するものがあると、たとえ手袋をしていても魔力が暴走してしまい、その魔力に体が反応して勝手に獣化しようとしてしまうことがある。


たぶん、少女は人間にトラウマを植え付けられるようなことをされたのだろう。そのため、人間を見た時点で防衛本能が働き、魔力に反応して体が勝手に獣化しようとしてしまったのだろう。

一度獣化に失敗してしまうと、体が圧力に耐えられなくなり、焼け焦げたように全身を蝕む。



もちろん、解けることないなら更なる被害者を出す前に殺すしかない。




今の放心状態の子供相手ならすぐ殺せる。

一瞬の間にカタをつけると、荷獣車の獣を放ち、血まみれの片手で今の状況を清掃業者に伝えて片付けてもらう事にした。




翌日の朝。昨日あった出来事をすっかりわすれた俺は、また輸送をした。その次の日も次の次の日も。



ある日、俺がその日の仕事を片付けたので、帰り支度をしていると人間の男が声をかけて来た。





「お前の生きてる意味ってなんだ?」





割りかしこいつは、常識のある人間だったように思う。



少し動揺したも、




「生きてる意味…」




深く考えてから、





「たぶん……」





そこから記憶が途切れている。


その日はいつになくぼんやりと目が覚めた。


…どうやら、あの人間の男に嵌められたようだ。

俺は、いつの間にか着替えさせられていて周りの者と同じ格好をし、腕には人身売買される者の刻印が焼きついていた。


この状況を冷静に判断するのは容易であった。


いつどこでばれたかなんて、もうどうでも良かった。

手にはめられた手袋についている石は、思ったよりも禍々しい黒を渦巻かしていた。

少し魔力を注いでしまえば、ひび割れて使え物にならなくなるなこの石。

なんて、のんきに考えていた。



ただ、こんな状況だからなのか、あの男の言葉を思い出して考えてしまう。



俺の生きる意味、生きる目標。生きている証。


それら全部を含めて、思うのは一人の人物だけ。



ふと周りを見渡すと、皆それぞれ絶望の色に顔を染めていた。

そのまま外へ視線を移す。


すると、ちょうどそのタイミングで俺の乗っている荷獣車の横に同じ獣車が並んだ。

俺は、暇つぶし程度の気持ちで鉄格子から隣の獣車内を覗いた。


そこには、ずっと昔に見た顔があった。


その瞬間、手袋に魔力を込めて破壊し、自分の乗っている獣車の扉を魔法でぶち破った。




俺が獣車を再起不能にしたのを好機と見た者、どんな仕打ちが待っているか分からず恐怖し中へ留まる者。



そんな奴らを尻目に、俺は隣に並んでいた獣車を追いかける。




追いついたと同時に、扉をぶち破り中へ入る。



獣車の中を隈なく探すと、そこには俺の生きている意味があった。




ずっと昔に見た儚くも凛々しい姿はなくとも、薄汚れた服を身に纏い、他の者と同じ疲れきった顔をしていても、神々しいっ白髪の・・・母がそこにはいた。





俺は、母の目の前に立ち、その場に膝をついた。




母は一瞬驚いた顔をしたが、俺を認識すると少しはにかむ様な笑みを浮べて、俺の頬に手を添えた。





俺は咄嗟に、母の手を握って、







「殺してあげる」





一気に魔力を集中させ、母の限界まで体内に魔力を送り続けた。そして、母は綺麗な破裂音を立てて、ちりぢりに飛び散った。



俺は死ぬ直前の母の表情を思い出し、愛おしい気持ちで胸が満たされていった。

俺は獣車の操獣者をサッサと殺したあと、いつの間にか薄暗くなっていた外を無邪気な子供のように、ゆっくりとふらふらした足取りで暗闇の中に足を踏み入れた。






end





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